自分の気持ちがわからなくて、返事を決めるまでは会えないと思った。だけど、いざ自分もすきだったのかもしれないと自覚したら、いまも御影がすきでいてくれるのかわからなくて。もうすきじゃなかったら。それどころか、こんな中途半端な自分のことを嫌いになっているんじゃないか。わからなくて、確かめることもできなくて、ひとり臆病になって避けていた。何度でも思い出してしまうくせに。その度に痛みを感じていたくせに。後悔を後悔のままにした。入学式で配られる花みたいに、いつかどこにしまったのかを忘れるくらいになればいいのだと、勝手に思い出にしようとした。
「ごめん」
俺は自分のことばかりで御影のことを考えていなかった。
「御影はもう俺に会いたくないだろうなって。返事できないまま逃げて、傷つけて、だから俺の顔なんて見たくないだろうって」
こんなにも傷つけていることに、苦しめていることに気づかなかった。
「でも、御影は、俺に会いに来てくれたんだよな」
「俺は、思い出になんてしたくなかったんで」
「うん」
「俺は先輩に助けられたこと忘れてませんから」
「俺が? 助けた?」
はい、とすぐそばで触れる声は春の風みたいな柔らかさだった。
「俺、バスケ部やめようと思ってたんです」
「えっ、なんで」
「どんなに練習してもゴールは遠いし、レギュラーにはなれないし、ひとりで遊んでるほうが辛くないなって」
俺が一緒に部活をやっていた頃、御影は誰よりも体が小さく、接触の激しいゴール前では簡単に弾き飛ばされていた。試合に出るのは難しいだろうと俺も勝手に思っていた。
「誰かと一緒にやると自分ができないことばっかり見えるから。だから冬休みに入ってからは、ひとりであの公園に行っていて」
たしかにあの時間帯ならひとりで使えるだろう。実際、あの冬の間は俺たち以外誰もいなかった。
「それなのに先輩が来ちゃうから。やっぱり誰かとやるほうが楽しいって、ひとりでいいなんて本当は逃げるための言い訳だったって、気づかされちゃったんです」
努力しないことの言い訳と、逃げるための言い訳。言葉にはしなかったのに、互いが互いを救っていた。
「――俺は先輩に振り向いてもらえるなら、なんでもよかったんです。いままでの自分じゃなくてもいいって思いました」
「それで、他人のふりしたってこと?」
「春休みに先輩が柔道部のひとと仲良くしてるの見かけて、ああいうひとがすきなのかなって」
「ああいうって、え、堺のこと?」
「幸い、身長だけはすごい伸びてたし、子どもっぽく見えないようにすれば、すきになってもらえるかなって、思って」
「待って、堺はべつにそういうのじゃないし、本当にただの友達だし、参考にすべきじゃないっていうか……それよりも」
ああ、ダメだ。胸の中がくすぐったくてたまらない。なんだよ、それ。他人のふりをするくらい、もう一度やり直してもいいと思えるくらいって、さあ。そんなの。
「俺のことすきすぎじゃない?」
「そ、れは」
びくっと跳ねた声が「そうですけど」と呟きの小ささで閉じられる。あんなにまっすぐゴールへと向かっていた、すきなことに打ち込んでいた、小さな勇者だった御影が。いま見つめているのが、俺って。なにそれ。
「――俺も御影がすきだよ」
「ほんと、に?」
「ああ」
そっと力が緩められ、間近で視線が繋がる。
「すぐに返事できなくてごめん」
あのときは桜が咲く前だった。いまはもう散りかけている。時間は巻き戻せなくて、同じ春はもう来ない。あの頃、見上げてきた黒色の水面が映すのはいまの俺で。見上げているのは俺のほうで。互いに映る相手は変わらなかった。
「いいんです、どうせ先輩にはいつも負けるんで」
「負け? ああ、バスケ? でも、同点の日が一回あったよな。ほら、最後の――」
公園で会った、最後の日。俺は負けたわけではなかったけど、飲み物を奢り、明日から来られないことを告げて……。
「なんか、思い出してます?」
いや、と答えながらも顔が熱くなり、視線を合わせられなくなる。あの日、掠めたのって、ほんとに唇だったのだろうか。俺はそうだったと思っているけど、一瞬のことだったし、違う可能性もある。でも御影も思い出したってことは、やっぱりそういうことだよな?
