俺をすきだと言った後輩とよく似たひとが護衛騎士になりました


 ふっと集中が途切れ、机の上の時計を確認すると午後十一時になるところだった。学校の課題も塾の予習も終わったので、今日はこれで終わりにしよう。ベッドのヘッドボードに置いたスマートフォンへと手を伸ばすと、触れると同時に振動が伝わった。
「タイミングよすぎる」
 若干の恐怖を感じながら画面を確認すると、堺からの着信だった。メッセージより通話のほうが早くてラクというタイプなので珍しくはない。
「もしもし? どした?」
『おー、勉強中?』
「ちょうど終わったところだけど」
『マジ? すげえタイミングいいね』
「タイミングよすぎてこわいから」
『大丈夫。俺、盗聴とか盗撮とかの趣味ないから』
「それ趣味じゃなくて犯罪だからな」
『そっか。まあ、俺はしないけど、陽は気をつけろよ』
「いや、俺だってしないわ」
『逆、逆。されるほうに気をつけろってこと』
「ああ、そっち……って、それもないから」
『これだから無自覚は』
 はあ、と盛大なため息が端末越しに聞こえる。あり得ない、と再度言葉を重ねようとして、数日前の電車内での出来事を思い出す。絶対にあり得ないと思っていたことが起きたばかりだった。ぞわりとまた嫌な感覚が背筋を上ってきて、ぐっとお腹に力を入れる。これはいつになったら忘れられるものなのだろうか。
「用事ないなら切るけど」
『ごめん、ごめん。俺にとっては超重要な用事なんだけど』
「なに?」
『護衛騎士の皆藤、柔道部興味ないかなーって』
「見学会に来てたなら、なくはないんじゃない?」
『だよな。じゃあ、陽も協力してよ』
「協力って、柔道部に勧誘しろってこと?」
『そう。陽の言うことならききそうだし』
「それはどうかな」
 答えながらも、あり得なくないと思ってしまう。部活の話を聞きたがっていたから興味はあるのだろうし、見に行くとも言っていた。柔道に行くかまでは聞いていないけど、俺が勧めたら入ってしまいそうな気がする。たった四日一緒に過ごしただけで、皆藤くんにはそう思わせるものがある。どんなわがままでも俺が言ったら受け入れてしまいそうな、そんな。でも、俺は、本当に自分が興味のあるところに入ってほしい。すきなものをまっすぐ追ってほしい。迷惑をかけている俺が言えることじゃないかもしれないけど。
「ごめん、やっぱり協力できな」
『皆藤くんもバスケ部だったらしいからさ、こう、うまいこと柔道に繋げてくれない?』
「……バスケ部?」
『そう、アンケートに書いてあったの思い出して』
 バスケ部自体は珍しくともなんともない。なにもおかしくない。でも、どうしても、思い出にしきれていない痛みが蘇ってしまう。
 ――木内先輩。
 他人だと、御影じゃないと、何度も言い聞かせているのに。
『そういえば、陽は中学バスケ部じゃなかったんだな』
「え?」
『だって同じ部で知らないってことあり得ないだろ』
「待って。皆藤くんって、俺と同じ中学、なの?」
『そうだよ。あれ? 聞いてなかった?』
 同じバスケ部にいた? でも皆藤なんて名前の一年生はいなかった。俺が引退したあとに入ったとか? あり得なくはないけど、卒業式のあとの打ち上げでもそんな話は聞いた覚えがない。じゃあ、やっぱり皆藤くんは――。
『陽? もしもし? 聞いてる?』
「あ、ああ、うん」
『じゃあ、勧誘頼んだぞ』
 よろしく、と一方的に通話を終了されたが、怒りも呆れも出てこない。そんなことよりも。堺の言葉がぐるぐると頭を回り、うまく整理できない。同じ中学。同じバスケ部。俺が知らないわけない。
「なんだよ……」
 当てはまる人物はたったひとり。たったひとりしかいない。入学式のときの直感も、ここまで思い出してしまうのも何も間違っていなかった。
「やっぱり、お前かよ」
 重ねてしまうことを申し訳なく思っていたのに。
「――御影」
 名字が変わることはなくはないし、身長だってすごく伸びてもおかしくない。
 引っかかるのは、どうして他人のふりをしているのかということ。俺に御影だってバレたくなかった? それなら俺に近づかなければいいわけで。正義感から助けたのだとしても、登下校まで一緒にする必要はないだろう。どうしてこんなに気にかけてくれるのか。助けてくれるのか。
 ――先輩のことがすきです。
 この二年忘れることのできなかった言葉。
 ――俺は……。
 消えなかった後悔。
 他人だと思っても、何度も記憶は蘇った。鮮やかに浮かぶ光景のひとつひとつが、何度でも思い知らせた。なにひとつ俺は失くしていないのだと。あの冬の日、努力なんてこれっぽっちもしたことがないと思っていた俺に、教えてくれたように。降り積もった想いはちゃんと俺の中に残っている。見ないようにしていただけで、消えてなんかいなかった。それどころか皆藤くんとして出会った御影にも、俺は惹かれていて。想いは消えるどころか増え続けていた。
「俺は……御影が、すきだよ」
 自然とこぼれた言葉に、視界がぼやけていく。同じ心に置いていいのだとわかって、不安定だった心音が穏やかなノックへと変わる。他人のふりをした理由も、助けてくれた理由もわからないけど。それでも、俺は御影がすきだ。二年前も、いまも。
 伝えよう。今度こそ。いま伝えられる距離にいることが、こんなにも嬉しいから。