しまねことサヨ


 捨て猫騒動も落ち着いた六月の下旬。とある日曜日の昼下がり。

 あたしは島猫たちと、しまねこカフェでまったりとした時間を過ごしていた。

 六月は梅雨時期で天候が安定しないこともあり、十二月に次いで観光客が少ない。

 カフェも開けてはいるものの、開店休業状態だった。

 おじーちゃんもそれをわかっているのか、本土に買い物に行っている。戻るのは最終便になるだろう。

「ぐーりぐーり、ぐーりぐーり……」

「うわああ……気持ち良すぎるネ……」

「サヨー、次はボクだよー?」

 本を片手にテラス席に座り、目の前で横たわるネネのお腹を撫でてあげる。

 この時期特有の、たっぷりと湿気を含んだ風が流れてきて、裕二から借りた文庫本のページも重い気がした。

「あのー、すみませーん」

 すっかり気を抜いていたところ、カフェの入口から声がした。

 観光客が少ないと言っても、まったく来ないわけではない。あたしは素早く本に栞を挟むと、営業スマイルで来客を迎えた。

「いらっしゃいませー……って、あれ?」

 するとそこには、一人の少女が立っていた。

 服装からして、明らかに観光客なのだけど、あたしはその顔に見覚えがあった。

「あの、どうかしましたか?」

「い、いえいえー。この時期にお客さんは珍しいので。いらっしゃいませー」

 素に戻っている自分に気づき、もう一度営業スマイルを浮かべる。少女は一瞬だけ戸惑いの表情を見せつつも、言葉を続けた。

「あの、こちらに島の猫に詳しい人がいると聞いてきたんですが」

 そう言いながら、彼女はカフェの中に視線を泳がせる。どうやらそれらしい人を探しているようだ。

「たぶん、あたしのことだと思います。どうしました?」

「実は、探している猫がいるんです。先月も来たんですが、見つからなくて……」

 次第に尻すぼみになる声を聞いていた時、あたしはあることを思い出した。

「先月も……? あ、もしかしてゴールデンウィークに港の駐車場にいませんでした?」

 モデルのように整った顔立ちとポニーテール、なにより特徴的なリボン。思い返してみれば、先日、港の駐車場で見かけた子に間違いなかった。

「そ、そうです。お姉さん、見てたんですか?」

「車の下を見ていたので、記憶に残っていて……猫を探してたんですねー」

 思わずそう口にすると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。その拍子に、額に汗が光っているのが見えた。

「あー、立ち話もなんですし、中でお話しませんか? どうぞ、上がってください」

 あたしはそう言って、彼女を和室へと誘う。

 座卓についた彼女に麦茶を出してあげると、柚木 春歌|(ゆずき はるか)という名前と、今年中学生になったばかりだということを教えてくれた。

「は、春歌さん、あたしより年下なのね……」

 あたしも自己紹介をしたあと、思わずそんな言葉が口をついて出る。

 それくらい、彼女は大人っぽく見えたのだ。

「そうです。年下なので、そんなかしこまらないでください。呼び捨てで構わないので」

 無垢な笑顔で言われるも、さすがに呼び捨ては悪いので、ちゃん付けで呼ばせてもらうことにした。

「それで、春歌ちゃんはどんな猫を探してるの?」

「はい。茶白の子と、サビ猫の子の姉妹猫で……元気なら、今はたぶん七歳くらいだと思うんですが」

 話を聞いてみると、その説明はえらく具体的だった。

「んー、ここに島の猫たちの写真があるんだけど、その子たちってこの中にいる?」

 そう言いながら、あたしは猫たちの写ったアルバムを春歌ちゃんに見せる。

 その会話からだいたいの目星はついていたけど、念のためだ。

「そうですね……えーっと……この子と、たぶんこの子です」

 春歌ちゃんは一通り写真を眺めたあと、ミミとハナが写った写真を指差した。

「ミミとハナを探してるのねー。お気に入りの子なの?」

「お気に入りというか、なんというか。ミミとハナという名前なんですね」

 何の気なしに尋ねると、彼女はそう言葉を濁した。名前も今初めて知ったようだし、いわゆる推し猫というわけではなさそうだ。

 わずかな疑問を抱きつつも、あたしは彼女をミミとハナに会わせてあげることにした。