しまねことサヨ

 ……それから春歌ちゃんとヒナを引き連れて、あたしは島の港へとやってきた。

 元々観光客が少ない時期だし、船も出たばかり。港は静かなものだった。

「ミミとハナがいるのは港の中でも端のほうなの。こっちよ」

 目当ての二匹を探しているのか、キョロキョロと視線が落ち着かない春歌ちゃんにそう伝え、港を横切っていく。

「え、ここにいるんですか?」

 そしてたどり着いた場所を見て、春歌ちゃんは困惑していた。

 そこは以前、彼女が猫を探していた場所。郵便局前にある港の駐車場だった。

「ここなら、前に探しましたけど……」


「ゴールデンウィーク中は人が多すぎて、ミミとハナも隠れてたのよ。今日は人も少ないし、ちゃんといるわ」

 そう言いながら、駐車場に停められた軽トラックの陰に視線を送る。

 日差しから身を守るようにして、二匹の猫がそこにいた。

「いたわよ。あの茶白と、サビ猫の子。あの子たちで合ってる?」

「は、はい。合ってます。毛並みも一緒です。間違いないです」

 その場所を指し示すと、春歌ちゃんもそれに気づいたようで、どこか懐かしそうな目をしていた。

「ミミー、ハナー。お客さんよー」

 あたしが声をかけると、体を持ち上げて起き上がり、トテトテと寄ってくる。

 けれど、あたしの隣に立つ春歌ちゃんの存在に気づくと、二匹は目を見開いて、ぴたりとその足を止めてしまった。

 ……おかしい。特にミミは、見知らぬ観光客相手でもすぐに近寄ってくるのに。

「ミミー、ハナー、お客さんだってばー!」

 もう一度声をかけるも、彼女たちは顔を見合わせたまま、まったく動こうとしなかった。

「……モモ、サクラ、私のこと、覚えてない?」

 その時、春歌ちゃんが一歩前に出ながら、おもむろにそう口にする。

 モモにサクラ? どちらも聞いたことのない名前だった。

 思わず彼女の横顔を見ると、期待と不安が入り混じったような表情をしていた。

「やっぱり、もう覚えてないのかな。それとも、怒ってる?」

 ややあって、そう言いながらもう一歩近寄るも、ミミとハナはジリジリと後退する。

 そのやりとりを見て、あたしは察した。

「ねぇ……春歌ちゃんってまさか、あの子たちの元飼い主だったりする?」

 少し悩んだあと、あたしはその背に向かって尋ねてみる。

 彼女は一瞬だけ体をこわばらせ、猫たちから視線をそらさずに頷く。

 それから小さく息を吸って、話し始めた。

「五年前まで、うちには二匹の猫がいました。友達から貰った子猫だったんですが、すごく私に懐いてくれて」

 港の風音にかき消されそうな声で、春歌ちゃんが言葉を紡ぐ。

「モモとサクラって名前をつけて、かわいがっていたんです。でも、その子たちが二歳になった頃、お父さんの仕事の都合で引っ越すことになって。引越し先のマンションはペットが禁止で……」

 そこまで言って、彼女は自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。

 その先の展開が予想できたあたしは、胸が締め付けられる思いがした。

「あの子たちと離れたくなかったので、当然引っ越しに反対しました。でも、当時小学生の私にはどうにもできなくて。学校に行っている間に、どこかに捨てられてしまいました」

「それが、あの子たちなのね?」

 確認するように問う。彼女はしっかりと頷いた。

 かつて、ミミとハナは捨て猫だったと、おじーちゃんが言っていた。

 春歌ちゃんの話とは、辻褄が合う。

「モモとサクラをどこに捨てたのか、お父さんはずっと教えてくれませんでした。子どもの言うことだから、そのうち諦めるだろうと思っていたんでしょう」

 お父さん、猫が嫌いだったから……と、消え入るような声で付け加える。その言葉の端々に、悔しさがにじみ出ている気がした。

 彼女の強く握られた拳が、震えている。

「あの子たちのこと、私はずっと忘れませんでした。それこそ、何年もお父さんに問い続けて、やっと、この島のことを聞き出したんです。この島なら、仲間がいっぱいいると思ったからって」

