――またアイツに会うかもしれないし。今度こそ捕まえたいんで。
 俺の心配というよりは取り逃がしたことが悔しかったのだろう。正直なところ、また同じようなことがあったら、と不安に思う気持ちもあったので皆藤くんの申し出はありがたかった。ふたつも下の後輩に頼って情けないけど、ほかの誰かに話せるものでもない。だからとっても助かったのだけど……。
「あの、皆藤くん?」
「はい」
「これ、必要?」
「――はい」
 ちら、と一度だけ視線を落とすが、皆藤くんはすぐに窓へと視線を戻した。幸い、上り電車ではないので朝の時間帯も押し潰されるほどの混み具合ではない。皆藤くんは俺の最寄り駅のひとつ手前の駅から乗っていて、俺が乗り込むとすぐにドア際に誘導してくれた。ドアと皆藤くんに囲われ、痴漢が出ても俺には手出しできないだろう。それはわかる。わかるのだけど……。
「先輩、簡単に連れ去られそうなんで」
「どういう状況だよ、それ」
 電車内で連れ去られるって映画でもなかなか観ないと思うけど。そんなに俺って心配になる? 繋がれた手へと意識を向ければ、ぽつりと声が落ちてきた。
「……もう逃げられたくないんで」
 どういう意味? と尋ねようとしたが、カーブに差し掛かった電車の揺れに体が傾く。きゅっと強くなった手の力に支えられ、転びはしなかった。
「ありがとう」
「いえ」
 目が合ったのは一瞬で、皆藤くんはすぐに窓の向こうへと顔を戻す。皆藤くんの横顔に表情の変化はない。手を繋いでいるのも、本当にただ心配しているだけなのだろう。もしかしたら、乗り込む直前、わずかに躊躇したのを見られたのかもしれない。大丈夫だと思っていたけど、体は正直だった。嫌な記憶からくる拒否反応。皆藤くんとの約束がなかったら、俺は電車に乗れなかったかもしれない。
「助けてもらってばっかだな」 
 俺の声は、停車駅を知らせるアナウンスに重なり、届かなかったのだろう。皆藤くんは振り返らなかった。
 流れてくる温かさはくすぐったいけれど、不思議と心地がいい。かすかに変わり始めた鼓動を感じながら、俺はほんの少しだけ自分からも力を込めた。