目が回るほど忙しかったゴールデンウィークも終わり、島が日常を取り戻した頃。毎年決まって発生する事件がある。

 捨て猫だ。

 春に生まれた子猫を、心ない誰かが島に置いていくのだ。

 佐苗島は猫の島とうたっていることもあり、こういうことが年に何度かある。

 そういう子たちを保護して、ゆくゆくは去勢手術を施して島猫として迎え入れるのも、しまねこカフェの役目だったりする。

 ――猫島は猫の楽園ではないのだけどねぇ。

 かつて、ダンボールに入れられた子猫を前にしたおじーちゃんが、ため息まじりにそう呟いたことがある。

 その言葉は、今でもあたしの心の深いところに残っていた。

「ぎゃー! 怖い怖い! 人間怖い!」

「何もしないから引っかかないで! 噛まないで! ココアも何か言ってあげてよ!」

「サヨは優しい人だから、噛まないよ」

「そうじゃなーい!」

 そして現在、しまねこカフェには三匹の子猫がいた。

 この子たちはおじーちゃんが朝の見回りで見つけたらしく、幸いなことに元気いっぱいだった。

 ちなみに、発見者のおじーちゃんは村長さんを呼びに行っていて、あたしは一人で子猫たちの相手をしていた。

「ほ、ほらほら、泣かないでー」

「うわーん! ママー!」

 ココアも手伝ってくれているけど、オス猫ということもあって対応に困っている。

 猫の言葉がわかるあたしは、当然子猫たちの声もしっかりと聞こえるのだけど、聞いているだけで可哀想になる。

「はー、どこかに頼りになるメス猫はいないかしら。ねー、トリコさーん」

 ウッドデッキで我関せずといった様子のトリコさんに声をかけてみるも、一瞬しっぽを動かしただけで、どこかへ行ってしまった。どうやら助力は期待できそうにない。

 よく考えてみれば、それも当然だ。この島の猫たちは全員が去勢手術済みなので、子育て経験がある猫などほとんどいないのだ。

「ほらほら、ミルクよー……って、ひっくり返されたー! 向こうの子は粗相してるー!」

「……大変そうだねぇ。小夜ちゃん、大丈夫?」

 声がしたほうを見ると、カフェの入口になっちゃんがいて、丸めた毛布を持っていた。

「子猫を保護したって聞いたから、この毛布を床敷きに使ってもらおうかと思ったんだけど……手遅れだったみたいだね」

 そう口にしながら、なんとも言えない顔で濡れた畳を見る。

「ありがとー。どのみち必要になると思うから、ありがたく使わせてもらうわねー」

 努めて笑顔で毛布を受け取ると、彼女はあたし越しに子猫たちを見ていた。

「せっかくだし、上がってく?」

「いいの? じゃあ、少しだけお邪魔しようかな」

 そう提案すると、なっちゃんは声をわずかに弾ませながら靴を脱ぎ、縁側を経由して和室へとやってくる。

「わー、ふわふわ。やっぱり子猫ってかわいいよね」

 近くにいたキジ柄の子を優しく抱きかかえると、なっちゃんはとろけるような笑みを浮かべた。

「なんか、いいにおいする!」

 その腕の中に抱かれた子も、先程とは打って変わって大人しくなり、なっちゃんの手の甲をペロペロと舐めていた。

 いい匂いとか、あんた男の子ね。もしくは、なっちゃんが魚の下ごしらえでも手伝ってきたのかしら。

「やれやれ、ここはなかなか遠いね」

 そんなことを考えていると、ミミとハナの姉妹が窓から入ってきた。

「あれ? あんたたちがここに来るなんて珍しいわねー」

「ホントだー。普段は港にいるのにね。子猫の声が気になったのかなー?」

「トリコさんに行けって言われた。捨てられてたってのは、あの子たちね」

 猫なで声のなっちゃんに対して、ハナは疲れたような声で言う。

 そして部屋の隅で暴れていたキジ白の子の元へと歩み寄り、その首根っこをくわえてひょいと持ち上げた。

「ナツミの膝に乗ってるキミも、こっちにおいでー」

「ぎゃー! 離してー!」

 一方のミミはキジ柄の子を捕まえると、ハナの元へずるずると引っ張っていく。

 ……やがて最後に残された子も、同じく連行されていった。

「三匹ともよくお聞き。アンタたちは、捨てられたんだ。泣いても喚いても、ご主人や親猫がやってくることはない」

「でも安心してー。この島はそんな子たちも大歓迎だよー」

 ……なっちゃんがいるので猫たちと会話はできないけど、その後のミミとハナの会話を聞く限り、彼女たちは先輩猫として、子猫たちに島で生きていくための心得えを教えているようだった。

 ミミとハナもかつては捨て猫だったし、子猫たちにその経験を話すよう、トリコさんに言われたのかもしれない。

「おおー、今年も来たかぁ。新入りだなぁ」

 その時、村長さんがカフェにやってきた。その背後には、おじーちゃんとヒナの姿もある。

「敏夫から話は聞いたぞぉ。まーたあの倉庫か。困ったもんだなぁ」

 集められた子猫たちの中から一匹を抱えあげ、村長さんはため息をつく。

 住宅地を抜けた先に古い倉庫が並んでいるのだけど、捨て猫は大抵あそこで見つかる。

 近くに民家もないので、島民もなかなか気づけないのだ。

「あの倉庫ってことは、この子たちを捨てた人はうちの民宿の前を通ったってことですよね。なんか嫌だなぁ」

 村長さんの言葉を聞いたなっちゃんが渋い顔で言う。

 彼女も無類の猫好きだし、もし現場に遭遇していたら、止めることができたかも……なんて考えているのだろうか。

「夏海ちゃんもそんな顔しなさんな。今は捨てた連中のことより、この子たちのことを考えてやらないとなぁ」

「なんだこいつー! 離せー! 離せー!」

 その腕にガジガジと噛みつく子猫を気にすることなく、村長さんは朗らかに笑う。

 ……それから話し合いの末、子猫たちはその場で村長さんの家に貰われていった。

 しまねこカフェやさくら荘で面倒を見る案も出たけど、どちらも飲食業をしているということで、トイレのしつけができていない子猫を預かるのは大変だろう……と、村長さんに言われてしまったのだ。

「また、いつでも会いに来てくれていいからなぁ」

 子猫たちが入っていたダンボール箱と、なっちゃんが持ってきてくれた毛布を手に、村長さんはしまねこカフェを後にしていく。

 その去り際、この子たちの名前はテンメンジャンだ……なんて声が聞こえた。

 テンメンジャンって、何かの調味料だったわよね。村長さん、本気なのかしら。

 そのネーミングセンスに一抹の不安を感じながら、あたしは村長さんの背を見送ったのだった。