土曜日の朝。
あたしはパジャマ姿のまま、しまねこカフェのウッドデッキから島を見下ろしていた。
このデッキは本当に見晴らしがよく、住宅地から港、その海の向こうまで一望できる。
港に入ってくる縞模様の船の汽笛を聞きながら、手にしたコーヒーを一口飲む。
清々しい朝の空気も相まって、最高のひとときだ。
「……ユウスケちゃんの家、また布団が干してあったよ。あれは立派な島の地図だネ」
「そんなに立派だったの? ボクも後で見に行こうかなぁ」
……そんなあたしの足元を、ネネとココアが通り過ぎていく。
「朝からなんて話してるの。せっかくのいい気分が台無しじゃない」
あえて視線を向けずに小声で言うも、彼らは特に気にする様子もない。
「小夜、少し本土に出かけてくるよ。十五時の船で帰ってくるからね」
その矢先、おじーちゃんが靴を履きながらそう言ってきた。
「買い物?」
「ああ、色々と足りなくなってきたからね」
佐苗島は離島ということもあって、島民が注文したものを本土から届けてくれるサービスがある。
けれど、これは一週間に一度だけ。食料品や早急に必要なものがある場合、船に乗って本土まで買いに行く必要があるのだ。
「今日は十一時の船で島猫ツアー希望のお客さんが来るから、頼んだよ」
「関東から女性二人だっけ。まかせといて」
「カフェで待っていれば大丈夫だよ。携帯電話は持っているから、何かあったら連絡するようにね」
「はーい。行ってらっしゃい」
猫たちと一緒におじーちゃんを見送ると、あたしは部屋に戻って着替えを済ませる。
それから簡単な朝食をとって、宿題に取り掛かる。
この土日も、担任の高畑先生がたっぷりと宿題を出してくれていた。
「えーっと、まずは英語を片付けようかしら。それとも数学……?」
肩ほどの髪をポニーテールにまとめて気合を入れ、あたしはカフェの店番をしつつ、和室で教科書とノートを開く。
いくら猫の言葉がわかっても、頭は良くならない。猫が英語や数学を教えてくれるわけではないのだ。
「人間は大変だネ。英語なんて勉強して、サヨは外国でも行くの?」
「そんなつもりないわよー。この島にも猫目当てに外国の人が来たりするから、まったく役に立たないこともないけどさ」
ノートにシャーペンを走らせながら、ネネとそんな会話をする。
「……語学は大事。意思疎通できるからこそ、解り合える。サヨと僕らみたいに」
その時、玄関先から声がした。視線を向けると、そこには大きな茶白猫がいた。
「トリコさん、おはよー」
あたしに続いてその姿を見つけたネネが挨拶をする。トリコさんは返事をせず、特徴的なかぎしっぽをぴょんと動かした。
この子はしまねこカフェ一番の古株で、おじーちゃんによると五年以上前から住んでいるらしい。年の功なのか語彙も豊富で、どっしりとした謎の貫禄がある。
一方で、その独特なしっぽがとってもチャーミングだったりする。
「まー、あたしとあんたたちの関係は、語学云々の問題じゃない気がするけどねー」
あたしが猫たちの言葉を理解できるのは、それこそ神様の力なのだし。学ぼうと思って学べるものではない気がする。
「それでも、語学は大事。対話することは、解り合うこと。その手段を学べるなら、学ぶべき」
「結局は勉強頑張れってことね。わかったわよー」
あたしは笑顔で親指を立ててから、視線をノートへと戻した。

