「ねえ、母さん。もうそろそろかなー、遼太郎来るの」

 俺、羽柴秋は朝の支度を終えて、制服姿で今か今かと胸を弾ませていた。

「アンタ、昨日からソワソワしすぎよ。そんなんじゃ、遼太郎くんに笑われるわよ」

「遼太郎は俺のこと笑わないよ。アイツ、俺にぞっこんだし」

「ハイハイ。もー、本当にアンタたち仲いいわねー。しかも高校生にもなって、一緒に登校するなんて」

「だって、あんなに可愛くって、泣き虫な遼太郎だよ! 俺が守ってやらなくてどうすんだよ!」

(そう。俺が守ってやらないと! だって、遼太郎は……)

 今日は俺の通う、天堂高校の入学式。

 そして、年下で幼馴染の本宮遼太郎と再会する、記念すべき日だ。

 遼太郎は二つ年下のお隣さんで、一人っ子だった俺は、遼太郎が生まれた時から本当の弟のように可愛がっていた。

 遼太郎も俺のことを『秋兄(あきにい)』呼んで慕ってくれて、毎日のように俺の後ろをくっついて離れなかった。

 だが十年前、遼太郎のお父さんが海外赴任となり、家族全員でついていくことになったため、俺と遼太郎は離れ離れになってしまった。

『秋兄が大好き! 結婚すれば、ボクたちずっと一緒にいられるよね! だから、ボクが帰ってきたら結婚しようね! 約束だよ!』

 小さくて可愛かった遼太郎は、泣きながらそう言い残して、遠く離れた異国の地へと飛び立ってしまった。

(朝メール見たら、今日の夜中に到着して、もう家にいるって来てたけど……遼太郎のヤツ、大丈夫かな。ネクタイとか一人で結べるのか?)

 メールで毎日やりとりをしていた俺と遼太郎だが、直接会うのは十年ぶりだ。

 というのも、遼太郎がうちの高校を受験するために一時帰国したとき、俺は季節病(きせつやまい)のせいで高熱にうなされ、会うことができなかったのだ。

 俺の記憶では、小さくて幼いままの遼太郎。

 もちろん、そのままの姿ではないことはわかっているが、ついつい子ども扱いしたくなってしまう。

(って、一人暮らしも初めてなんだから、朝ごはんとか大丈夫なのか? 慣れない火を使って、火事になんて……うわぁ! こうしちゃいられない!)

「母さん! 俺やっぱり心配だから、遼太郎の家へ行ってくるわ!」

 遼太郎のことが心配になり、俺は足元に置いていたスクールバックを慌てて持ち、ソファーから立ち上がった。

「えっと、スマホ、スマホ! あった! ワッ!」

 リビングテーブルの上に置いたままだったスマホを手に取ると、ちょうど画面が明るくなり、着信音が鳴ったため驚いてしまう。

「こんな急いでいるときに誰だよ……って、遼太郎じゃん!」

 スマホの画面には遼太郎の名前と、幼いころ一緒に撮った、遼太郎との写真が映し出されていた。

「おっ! 遼太郎、着いたのか? 待ってろ! 今行くから!」

 俺は通話をボタンを慌てて押して、遼太郎の返事も待たずに一方的に喋ると、玄関へ向かって走り、ドアを開けた。

「おかえり、遼太郎! やっと会え……」

 玄関のドアを開けた俺は、思わず目を丸くしてしまう。

 そのわけは、ドアの前に立っていたのが、俺よりも二十センチは背が高く、顔の整った知らない男だったからだ。

 しかも、赤いバラの花束を抱えて、スマホを耳に当てながら満面の笑みを浮かべている。

「えっ……と……」

 俺は自分の置かれている状況が理解できず、目の前の男を上から下へと何度も見つめた。

(うちの制服……? でも……)

 目の前の男は、うちの高校の制服を着ているものの、学校で見かけた記憶は一度もなかった。

 こんな顔の整ったヤツがいたら忘れるはずもないのだが、俺は首を傾げながら男に訊ねた。

「えっと……どちらさまで……?」

「やだなー。僕のこと、忘れちゃったの?」

(えっ……)

 俺は手に持っていたスマホから、今、目の前にいる男の声がして、心臓の音が跳ね上がった。

 それが一体何を示しているのか、このときの俺は頭でわかっていながら、自分の目に映る事実が受け入れきれなかったんだと思う。

「ただいま、秋兄。約束通り、僕と結婚してください」

 男は手に持っていたスマホを制服のポケットに仕舞うと、抱えていた赤いバラの花束を、俺に向かって差し出してきた。

(えっ……? えっ……? それって、まさか……)

「う、嘘だー!」

 目の前にいるプロポースしてきたイケメンが、俺の可愛い遼太郎だなんて。

 俺の悲痛な叫びは、家中に響き渡ったのだった。