……なっちゃんと別れ、あたしはカフェに舞い戻る。

 士郎さんからもらったサワラを冷蔵庫へとしまい、出しっぱなしにしていた勉強道具やマグカップを片付ける。

「ねー、誰か来るの? お客さん?」

 室外機の上で日向ぼっこをしていたココアが近くに寄ってきて、呑気に尋ねてくる。

「そうよー。でもすぐに島猫ツアーに行くから、ココアの相手はしてくれないかもね」

 あたしの言葉を聞いたココアは、つまらなさそうにしっぽを垂れた。

 ちなみに島猫ツアーとは、観光客を相手にしまねこカフェが行っているサービスだ。

 島内の猫たちがいそうな場所を巡り、島を訪れた観光客に楽しんでもらうのが目的で、学校が休みの日はあたしが担当する。

 基本無料なのだけど、あたしがやった場合、おじーちゃんからバイト代が出る。

 貴重な収入源だし、頑張らない手はない。

「よーし、掃除はだいたいこれでオッケー。身なりも変じゃない。寝癖もついてない」

 あらかたきれいになった和室とウッドデッキを見渡したあと、洗面台の前で身だしなみをチェックする。問題はなさそうだ。

「あのー、こんにちはー」

「しまねこカフェって、こちらで合ってますかー?」

 すると息つく暇もなく、お客さんがやってきた。

「どーもどーも、こんにちはー」

「いらっしゃーい」

 あたしはできるだけ自然な笑みを浮かべながら、ココアと一緒にその女性たちを迎えた。

 二言、三言の会話をしたあと、さっそく島猫ツアーに出発する。

「……佐苗島は小さな島なので、一時間もすれば一周できます。猫がいるのは島の南にある住宅地と港、あとは神社によくいます。時間帯によっては、東の漁港にも集まっていますよ」

 そんな説明をしながら、女性客たちと住宅地を歩く。

 彼女たちの手には、ツアー特典の島猫マップと、ちょ~るが二本握られている。

 中には人が苦手な猫もいるのだけど、おやつがあれば寄ってくるはず……という、おじーちゃんのアイデアだ。

 ……まぁ、あたしがいれば猫と直接交渉することができるし、そんな心配は無用なのだけど。

 そう考えながら神社の下に差し掛かると、神社三兄弟のうちの二匹が待ってましたとばかりに石段を降りてきた。

「まぁ、人懐っこいですね」

「かわいいー」

「外の人かな? こんにちはー」

「手に持ってるそれは、おいしいやつだ!」

 やってきた子たちは挨拶もそこそこに、ちょ~るに目を輝かせる。

「あげちゃっていいんですか?」

「どーぞどーぞー。この子たちはこの神社に住む三兄弟のうちの二匹で、こっちが末っ子、こっちが次男、一匹だけ石段の上にいるのが長男です」

 そう解説するも、お客さんたちはすでに猫にメロメロで、あたしの話なんか聞いちゃいなかった。

 猫を愛でる様子を見守っていると、ネネが近くの塀の上をトコトコと歩いているのが目につく。

「……ネネ、いいところに。ちょっと寄っていきなさい」

 それを見つけたあたしは小声で言い、ちょいちょいと手招きをする。

 ネネは一瞬驚いた顔で立ち止まるも、やがて渋々といった様子で近づいてきた。

「あ、ちょうどネネちゃんが来てくれましたねー」

「……自分で呼びつけといて、よく言うネ」

「この子は模様の一部がハート型に見えるので、幸運のハート猫って呼ばれているんですよー」

 ネネの皮肉たっぷりな言葉を全力でスルーして、あたしは笑顔で言葉を紡ぐ。

「わー、本当だー。ハート型になってるー! 写真撮ろう!」

 あたしの思惑通り、そのインパクトのある見た目は観光客に絶賛されていた。

 最初は乗り気でなかったネネも、ナデナデ攻撃とちょ~るの連携攻撃の前に、轟沈したようだった。

 ……その後、二人の観光客は島中を巡ってたっぷりと島猫たちと戯れ、満足顔で宿泊先のさくら荘へと向かっていった。

「はー、喋り疲れたー」

 しまねこカフェに戻ると、あたしは和室の座布団に腰を下ろす。

「サヨ、おつかれー」

 それと同時に、デッキにいたココアがあたしの膝に乗ってくる。

「並大抵のお疲れじゃないわよー。島の外の人って皆オシャレだし、変に緊張しちゃう」

「サヨもかわいいよー」

「はいはい、ありがとー」

 上目遣いでそう言うココアの頭を撫でてあげながら、壁の時計を見る。もうお昼はとうに過ぎていた。

 それに気づくと、とたんにお腹が鳴った。

「うわぁ、大きな音」

「うー、膝の上にいるんだからそりゃ大きく聞こえるわよ。悪いけどちょっとどいて。自分のご飯、用意しなきゃ」

 そう伝えると、ココアは軽快に膝から飛び降りた。

「うおーい、小夜ちゃーん!」

 そのまま立ち上がって、台所へ向かおうとした矢先、カフェの入口から声がした。

「あれ、哲朗さん?」

 そこにいたのは、なっちゃんのお父さんだった。

『お食事処・民宿さくら荘』と書かれた前掛けをし、その手にはタッパーを持っている。

「夏海の荷物運びを手伝ってくれたそうじゃないか。こいつはその礼だ」

 手渡されたタッパーの中身は、タコ飯だった。しかもまだ温かい。

「ありがとう! あたし、これ好きなの!」

「普段は作らないんだが、今日は宿泊客がいるからな。たんと食ってくれよ。がっはは!」

 お礼を言うと、哲朗さんは豪快に笑いながら去っていった。

 それを見送ってから、あたしは好物のタコ飯に舌鼓を打ったのだった。