通学路に並ぶ桜の樹は、ピンクよりも緑が目立っていた。今年は例年より早めの開花だったらしく、四月上旬なのに葉桜と呼ぶのが相応しい姿となっている。
「入学おめでとうございます」
 真新しい制服に身を包んだ新入生たちが、期待と緊張を滲ませながら「ありがとうございます」と俺の手から飾りを受け取っていく。
「入学式までに左胸に付けてください」
 紺色のブレザーに映えるピンクの小さな造花。今日だけのお祝いの花。自分ももらったはずだが、二年も前なので所在は不明だ。捨てたような気もするし、どこかにしまった気もする。いまのいままで忘れていたのだから、大事ではなかったということ。この胸に残る痛みも、いつかはこんなふうになるのだろうか。どこにいったのかもわからない、思い出して懐かしくなるだけの、そんなものに。
 ――先輩。
 再び声が蘇りそうになって、軽く振った頭に「……すみません」と低く小さな声が落ちてきた。
「あっ、すみません。入学おめでとうございます」
 こちらを入学式までに、と続くはずの言葉が喉で止まる。顔を上げた先に、いままさに思い出していた後輩によく似た顔があった。
 本人? いや、まさか。思い出にある姿は俺の胸ほどの身長、ボーズに近い短髪、声変わり前の高い声。目の前の人物は短髪ではあるもののワックスで軽く整えられているし、声は低いし、何より見上げるほど背が高い。顔だって丸みが消えている。でも、逆に言えば、それ以外はぴったり重なった。
「あの?」
「み――ああ、すみません。入学式までに左胸に付けてください」
 飛び出しかけた名前を慌てて引っ込める。違う。本人じゃない。本人なら俺に気づかないなんてことはないはずだ。
 ばくばくと内側で響く鼓動に、心臓が縮んでいたことを自覚する。そしてあまりにも簡単に名前を呼ぼうとした自分を反省する。後輩――御影(みかげ)は、きっと俺に二度と会いたくないだろうから。