ふ、と小さな息とともに、くすぐるような振動が伝わってくる。
「御影?」
「……こんな『かわいいひと』勝てるわけない」
電車の到着を知らせる音楽が重なったものの、聞き取れた。聞き取れたくせに「なんて?」と尋ねてやる。だって、俺にとってはいまの御影の顔のほうがよっぽどかわいいから。
「なんでもないです」
なんだよ、と見上げた先、御影の耳は真っ赤だった。あのときも赤かった。あの冬の日、一瞬だけ掠めた熱。どうして忘れていたのだろう。ちゃんと目の前に答えはいつだってあったのに。
「御影の負けってことは、ジュース奢ってくれる?」
「いいですよ。俺――」
今度は雪ではなく、俺にしか聞こえないくらい小さな声が。空ではなく、すぐ上から降ってきた。
――一生、負け続ける覚悟できてるんで。
「ごめん」
俺は自分のことばかりで御影のことを考えていなかった。
「御影はもう俺に会いたくないだろうなって。返事できないまま逃げて、傷つけて、だから俺の顔なんて見たくないだろうって」
こんなにも傷つけていることに、苦しめていることに気づかなかった。
「でも、御影は、俺に会いに来てくれたんだよな」
「俺は、思い出になんてしたくなかったんで」
「うん」
「俺は先輩に助けられたこと忘れてませんから」
「俺が? 助けた?」
はい、とすぐそばで触れる声は春の風みたいな柔らかさだった。
「俺、バスケ部やめようと思ってたんです」
「えっ、なんで」
「どんなに練習してもゴールは遠いし、レギュラーにはなれないし、ひとりで遊んでるほうが辛くないなって」
俺が一緒に部活をやっていた頃、御影は誰よりも体が小さく、接触の激しいゴール前では簡単に弾き飛ばされていた。試合に出るのは難しいだろうと俺も勝手に思っていた。
「誰かと一緒にやると自分ができないことばっかり見えるから。だから冬休みに入ってからは、ひとりであの公園に行っていて」
たしかにあの時間帯ならひとりで使えるだろう。実際、あの冬の間は俺たち以外誰もいなかった。
「それなのに先輩が来ちゃうから。やっぱり誰かとやるほうが楽しいって、ひとりでいいなんて本当は逃げるための言い訳だったって、気づかされちゃったんです」
努力しないことの言い訳と、逃げるための言い訳。言葉にはしなかったのに、互いが互いを救っていた。
「――俺は先輩に振り向いてもらえるなら、なんでもよかったんです。いままでの自分じゃなくてもいいって思いました」
「それで、他人のふりしたってこと?」
「春休みに先輩が柔道部のひとと仲良くしてるの見かけて、ああいうひとがすきなのかなって」
「ああいうって、え、堺のこと?」
「幸い、身長だけはすごい伸びてたし、子どもっぽく見えないようにすれば、すきになってもらえるかなって、思って」
「待って、堺はべつにそういうのじゃないし、本当にただの友達だし、参考にすべきじゃないっていうか……それよりも」
ああ、ダメだ。胸の中がくすぐったくてたまらない。なんだよ、それ。他人のふりをするくらい、もう一度やり直してもいいと思えるくらいって、さあ。そんなの。
「俺のことすきすぎじゃない?」
「そ、れは」
びくっと跳ねた声が「そうですけど」と呟きの小ささで閉じられる。あんなにまっすぐゴールへと向かっていた、すきなことに打ち込んでいた、小さな勇者だった御影が。いま見つめているのが、俺って。なにそれ。
「――俺も御影がすきだよ」
「ほんと、に?」
「ああ」
そっと力が緩められ、間近で視線が繋がる。
「すぐに返事できなくてごめん」
あのときは桜が咲く前だった。いまはもう散りかけている。時間は巻き戻せなくて、同じ春はもう来ない。あの頃、見上げてきた黒色の水面が映すのはいまの俺で。見上げているのは俺のほうで。互いに映る相手は変わらなかった。
「いいんです、どうせ先輩にはいつも負けるんで」
「負け? ああ、バスケ? でも、同点の日が一回あったよな。ほら、最後の――」
公園で会った、最後の日。俺は負けたわけではなかったけど、飲み物を奢り、明日から来られないことを告げて……。
「なんか、思い出してます?」
いや、と答えながらも顔が熱くなり、視線を合わせられなくなる。あの日、掠めたのって、ほんとに唇だったのだろうか。俺はそうだったと思っているけど、一瞬のことだったし、違う可能性もある。でも御影も思い出したってことは、やっぱりそういうことだよな?
ふ、と小さな息とともに、くすぐるような振動が伝わってくる。
「御影?」
「……こんな『かわいいひと』勝てるわけない」
電車の到着を知らせる音楽が重なったものの、聞き取れた。聞き取れたくせに「なんて?」と尋ねてやる。だって、俺にとってはいまの御影の顔のほうがよっぽどかわいいから。
「なんでもないです」
なんだよ、と見上げた先、御影の耳は真っ赤だった。あのときも赤かった。あの冬の日、一瞬だけ掠めた熱。どうして忘れていたのだろう。ちゃんと目の前に答えはいつだってあったのに。
「御影の負けってことは、ジュース奢ってくれる?」
「いいですよ。俺――」
今度は雪ではなく、俺にしか聞こえないくらい小さな声が。空ではなく、すぐ上から降ってきた。
――一生、負け続ける覚悟できてるんで。



