「えっ、いや、俺、結構遅いよ」
「大丈夫です。その辺で勉強してるんで」
「でも」
相変わらず皆藤くんの表情は変化がなく、感情が読み取れない。逆に言えば、すべてが冗談ではなく真剣だとも言えるわけで。出会ったばかりなのに、どうしてここまでしてくれるのか不思議でならない。助けた責任感? 俺が頼りないから? それとも、もっと別のなにかがあるのか?
――陽はもっと自覚したほうがいいよ。
――結構キレーな顔してるってこと。
堺の言葉が思い出されたが、すぐに頭を振る。ないない。出会ったばかりだし。俺は一目惚れされるような顔じゃないし。本当に惚れていたら、それこそ手なんて簡単に繋げないだろ。
わずかに触れるだけ、掠めただけで心臓が痛くなるのだから。無表情でいられるわけがない。だから、これは本当に、皆藤くんが親切なだけだ。――じゃあ、俺は? 本当に何も感じていないのだろうか? 電車に乗ったら、また手を繋ぐのだろうと思っているのは、本当になんの期待もなく……。
「先輩?」
ふっと落ちてきた影に、急いで顔を逸らす。跳ねた心臓が思考を蹴散らしたので、不自然にならない言葉を急いで拾い集めた。
「わ、わかったよ。じゃあ、明日塾が終わったら連絡するから」
「はい、待ってます」
ふわりと、優しく耳を撫でられた気がした。表情は変わっていない。だけど、声がとても柔らかくて。
――木内先輩?
あの冬の日の声が耳奥で蘇る。御影の声はもっと高くて幼かった。それなのに、いま一瞬懐かしさが掠めた。さっきから内側で主張する心音は、誰に鳴っているのだろう。御影を思い出すから? 懐かしいから? 忘れられないから? いま目の前にいるのは御影じゃない。皆藤くんなのに。
自分の頬を叩きたい衝動を抑え、顔を上げる。記憶じゃない。思い出じゃない。いま自分が見えているものに、俺は向き合いたい。
見上げた先には、変わらない、無表情に近い顔。いまの俺を大事にしてくれているのは皆藤くんだ。
「そういえば、連絡先まだ知らなかったよな」
毎朝の電車と、放課後の待ち合わせだけ決めてしまえば問題なく、メッセージのやり取りの必要性もなかった。けれど、さすがに明日は連絡が取れたほうがいいだろう。そう思い、スマートフォンを取り出そうとブレザーのポケットに手を入れかけたとき。
「電車、来ますよ」
唐突に手首を掴まれた。え、と驚く隙もなく、そのまま引っ張るようにホームへと続く階段に進んでいく。
確かに到着を知らせる音楽は聞こえるけど、俺は急いでいない。次の電車でも、と口を開きかけて、皆藤くんは違うかもしれないと思い至る。いつでも優先されてばかりだったから、すっかり相手の都合を見落としていた。皆藤くんは俺に気遣って言えなかっただけかもしれないのに。
ホームに滑り込んできた電車に乗り、俺が降りるまでずっと手は掴まれたままだった。てのひらよりも直に脈が伝わっている気がして、顔を上げることができない。じわじわと熱くなる頬を自覚しながら、窓の向こうへとひたすら意識を逃す。連絡先を交換し損ねたことに気づいたのは、最寄り駅の改札を抜けたときだった。
「大丈夫です。その辺で勉強してるんで」
「でも」
相変わらず皆藤くんの表情は変化がなく、感情が読み取れない。逆に言えば、すべてが冗談ではなく真剣だとも言えるわけで。出会ったばかりなのに、どうしてここまでしてくれるのか不思議でならない。助けた責任感? 俺が頼りないから? それとも、もっと別のなにかがあるのか?
――陽はもっと自覚したほうがいいよ。
――結構キレーな顔してるってこと。
堺の言葉が思い出されたが、すぐに頭を振る。ないない。出会ったばかりだし。俺は一目惚れされるような顔じゃないし。本当に惚れていたら、それこそ手なんて簡単に繋げないだろ。
わずかに触れるだけ、掠めただけで心臓が痛くなるのだから。無表情でいられるわけがない。だから、これは本当に、皆藤くんが親切なだけだ。――じゃあ、俺は? 本当に何も感じていないのだろうか? 電車に乗ったら、また手を繋ぐのだろうと思っているのは、本当になんの期待もなく……。
「先輩?」
ふっと落ちてきた影に、急いで顔を逸らす。跳ねた心臓が思考を蹴散らしたので、不自然にならない言葉を急いで拾い集めた。
「わ、わかったよ。じゃあ、明日塾が終わったら連絡するから」
「はい、待ってます」
ふわりと、優しく耳を撫でられた気がした。表情は変わっていない。だけど、声がとても柔らかくて。
――木内先輩?
あの冬の日の声が耳奥で蘇る。御影の声はもっと高くて幼かった。それなのに、いま一瞬懐かしさが掠めた。さっきから内側で主張する心音は、誰に鳴っているのだろう。御影を思い出すから? 懐かしいから? 忘れられないから? いま目の前にいるのは御影じゃない。皆藤くんなのに。
自分の頬を叩きたい衝動を抑え、顔を上げる。記憶じゃない。思い出じゃない。いま自分が見えているものに、俺は向き合いたい。
見上げた先には、変わらない、無表情に近い顔。いまの俺を大事にしてくれているのは皆藤くんだ。
「そういえば、連絡先まだ知らなかったよな」
毎朝の電車と、放課後の待ち合わせだけ決めてしまえば問題なく、メッセージのやり取りの必要性もなかった。けれど、さすがに明日は連絡が取れたほうがいいだろう。そう思い、スマートフォンを取り出そうとブレザーのポケットに手を入れかけたとき。
「電車、来ますよ」
唐突に手首を掴まれた。え、と驚く隙もなく、そのまま引っ張るようにホームへと続く階段に進んでいく。
確かに到着を知らせる音楽は聞こえるけど、俺は急いでいない。次の電車でも、と口を開きかけて、皆藤くんは違うかもしれないと思い至る。いつでも優先されてばかりだったから、すっかり相手の都合を見落としていた。皆藤くんは俺に気遣って言えなかっただけかもしれないのに。
ホームに滑り込んできた電車に乗り、俺が降りるまでずっと手は掴まれたままだった。てのひらよりも直に脈が伝わっている気がして、顔を上げることができない。じわじわと熱くなる頬を自覚しながら、窓の向こうへとひたすら意識を逃す。連絡先を交換し損ねたことに気づいたのは、最寄り駅の改札を抜けたときだった。



