はあ、と自分の席にたどり着くと同時に大きめのため息が落ちた。
「なんかやたら目立ってたな」
後ろの席の堺が、知っているということはクラスどころか学校中に知られているのだろう。
「王子に背の高い護衛騎士がついたって」
「護衛騎士って」
いや、あながち間違ってもないけど。皆藤くんは痴漢から守ってくれているのだし。というか……。
「その『王子』っていうの、まだ続いてるの?」
「卒業するまでは言われるんじゃない?」
はあ、とさっきよりもため息が大きくなる。去年の文化祭でやったクラスの劇がきっかけで、「王子」というあだ名がついた。堺曰く「アニメのキャラにすごい似てた」らしい。すべては衣装とメイクを担当したクラスメイトがすごいだけなのに。文化祭が終わっても、学年が変わっても、俺はまだ王子のままらしい。
「陽はもっと自覚したほうがいいよ」
「なにを?」
「結構キレーな顔してるってこと」
「マジ?」
「マジマジ。女の子だったら彼女にしたいくらい」
「堺の? 絶対ヤダ」
「ひでえ」
こうやってなんの緊張もなく会話していることに、最終学年であることを自覚する。と同時に、昨日の新入生たちの真新しい制服と緊張した表情を思い出した。仕草ひとつぎこちなくて、すべてが初々しく、もう戻ることのない時間がそこにあった。
体に馴染んだ制服も、教室の匂いも、二年からの持ち上がりであるクラスも、俺を不安にさせることはない。心地よさと、終わりが近づいていることへの寂しさだけがある。
「まあ、でも、あと一年もないじゃん」
「そうだけど」
来年の春に、俺たちはここにいない。同じ春の空気に触れることは、もうない。時間は止まることなく過ぎていく。
――先輩のことがすきです。
何度後悔しても、あの春には戻れない。
入学式の飾りがその日だけの役割であったように。
――俺は……。
どんなに思い出したところで、二年前の告白の返事なんて、いまさら誰にも必要とされない。このまま思い出にすべきなんだ。
ぎゅっと無意識に握った手が、ほんの数十分前まであった温もりを思い出させる。
――先輩、簡単に連れ去られそうなんで。
今朝会ったのは皆藤くんだ。昨日、俺を助けてくれたのも。御影じゃない。勝手に思い出して、重ねるなんて失礼すぎる。皆藤くんは皆藤くんなのに。
「あの一年、皆藤であってる?」
「え、堺、知り合い?」
「知り合いっていうか、春休みに見学会あっただろ? ほら、陽にも手伝ってもらった、新入生の」
「あー、あれか」
うちの学校は入学前に部活見学ができる日を設けている。俺はすでに引退していたので、運営の手伝いにまわっていた。
「あのとき、うちの部にも来たからさ、名前だけ知ってる」
「そうなんだ」
「っていうか、陽は知り合いなんだよな?」
「あー、いや」
「なに? 知り合いでもないのに護衛させてんの?」
どういうこと? と不思議そうな顔で首を傾げられる。机に両肘を立て、顎をてのひらに乗せた状態で。堺は自分が可愛いと対極にいることを自覚したほうがいいと思う。いや、わかっていてやってるのか? なんか逃げられない空気感じるし。そもそも柔道部の部長に可愛さを求めるやつなんていないもんな。
「実は昨日ちょっとトラブルに遭って、助けてもらったんだ」
「マジの護衛騎士じゃん」
「まあ……否定はしない」
「なるほど。それで懐かれた、と」
「懐かれてはいないような」
「何とも思ってなかったら、登下校まで一緒にしないでしょ。面倒くさいだけじゃん」
同じ方向だし、最寄り駅も近いし、とあまり深く考えなかったけど、知り合ったばかりの先輩に合わせるって相当面倒だよな。でも懐くっていうのは、もっとこう、一緒にいて嬉しいっていうのが見えるものじゃないのか。
――木内先輩、遅いですよ。
そう、塾のあとに公園に行けば見られた、あの表情のように……。
