〇束樹山・川辺(昼)
呆然と川の流れを見ている陽琉。
陽琉を見つめる琥珀。
琥珀「陽琉、本当に大丈夫か」
陽琉「うん……大丈夫、です」
曖昧に微笑む陽琉。
陽琉、俯く。
陽琉の顔にかかった髪を払おうと手を伸ばす琥珀。
顔を上げた陽琉、目の前に現れた手に驚いて反射的にのけぞる。
陽琉「あ」
少しだけ目を見開いた後、優しく微笑む琥珀。
琥珀「すまない。怖がらせたな」
陽琉「っ……」
申し訳なさと切なさで胸が締め付けられる陽琉。
陽琉「怖くないよ。怖くないもん。ごめん琥珀」
必死に言葉を重ねる陽琉。
おかしそうに目を細める琥珀。
琥珀「何も謝ることなどないだろう。ふふ。そうか、怖くないのか」
笑っている琥珀。
陽琉「そうです。全然怖くないです。っていうかちょっと笑いすぎ……」
言ってから、少しだけほっとする陽琉。
琥珀「本当に陽琉は面白い。飽きさせないな」
陽琉「ちょっと馬鹿にしてる……」
むくれる陽琉。
また大笑いする琥珀。
ひとしきり笑ってから陽琉を見る琥珀。
琥珀「先ほどはミルクホールに行ったが」
キョトンとする陽琉。
琥珀「他にやってみたいことはないのか?」
考えるそぶりをする陽琉。
陽琉「……人力車に乗ってみたいかなあ」
琥珀「人力車か……俺の背に乗る方が断然速いんだがな」
陽琉「琥珀?」
琥珀「いやこちらの話だ。行こう、陽琉」
立ち上がる琥珀。
陽琉「行くって……」
琥珀「乗りたいなら乗ればいい。ミルクホールだって入れただろう」
目を輝かせる陽琉。
陽琉「ありがとう! 琥珀!」
元気よく立ち上がり、琥珀の手を取る陽琉。
優しく微笑み、陽琉の手を握り返す陽琉。
〇束樹町・とめられた人力車の前(昼)
車夫に声をかける陽琉。
陽琉「こんにちは」
車夫「はい。ご利用ですか?」
陽琉「は、はい。えっと……」
琥珀「束樹会館まで」
淡々と助け船を出す琥珀。
陽琉「た、束樹会館まで!」
車夫「かしこまりました! どうぞ!」
車夫に導かれ、人力車に乗り込む陽琉と琥珀。
〇人力車の上(昼)
車夫にひかれ、走っていく人力車。
夢中で景色を眺めている陽琉。
陽琉「綺麗……! 琥珀、綺麗です!」
キラキラの目で琥珀を見る陽琉。
ふっと笑う琥珀。
琥珀「良かったな」
満面の笑みを返す陽琉。
〇束樹会館の前(昼)
華やかな洋館。
走り去っていく人力車。
人力車から降りたばかりで手を繋いでいない陽琉と琥珀。
まだ興奮している様子の陽琉。
陽琉「本当に少し離れただけですごく都会的になりますね!」
琥珀「そうだな」
きょろきょろする陽琉を柔らかく見つめた後、道に視線を移す琥珀。
道を隔てた向こうに加賀美が立っている。
琥珀「!」
はっと目をこらす琥珀。
加賀美の姿はもうどこにもない。
琥珀「気のせい……いや」
口元に片手を持ってくる琥珀。
琥珀「陽琉、今」
隣へ顔を向ける琥珀。
陽琉がいない。
息を飲む琥珀。
琥珀、青ざめて周囲を確認する。
琥珀「……陽琉。陽琉!」
陽琉の声「はい!」
会館の角から顔を出す陽琉。
額に汗を浮かべ、呆然と陽琉を見る琥珀。
にこにこしている陽琉。
陽琉「今猫がいたんですよ! 黒猫!」
ぱたぱたと琥珀のそばに戻ってくる陽琉。
琥珀「……陽琉」
陽琉「はい」
微笑んで答える陽琉。
唾を飲み込み、大きく息をつく琥珀。
陽琉「琥珀?」
琥珀(俺はいつの間に……今の今まで気が付かなかったとは)
目を伏せ、口元だけで笑みを作る琥珀。
琥珀「焼きが回ったかな、俺も」
陽琉「やき?」
