その日、あたしは化け猫二匹に押しつぶされる夢を見た。

「うっわー……」

 そして目覚めてみると、あたしの上に覆いかぶさるようにココアとネネが寝ていた。

「どおりで変な夢を見るわけだわ……よいしょ。よいしょ」

 そんな二匹の下から、あたしは必死に這い出す。

 かなり激しく動いたはずだけど、当の本人たちはまったく目を覚ます様子はなく、ぐうぐうと寝息を立てていた。

「はぁ……さすがに重たすぎよ……」

 ため息まじりに呟いて、あたしは洗面所へ向かう。

 その際、おじーちゃんの私室の前を通りかかるも、人の気配がなかった。朝の見回りに行っているのかもしれない。

 それから身なりを整えて、まだぼうっとする頭をスッキリさせるためにウッドデッキに出る。すると、眼前に広がるはずの空と海は白い霧に覆われていた。

「せっかくの日曜日なのに、これは船が動かないネ。お客さん減っちゃうかも」

 その時、ネネの声がした。どうやらあたしが身支度を整えている間に起きたらしい。

「こればっかりはしょうがないわよー」

 基本波が穏やかで、船の欠航が珍しい瀬戸内の海だけど、年に何度か船が止まることがある。その原因の一つが、春先の濃霧だ。

「お客さんが多いのは十一時の船よ。それまでには霧も晴れるでしょ」

 あたしはテラス席の一つに腰を下ろし、頬杖をついて白く霞んだ島を見下ろす。

 島内放送で何か言っていたけど、よく聞き取れない。

 おそらく始発の船が出ないことを島民に伝えているのだろう。

 今日は島の外に出る用事もないので、あたしには関係なかった。

 何度も顔をこすりつけてくるネネの背中を、なんとなしに撫でてあげていた。

「おはよー……」

 すると、ココアも起きてきたらしい。背後から、なんとも間の抜けた声が聞こえてくる。

「ココア、ぐっすり寝てたわねー」

「そりゃもう、バッチリ。んー」

 振り返らずに声をかけると、背伸びをするような声が返ってきた。

「フッカフカの座布団の上で遊んでる夢を見たよー」

「よかったわねー。その座布団、あたしよ」

 苦笑しながら言って、テーブルに上ってきたココアの背中も撫でてあげる。

「やあ、今日は全員集合してるね」

 するとウッドデッキの下で眠っていたのか、トリコさんがどこからともなく現れた。しまねこカフェの猫、全員集合だ。

「あんたたちが揃ったってことは、目的は……」

「そう。優雅なモーニングを嗜もうかと思って」

「朝ごはん、楽しみだなー」

 思わず問いかけると、口々にそんな言葉が返ってきた。

「残念だけど、ごはんはおじーちゃんが帰ってきてから。あたしにいくら媚びたって、ごはんはあげないんだからね」

「……それは残念」

 そう言うと、珍しくあたしの足に顔をこすりつけていたトリコさんは、冷めたように離れていった。

「……おや、小夜ももう起きたのかい?」

 するとそこに、おじーちゃんが帰ってきた。

 その手に猫缶を持っているところからして、やっぱり朝の見回りに行っていたらしい。

 ちなみに見回りとは、しまねこカフェにやってこない島猫たちのために、おじーちゃんがやっている活動だ。

 朝と夕方の一日二回、猫たちの体調を確認しつつ、島の各所に設置された餌小屋に餌を置いてあげている。

「やった! ごはんだ! ごはん!」

 おじーちゃんの姿を見たココアが叫び、全力でスリスリしていた。

 わかったから、もう少し落ち着きなさいよねー。

「はは……港のほうも見てきたけど、今日はすごい霧だね」

 そんなココアを撫でてあげながら、おじーちゃんは白いベールに包まれた海と空を見やる。

「あたしにしてみれば、霧に包まれた島も静かで好きだけど」

「その気持ち、わかるよ。さて、朝ごはんにしよう。さっき、加藤のおばあさんから朝採れの野菜をもらったんだ」

 そう言っておじーちゃんが取り出した袋には、春野菜がこれでもかと詰め込まれていた。

 これは豪華な朝食になりそうだ……なんて考えながら、あたしは嬉々として朝食の準備に取りかかったのだった。