「なんかやたら目立ってたな」
後ろの席の堺が、知っているということはクラスどころか学校中に知られているのだろう。
「王子に背の高い護衛騎士がついたって」
「護衛騎士って」
いや、あながち間違ってもないけど。皆藤くんは痴漢から守ってくれているのだし。というか……。
「その『王子』っていうの、まだ続いてるの?」
「卒業するまでは言われるんじゃない?」
はあ、とさっきよりもため息が大きくなる。去年の文化祭でやったクラスの劇がきっかけで、「王子」というあだ名がついた。堺曰く「アニメのキャラにすごい似てた」らしい。すべては衣装とメイクを担当したクラスメイトがすごいだけなのに。文化祭が終わっても、学年が変わっても、俺はまだ王子のままらしい。
「陽はもっと自覚したほうがいいよ」
「なにを?」
「結構キレーな顔してるってこと」
「マジ?」
「マジマジ。女の子だったら彼女にしたいくらい」
「堺の? 絶対ヤダ」
「ひでえ」
こうやってなんの緊張もなく会話していることに、最終学年であることを自覚する。と同時に、昨日の新入生たちの真新しい制服と緊張した表情を思い出した。仕草ひとつぎこちなくて、すべてが初々しく、もう戻ることのない時間がそこにあった。
体に馴染んだ制服も、教室の匂いも、二年からの持ち上がりであるクラスも、俺を不安にさせることはない。心地よさと、終わりが近づいていることへの寂しさだけがある。
「まあ、でも、あと一年もないじゃん」
「そうだけど」
来年の春に、俺たちはここにいない。同じ春の空気に触れることは、もうない。時間は止まることなく過ぎていく。
――先輩のことがすきです。
何度後悔しても、あの春には戻れない。
入学式の飾りがその日だけの役割であったように。
――俺は……。
どんなに思い出したところで、二年前の告白の返事なんて、いまさら誰にも必要とされない。このまま思い出にすべきなんだ。
ぎゅっと無意識に握った手が、ほんの数十分前まであった温もりを思い出させる。
――先輩、簡単に連れ去られそうなんで。
今朝会ったのは皆藤くんだ。昨日、俺を助けてくれたのも。御影じゃない。勝手に思い出して、重ねるなんて失礼すぎる。皆藤くんは皆藤くんなのに。
「あの一年、皆藤であってる?」
「え、堺、知り合い?」
「知り合いっていうか、春休みに見学会あっただろ? ほら、陽にも手伝ってもらった、新入生の」
「あー、あれか」
うちの学校は入学前に部活見学ができる日を設けている。俺はすでに引退していたので、運営の手伝いにまわっていた。
「あのとき、うちの部にも来たからさ、名前だけ知ってる」
「そうなんだ」
「っていうか、陽は知り合いなんだよな?」
「あー、いや」
「なに? 知り合いでもないのに護衛させてんの?」
どういうこと? と不思議そうな顔で首を傾げられる。机に両肘を立て、顎をてのひらに乗せた状態で。堺は自分が可愛いと対極にいることを自覚したほうがいいと思う。いや、わかっていてやってるのか? なんか逃げられない空気感じるし。そもそも柔道部の部長に可愛さを求めるやつなんていないもんな。
「実は昨日ちょっとトラブルに遭って、助けてもらったんだ」
「マジの護衛騎士じゃん」
「まあ……否定はしない」
「なるほど。それで懐かれた、と」
「懐かれてはいないような」
「何とも思ってなかったら、登下校まで一緒にしないでしょ。面倒くさいだけじゃん」
同じ方向だし、最寄り駅も近いし、とあまり深く考えなかったけど、知り合ったばかりの先輩に合わせるって相当面倒だよな。でも懐くっていうのは、もっとこう、一緒にいて嬉しいっていうのが見えるものじゃないのか。
――木内先輩、遅いですよ。
そう、塾のあとに公園に行けば見られた、あの表情のように……。