言葉を繰り返して、首をかしげる陽琉。
何も言わず微笑む琥珀。
琥珀「何でもないさ。じきに暗くなる。そうなればお前は戻らねばならんだろう」
陽琉「そうですね……でももうちょっとこの辺を見ていきましょう!」
優しく頷く琥珀。
琥珀「承知した。お前の望むままに」
陽琉「わーい」
元気よく返事をする陽琉。
×××
陽琉と琥珀、並んで歩いている。
思い出したように呟く陽琉。
陽琉「帝都もこんな感じなのかなあ」
琥珀「帝都?」
陽琉をのぞき込む琥珀。
琥珀「帝都が気になるのか?」
陽琉「そりゃあ……色んな作品に出てくるし……」
照れくさそうに続ける陽琉。
宙を見上げる琥珀。
琥珀「まあ……華やかではあるな」
陽琉「琥珀行ったことあるの?! 帝都!」
琥珀「ああ。あるが」
目を輝かせる陽琉。
陽琉「すごい! どんなところなんですか? いいなあ!」
琥珀「どんな、と言われてもな。華やかではある」
陽琉「それはさっき聞きました!」
困った顔で考え込む琥珀。
琥珀の顔をのぞき込む陽琉。
陽琉「というか、どうして帝都に行ったんですか? 何か用事でも?」
琥珀「ああ。少し前に博覧会があってな。見に行った」
陽琉「東京大正博覧会!」
琥珀「そうだったかな」
思い返すように空の方を見上げる琥珀。
陽琉「琥珀大正博覧会行ったんですね! すごい!」
琥珀「俺が行ったこと自体は別段すごくないと思うが」
冷静な琥珀と大興奮の陽琉。
陽琉「どうでした? 大正博覧会」
琥珀「どう、と言われても。お前は先ほどから漠然とした物言いをするな……」
困った表情の琥珀。
陽琉「だって、すごく……すごく豪華だったって!」
琥珀「ああ。それはそうだな。豪華だったよ。名品、銘菓が集まっていて……娯楽も沢山あった」
陽琉「わあ……」
陽琉、うっとりと目を細める。
陽琉「いいなあ……」
琥珀、一瞬どこか寂しそうに微笑んだあと、優しい眼差しで陽琉を見る。
琥珀「行きたいなら行けばいいだろう」
陽琉「へ?」
琥珀「博覧会は会期があるが。帝都に期限はない、行けばそこにある」
きっぱりと言い切る琥珀。
陽琉「で、でも」
困惑した表情の陽琉。
琥珀「ああ、お前はここがどこかも把握していなかったのだったな。大して遠くはない。汽車に乗ればすぐだ」
陽琉「そ、そういうことじゃなくて……」
琥珀「先ほど人力車に乗れただろう。汽車にだって乗れるさ」
陽琉に笑いかける琥珀。
期待に満ちた眼差しで琥珀を見つめる陽琉。
陽琉「そうかな……」
琥珀「ああ」
静かに頷く琥珀。
陽琉「今日は、今日は帰らなくちゃいけないけど」
琥珀「帝都は逃げんよ」
ゆったりと目を伏せる琥珀。
陽琉、ぎゅっと胸元を握る。
陽琉「じゃあ、じゃあ今度、琥珀、一緒に帝都に行ってくれる?」
琥珀「勿論。お前が望むなら」
静かだがはっきりと言い切る琥珀。
キラキラの瞳で琥珀を見る陽琉。
陽琉「ほんとね! 約束!」
元気よく琥珀に小指を差し出す陽琉。
一瞬キョトンとした後、ふっと笑う琥珀。
琥珀「ああ。約束だとも」
琥珀、陽琉の小指に自分の小指を絡める。
〇束樹トンネル(夕)
琥珀と陽琉が並んで立っている。
陽琉、にっこり笑って片手を振る。
陽琉「じゃあまた。琥珀」
琥珀「ああ」
陽琉、ポケットからコンパクトを取り出す。
琥珀「陽琉」
名前を呼ばれて顔を上げる陽琉。
琥珀、じっと陽琉を見つめた後、静かに瞼を閉じる。
琥珀「いや、何でもない。呼び止めてすまなかった」
陽琉「いえ……」
不思議そうに首をかしげる陽琉。
