しまねことサヨ


 その後、自宅に向かって歩いていると……背後からスクーターのエンジン音が近づいてきた。

「あら、小夜ちゃんじゃない。元気?」

 とっさに道の端に寄りながら振り返ると、その運転手さんから声をかけられる。

 ヘルメットに半分隠れたその顔をよく見てみると、雪絵(ゆきえ)さんだった。

 彼女は裕二の母親で、島で図書館を兼ねたカフェを経営している。

「雪絵さん、こんにちはー。今日はお仕事、お休みなんですか?」

「そうなのよー。昨日までは毎日引っ越しのバイトが入ってたんだけどね」

「あはは、春先は引っ越しとか多そうですもんねー」

「そう。日によっては猫の手も借りたいほどなの」

 言いながら、雪絵さんはおどけた様子で手のひらを猫のように丸めた。

「でも、ゴールデンウィークに向けて図書館カフェの開店準備もできるし、ちょうどいいかなって。小夜ちゃんも時間があったら手伝ってね。なんなら店員さんとして働いてくれたら、裕二も喜ぶんだけど」

 続けて悪戯っぽい笑みを浮かべ、あたしを見てくる。

 人手が足りないのはわかるけど、どうしてそこで裕二の名前が出てくるのだろう。

「手伝いたいのは山々ですけど、うちもゴールデンウィークは大変なことになりそうなので……準備だけ手伝いに行きますねー」

 大型連休中は島に観光客が押し寄せるから、しまねこカフェも大忙しだ。さすがに雪絵さんのお店は手伝えない。

「その時はよろしくね。あ、給料の前払いってわけじゃないけど、これあげる」

 雪絵さんはそう言うと、スクーターのかごに入っていたキャベツを差し出してきた。

「ご近所さんからたくさんもらったんだけど、裕二と二人じゃ食べきれなくて」

「あ、ありがとうございます」

 とっさに受け取ってお礼を言うも、これで我が家のキャベツは四つに増えてしまった。

 スクーターのエンジン音を響かせて颯爽と立ち去る雪絵さんを見送ってから、あたしはなんとも言えない気持ちで手元のキャベツに視線を落としたのだった。

 ……それからしまねこカフェに戻ると、ココアが駆け寄ってくる。

「サヨ、おかえりー」

「はいはい、ココア、だたいまー」

 帰宅の挨拶をしたあと、軽く背中を撫でてあげる。

 次に開け放たれた和室を見ると、おじーちゃんがほうきとちりとりを持って掃除をしていた。

 猫が嫌がるため、しまねこカフェでは基本、掃除機を使わない。

 その大きな音に加えて、掃除機の形自体がまるで得体の知れない生き物に見える……と、以前ココアとネネが口を揃えていた。

「おかえり。小夜、その袋はどうしたんだい?」

「メバル。なっちゃんからもらったの。哲朗さんが獲ったんだって」

「ほう。おいしそうだね。さすが哲朗さんだ」

 説明しながらビニール袋を手渡すと、中身を確認したおじーちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あと、雪絵さんからキャベツももらっちゃって……どうしよ」

「あはは……ありがたいけど、漬物にしようか」

 続いて小さな声で言うと、おじーちゃんは苦笑した。

 これはしばらくの間、キャベツづくしの食事を覚悟しないといけなさそうだ。