あれ、と電車に乗った瞬間に違和感を覚えた。いつもより人が多い気がする。それだけではなく、どんなに混んでいても目につく、手すりにぶつかる高さにある顔が見当たらない。そもそも俺が乗り込むドアにいつもいるので、いままでは探すこともなかった。
「……乗ってない?」
パッとスマートフォンの画面を確認するが、連絡先を聞きそびれたままなので通知があるわけもなく。あれ、と首を捻ったところで並ぶ数字のおかしさにようやく気づく。――いつもより一本早い。聞きたいこと。伝えたいこと。家を出てからずっと考えていたせいで、自然と足が早くなったのだろう。そしてそのまま目の前に来た電車に乗ってしまった、と。
やばい。どうしよう。心配させちゃうかも。あー、なんで昨日連絡先交換しなかったんだろう。引き返す? 次の駅ですぐに降りれば――とドア上の案内表示を確かめたところで、各駅停車ではなく快速に乗ってしまったことに気づいた。どうりで混んでいるわけだ。ぎゅう詰めってほどではないけど。
加速にあわせ、揺れも激しくなる。窓の向こうに見える駅舎は名前を読み取るのがやっとだ。次の停車駅までは七分。乗ってしまったのを後悔しても、途中で降りることはできない。このまま大人しく停まるのを待つしかない。たった七分がひどく長く感じる。あー、もう。何やってんだか。
はあ、とため息を吐き、せめてすぐに降りられる場所へ移動しておこうと視線を動かしたとき。違和感を覚えた。
視界に入ったのは、ドア際に立つセーラー服の女子と真後ろに立つスーツ姿の男のひと。通勤通学客の多い時間帯とはいえ、下り電車は隣のひととぶつかるほど混んではいない。お互いに気を遣えば触れ合うことはないはず。
あんなにぴったり後ろに立つ必要ある? ほんの数日前、自分が体験した嫌な記憶が蘇る。
――たぶん、そう。どく、と心臓が揺れ、視線が離せなくなる。でも、こわい。助けてあげたい気持ちはあるけど、確信までは持てない。こわい。動くことも、動かないことも。どんな事態になるかわからないし、間違いだったらそれこそ取り返しのつかないことになるかもしれない。次の駅まではきっとあと五分ほどだ。このまま俺が何もしなくても、電車が停まれば、逃げられるだろう。逆に言えば、停まるまでの間、ただあの子は耐えるしかないということ。声を上げられない気持ちなんて俺が一番わかるのに。それを俺が見過ごしていいのか?
窓に映ったのは、自分の姿。俺がいまも電車に乗れるのは、変わらず過ごせているのは、全部――助けてもらったから。
そっと息を吸い込み、ドア際へと移動する。なるべく自然に見えるように。もしも本当に堺が言うように俺の顔が王子みたいなら、いまこそ、その効果が発揮されてほしいと思いながら。
「あれ、ひさしぶり」
手すりをぎゅっと掴む女子に向かって、最大級の笑顔を作る。え、と戸惑うように上げられた顔は泣き出す寸前だった。
「中学卒業以来じゃない?」
ちら、と一瞬だけ後ろに立つ男へ視線を向ければ、彼女がこちらの意図に気づいたのだろう。震えながらも小さな口が開く。
「あ、うん。ほんと、久しぶり」
「なんか顔色悪くない? 大丈夫?」
そっと庇うように手を伸ばし、電車が揺れたタイミングで男の体をリュックで押し出す。「わ、すみません」ここも敢えての笑顔で。本当は捕まえてやりたい。もう二度とこんなことができないようにしてやりたい。でも、やっぱりこわい。俺にできるのはここまでだ。少しでも彼女の恐怖が小さくなれば、それでいい。
「めっちゃ揺れるから酔うよね。次で一緒に降りよ」
