……それから一時間ほど、集中して机に向かう。

 真剣に勉強しているのを察したのか、ネネたちはいつの間にかいなくなっていた。

 彼らの気配りは嬉しいけど、コーヒーで上げた集中力もやがて切れてしまった。あたしはノートを閉じる。

「はぁ……結構頑張ったし、気晴らしに散歩でも行こうかしら」

 背伸びをしながら言い、立ち上がる。

 壁の時計を見ると、十一時の船にはまだまだ余裕がある。

『現在無人開放中。ご自由におくつろぎください』

 そう書かれた看板をデッキに置いて、あたしは島へと繰り出した。

「……あれ? なっちゃん?」

 村長さんの家の前を通り過ぎた時、大きなダンボール箱を運ぶなっちゃんを見つけた。重たいのか、ふらふらしている。

「おはよー。その箱は何? ずいぶん重そうだけど」

「昨日泊まったお客さんの荷物が入ってるの。お土産買いすぎて持って帰れなくなったから、郵送してほしいんだって」

 彼女は苦笑しながら、両手で抱えた箱に視線を送る。

「じゃあそれ、郵便局まで持っていくの? 手伝うわよ」

 言ってすぐ、あたしは箱の反対側を持つ。何が入っているのかわからないけど、ずっしりと重い。

「まったく、人間のくせに計画性がないネ。持てないほど買わなきゃいいのに」

 その時、なっちゃんの後ろからネネの声がした。姿が見えないと思ったら、さくら荘に行っていたらしい。

「小夜ちゃん、ごめんね。重くない?」

「これくらい平気よー。それじゃ、港に向けてしゅっぱーつ!」

 自らを鼓舞するように言って、ゆっくりと歩き出す。

 ここから港までは比較的平坦だけど、相変わらず道は狭いし、道路に軒がせり出した家もあるから頭上注意だ。

「そういえば哲朗(てつろう)さん、今日はいないの?」

 歩調を合わせながら、なっちゃんに尋ねてみる。

「お父さん、朝から寄り合いで漁協に出かけてるの」

「それならこの荷物、ついでに持っていってくれたらいいのにねー。漁協と郵便局、近いんだしさ」

「きっと忙しくて忘れちゃったんだよ。今日も夕方には新しいお客さんが来るし」

「まったく。テツローも朝のカリカリを用意してくれる暇があったら、荷物くらい持っていってあげればいいのにネ」

 あたしたちの後ろをついて歩きながら、時々ネネが会話に入ってくる。

 なっちゃんと一緒にいる手前、あたしも反応するわけにはいかなかった。

「この荷物、男子二人には頼めなかったの? どうせ暇してそうなのに」

「二人とも今日は釣りに行くって言ってたから。島のどこかにいるんじゃないかな」

「そうなのねー。こういう時に限って使えないわねー」

 ……そんな話をするうちに路地を抜け、郵便局に到着した。

 なっちゃんが発送手続きを終えるまで、あたしは表の階段に腰掛けて待つ。

 いつの間にかネネの姿は見えなくなっていて、辺りには猫の子一匹いない。

 防波堤のほうを見てみるも、釣りをしているという男子たちの姿もなかった。

「……ここじゃないとすると、漁港かしら」

 漁港は島の東側にあるのだけど、普段から漁師さんが出入りしていることもあって、釣り目的の観光客は近づかない。船の下に大きなチヌがいたと、以前新也が騒いでいた気がする。

「でもチヌって昼間はなかなか釣れないわよね。そうなると灯台か……」

「あ、サヨだー」

「こんにちは」

 そんなことを考えていた時、二匹の猫がやってきた。

 すぐさま足にすり寄ってきた茶白の子がミミで、その後をついてきたサビ猫がハナ。

 彼女たちは姉妹で、この港周辺で暮らしている。

 どちらも元は捨て猫なのだけど、なかなかに人懐っこく、今は観光客に絶大な人気を誇っているのだ。

「あんたたち、元気? ミミはまた太ったんじゃないのー?」

「ごちそうもらってるからねー」

 言いながら、ゴロゴロと喉を鳴らしてお腹を見せてくる。相変わらずサービス精神旺盛だ。

「ミミのおかげで、わたしもおこぼれにあずかってる」

「ハナは愛嬌振りまくの苦手だしねー」

 そう言いながら、続いてハナの背中を撫でる。この子はミミが大好きで常に一緒にいるのだけど、人に対してはかなりクールな子だ。

「あー、ミミとハナだー」

 足元の二匹を交互に撫でていると、郵便局の扉が開いてなっちゃんが出てきた。

 彼女はその姿を見つけると、猫なで声を出しながらその場にしゃがみ込む。

「なっちゃん、荷物無事に送れた?」

「うん。お昼の船には載せられるって。んー、相変わらずミミはかわいいねー」

 あたしとの会話もそこそこに、なっちゃんはミミと戯れ始める。一方で、ハナはしれっと距離を置いた。

「ああ、小夜ちゃんたち、いいところに」

 その様子を微笑ましく眺めていると、頭上から声がした。

 顔をあげると、そこには港で係員をしている士郎(しろう)さんの姿があった。

「士郎さん、どうかしたんですか?」

「この魚、もらってくれないかな?」

 そう言って、あたしたちに袋を差し出してくる。中には大きなサワラが入っていた。

「仕事前に釣りをしてたら、今日は思いのほか大漁でさ。港にある冷蔵庫に入れてたんだけど、邪魔だって言われちゃって。もらってくれる人を探してたんだ」

 士郎さんは困り顔で頭を掻く。さすが新也のお父さん。親子そろって釣り好きだわ。

「そういうことなら、遠慮なくいただきますー」

 なっちゃんと二人、サワラの入った袋を受け取る。その直後、船の汽笛が聞こえた。

「おおっと……まずい。仕事に戻らないと」

 それを耳にした士郎さんは足早に去っていった。もう十一時の船が来たらしい。

「……はっ、十一時!?」

 反射的に港に設置された時計を見る。あと十五分もなかった。

「やっぱりサワラは味噌焼きが一番だよねー」

 のほほんと言うなっちゃんに対して、あたしは内心穏やかではなかった。

 お客さんが来るの、すっかり忘れてた。

 一刻も早くカフェに戻らないといけない。色々と荷物も出しっぱなしだし。

「な、なっちゃんごめん! あたし、急用を思い出したから帰るね!」

 そう言うが早いか、あたしはしまねこカフェに向けて駆け出した。