やがて十五時を過ぎた頃、おじーちゃんが帰ってきた。
「おや? この魚はどうしたんだい?」
買い出し品を一緒に整理していると、冷蔵庫の中を見たおじーちゃんが訊いてくる。
「サワラは港で士郎さんにもらったの。仕事前に釣ったんだって」
「そういうことか。立派なサワラじゃないか。これは、今夜は味噌焼きだね」
袋の中身を確かめながら言う。ご近所さんからもらった手作り味噌があったはずだし、これは晩ごはんも楽しみだ。
「そうだ。後でかまわないから、これを士郎くんの家に持っていってくれないか。サワラのお礼だよ」
おじーちゃんはそう言いつつ、袋詰めにされたクッキーを取り出す。
「今日は特売日でね。カフェに来るお客さんに出そうと思って、たくさん買ってきたんだ。残念ながら、ここではお洒落なスイーツなんてものは用意できないからね」
おじーちゃんが苦笑する。
カフェという形をしているけど、このしまねこカフェの主役はあくまで猫たちだ。
時期によっては軽食を出すこともあるけど、普段は簡単な飲み物しか提供できない。
このクッキーがあれば、あたしでもお茶請けくらいは出せそうだ。
「小夜も靖子さんや新也くんにお世話になっているのだし、よろしく頼んだよ」
「高畑先生はともかく、新也にお世話になってるつもりはないけど」
「そう言わないで。数少ない同級生じゃないか」
つい口を尖らせるも、おじーちゃんにそう説得され、渋々お使いを了承したのだった。
◇
最終便が出港したのを確認して、あたしは手頃な紙袋に入れたクッキーを持って家を出る。そろそろ士郎さんの仕事も終わった頃合いだろう。
彼の住む家は、カフェから歩いて数分。神社のすぐ下にある。
路地から続く石段を下りて、玄関の前に立つ。呼び鈴なんてないので、引き戸を少しだけ開けて声をかける。
「あのー、ごめんくださ……」
「コラ! 新也、宿題もしないで、いつまで釣りしてるの!」
「ご、ご、ごめんなさい!」
そして扉を開けると同時、高畑先生――靖子さんの声が飛んできて、あたしは思わず身を縮こませた。
「あら、小夜ちゃんだったの。てっきり新也が帰ってきたとばかり……驚かせてごめんなさいね」
謝りながら出てきた靖子さんはエプロン姿で、学校で見せる教師のオーラは微塵もない。どこにでもいそうなお母さんといった印象だった。
「いえいえ、背筋が伸びました。ところで士郎さんはいますか?」
ちなみに、学校では『高畑先生』、それ以外では『靖子さん』と呼び分けている。
それは島に住む子どもたち、皆のルールだった。
「あー、今はお風呂に入ってるのよー。どうかしたの?」
「昼間、士郎さんにサワラをもらって。そのお礼を持ってきたんです。これ、渡してもらえませんか」
そう口にしながら、あたしは持っていた袋を差し出す。
「まー、根っからの釣りバカなんだから、そんなの気にしなくていいのに。ありがとう。伝えておくわね」
靖子さんは満面の笑みでそれを受け取ったあと、玄関先で雑談を始めた。
それによると、新也は朝から祐二と釣りに出かけたっきり、戻ってきていないそうだ。
「祐二君が一緒だから特に心配はしてないけど、どこかで見かけたら早く帰るように伝えといてね」
靖子さんの言葉に頷いて、あたしは高畑家をあとにする。その頃には、すっかり日が落ちていた。
「……わっ」
高畑家の門を通り抜けようと時、その脇で居心地悪そうに縮こまる新也を見つけた。
「……あんた、何してんのよ」
「いや、灯台で釣りしてたらめっちゃ遅くなってさ。母ちゃん、怒ってるよな……?」
「めちゃくちゃ怒ってたわよー」
「この魚やるから、釈明会見に同席してくれないか?」
新也は青ざめ、一匹のサワラを差し出してきた。
「残念だけど、サワラは間に合ってるから」
親子で同じ魚を釣るなんて、さすがねぇ……なんて考えながら、あたしは新也と別れ、帰宅したのだった。