 彼女の言葉を聞いて、あたしの胸中にはなんとも言えない感情が渦巻いていた。

 いまだにこの島を、猫の楽園だと考えている人がいるのだ。それは違うというのに。

「それで、わたしたちを引き取りに来たの?」

「……今更?」

 その時、遠くで話を聞いていたミミとハナが、こっちにまで聞こえる声で言った。

 けれど、その言葉がわかるのはあたしだけ。春歌ちゃんに伝わるはずもない。

「春歌ちゃんは、二匹を引き取りに来たの?」

 だから、彼女たちの言葉を代弁するように、そう尋ねてみる。思わず語尾が強くなったのが、自分でもわかった。

「違います。せめて一言、謝りたかったんです」

 春歌ちゃんはまっすぐな視線を猫たちに向けたまま、はっきりと、そう言った。

「でも、やっぱり怒ってるみたいですね。近づいてきてくれないですし」

 続く声が、わずかに震えていた。直後、静かに嗚咽を漏らす。

 かつて家族だった猫たちを何年もの間思い続け、ようやく会えたにもかかわらず、その思いは通じない。

 なんて声をかけるべきか、あたしは迷っていた。

 そんな中、ミミがゆっくりと近づいてくる。

「……懐かしい匂いがする。もう、長いこと嗅いでなかった匂いだよ」

 そう言って、春歌ちゃんの傍らに座り込む。

 それを見た彼女はおずおずと腰を落とし、その頭を撫でる。

「モモ、私がわかるの?」

 触れても逃げないとわかると、その小さな体を慎重に抱きかかえた。

「あの時、何もできなくて、ごめんなさい。捨てちゃって、ごめんなさい」

 そしてミミを抱きしめたまま、彼女は涙を流す。

 それはまるで、これまで抑え込んでいた感情を全て吐き出しているようだった。

「ハルカのせいじゃないよ。誰も悪くない。仕方のないこと」

「……仕方のないことだって。春歌ちゃんのせいじゃないって言ってるわよ」

 気がつけば、あたしは再びミミの言葉を代弁してあげていた。

「……ありがとう」

 それを聞いた春歌ちゃんは、絞り出すようにそう口にした。

 あたしとミミ、どちらに向けた言葉なのかわからなかったけど、一瞬見えたその顔は笑顔だった。

 ……そんな中、ハナは相変わらず離れた場所にいた。

「ハナ、ハルカも謝ってるんだから、許してあげなよ。いつまでも意地を張ってないで」

「わたしは簡単には許せない。突然捨てられたわたしたちが、どれだけ心細かったか」

 ミミがそう言うも、ハナは微動だにせず。少しの間をおいて、小さな声で続ける。

「やむない事情もあるのだろうけど、それは人間側の都合。捨てられた側からすれば、たまったもんじゃない」

「考えてみてよ。一度捨てたあと、こうやって探しに来てくれる飼い主がどれだけいると思う? 島に長いこと住んでるけど、そんな話、聞いたことないよ」

「……それは、そうかもしれないけど」

 ミミから諭され、ようやくハナは口調をやわらげる。

「でしょう? はるばる来てくれたのだから、わたしはハルカを信頼する」

 春歌ちゃんの胸に顔をうずめるミミを見ながら、ハナは考えるような仕草をする。

 そのピンと立ったさくら耳が、せわしく動かされていた。

「捨てられてからというもの、正直、人間はあまり好きじゃない」

 しばしの間があって、ハナはゆっくりと口を開く。

「けど、長年連れ添ったミミが信頼するというのなら、わたしもそれに従う」

 彼女はそう言うと、ゆっくりと春歌ちゃんのそばへ寄り、その体を擦り寄せた。

 春歌ちゃんは一瞬驚いた表情を見せたあと、寄ってきたハナを優しく抱き寄せる。

 ……仲直り、できたみたいね。

 その様子を見て、あたしは胸をなでおろしたのだった。