こくこく、と頷く彼女を庇いつつ、男から視線を離さないように気をつける。自分で捕まえることはできなくても、ひとつでも多く特徴を覚えておいたほうがいいだろうから。電車が停車するまでの五分が十分どころか一時間にも感じられた。
「……乗ってない?」
パッとスマートフォンの画面を確認するが、連絡先を聞きそびれたままなので通知があるわけもなく。あれ、と首を捻ったところで並ぶ数字のおかしさにようやく気づく。――いつもより一本早い。聞きたいこと。伝えたいこと。家を出てからずっと考えていたせいで、自然と足が早くなったのだろう。そしてそのまま目の前に来た電車に乗ってしまった、と。
やばい。どうしよう。心配させちゃうかも。あー、なんで昨日連絡先交換しなかったんだろう。引き返す? 次の駅ですぐに降りれば――とドア上の案内表示を確かめたところで、各駅停車ではなく快速に乗ってしまったことに気づいた。どうりで混んでいるわけだ。ぎゅう詰めってほどではないけど。
加速にあわせ、揺れも激しくなる。窓の向こうに見える駅舎は名前を読み取るのがやっとだ。次の停車駅までは七分。乗ってしまったのを後悔しても、途中で降りることはできない。このまま大人しく停まるのを待つしかない。たった七分がひどく長く感じる。あー、もう。何やってんだか。
はあ、とため息を吐き、せめてすぐに降りられる場所へ移動しておこうと視線を動かしたとき。違和感を覚えた。
視界に入ったのは、ドア際に立つセーラー服の女子と真後ろに立つスーツ姿の男のひと。通勤通学客の多い時間帯とはいえ、下り電車は隣のひととぶつかるほど混んではいない。お互いに気を遣えば触れ合うことはないはず。
あんなにぴったり後ろに立つ必要ある? ほんの数日前、自分が体験した嫌な記憶が蘇る。
――たぶん、そう。どく、と心臓が揺れ、視線が離せなくなる。でも、こわい。助けてあげたい気持ちはあるけど、確信までは持てない。こわい。動くことも、動かないことも。どんな事態になるかわからないし、間違いだったらそれこそ取り返しのつかないことになるかもしれない。次の駅まではきっとあと五分ほどだ。このまま俺が何もしなくても、電車が停まれば、逃げられるだろう。逆に言えば、停まるまでの間、ただあの子は耐えるしかないということ。声を上げられない気持ちなんて俺が一番わかるのに。それを俺が見過ごしていいのか?
窓に映ったのは、自分の姿。俺がいまも電車に乗れるのは、変わらず過ごせているのは、全部――助けてもらったから。
そっと息を吸い込み、ドア際へと移動する。なるべく自然に見えるように。もしも本当に堺が言うように俺の顔が王子みたいなら、いまこそ、その効果が発揮されてほしいと思いながら。
「あれ、ひさしぶり」
手すりをぎゅっと掴む女子に向かって、最大級の笑顔を作る。え、と戸惑うように上げられた顔は泣き出す寸前だった。
「中学卒業以来じゃない?」
ちら、と一瞬だけ後ろに立つ男へ視線を向ければ、彼女がこちらの意図に気づいたのだろう。震えながらも小さな口が開く。
「あ、うん。ほんと、久しぶり」
「なんか顔色悪くない? 大丈夫?」
そっと庇うように手を伸ばし、電車が揺れたタイミングで男の体をリュックで押し出す。「わ、すみません」ここも敢えての笑顔で。本当は捕まえてやりたい。もう二度とこんなことができないようにしてやりたい。でも、やっぱりこわい。俺にできるのはここまでだ。少しでも彼女の恐怖が小さくなれば、それでいい。
「めっちゃ揺れるから酔うよね。次で一緒に降りよ」
こくこく、と頷く彼女を庇いつつ、男から視線を離さないように気をつける。自分で捕まえることはできなくても、ひとつでも多く特徴を覚えておいたほうがいいだろうから。電車が停車するまでの五分が十分どころか一時間にも感じられた。