琥珀「次はいつ来るんだ」
普段通りの雰囲気に戻っている琥珀。
なんとなくほっとする陽琉。
陽琉「分からないけど……近いうちに」
琥珀「そうか。いつでもおいで。待っている」
優しく微笑む琥珀。
陽琉の頬が薄赤く染まる。
くすぐったい感じがして目を逸らす陽琉。
陽琉「はい。ありがとう、琥珀」
陽琉、かみしめるように微笑み返す。
もう一度琥珀に手を振り、トンネルを進んでいく陽琉。
陽琉が見えなくなるまで、琥珀は陽琉の背中を見つめている。
〇束樹町・路地裏(夜)
ぼんやりと空を見上げている琥珀。
琥珀、何かに気づいて道に目を戻す。
いつの間にか琥珀の斜め向かいに立っている加賀美。
琥珀「お前は……」
加賀美、帽子を取ってお辞儀をする。
加賀美「いやいや。楽しそうで何よりですよ。琥珀さん」
琥珀「……何か用か」
加賀美「おや。何やら歓迎されていない様子ですね」
琥珀「どうかな」
加賀美「何も後ろめたく思う必要はないじゃないですか。愛は自由ですよ」
ふっと口元だけで笑う琥珀。
琥珀「上位者というのは、意地が悪いな」
にっこりと笑顔を浮かべる加賀美。
加賀美「陽琉さんに伝えて差し上げればよいのに。喜ぶでしょう」
琥珀「……本当に意地が悪いな」
笑みを崩さない加賀美。
遠くを見つめている琥珀。
琥珀「人間だからじゃない。陽琉が陽琉だから……そんなことを伝えてどうなる。俺は咎人だぞ」
大笑いする加賀美。
加賀美「ご冗談を。人ではないでしょう」
加賀美に視線を向ける琥珀。
琥珀「そうだな。そうだよ」
力なく笑う琥珀。
加賀美「まあ、なるようにしかならないのでね」
一貫して笑みを崩さない加賀美。
うなだれている琥珀。
加賀美「うーん。なんにしても、長くは持たないかもしれませんねえ」
夜はどんどん更けていく。
呆然と川の流れを見ている陽琉。
陽琉を見つめる琥珀。
琥珀「陽琉、本当に大丈夫か」
陽琉「うん……大丈夫、です」
曖昧に微笑む陽琉。
陽琉、俯く。
陽琉の顔にかかった髪を払おうと手を伸ばす琥珀。
顔を上げた陽琉、目の前に現れた手に驚いて反射的にのけぞる。
陽琉「あ」
少しだけ目を見開いた後、優しく微笑む琥珀。
琥珀「すまない。怖がらせたな」
陽琉「っ……」
申し訳なさと切なさで胸が締め付けられる陽琉。
陽琉「怖くないよ。怖くないもん。ごめん琥珀」
必死に言葉を重ねる陽琉。
おかしそうに目を細める琥珀。
琥珀「何も謝ることなどないだろう。ふふ。そうか、怖くないのか」
笑っている琥珀。
陽琉「そうです。全然怖くないです。っていうかちょっと笑いすぎ……」
言ってから、少しだけほっとする陽琉。
琥珀「本当に陽琉は面白い。飽きさせないな」
陽琉「ちょっと馬鹿にしてる……」
むくれる陽琉。
また大笑いする琥珀。
ひとしきり笑ってから陽琉を見る琥珀。
琥珀「先ほどはミルクホールに行ったが」
キョトンとする陽琉。
琥珀「他にやってみたいことはないのか?」
考えるそぶりをする陽琉。
陽琉「……人力車に乗ってみたいかなあ」
琥珀「人力車か……俺の背に乗る方が断然速いんだがな」
陽琉「琥珀?」
琥珀「いやこちらの話だ。行こう、陽琉」
立ち上がる琥珀。
陽琉「行くって……」
琥珀「乗りたいなら乗ればいい。ミルクホールだって入れただろう」
目を輝かせる陽琉。
陽琉「ありがとう! 琥珀!」
元気よく立ち上がり、琥珀の手を取る陽琉。
優しく微笑み、陽琉の手を握り返す陽琉。
〇束樹町・とめられた人力車の前(昼)
車夫に声をかける陽琉。
陽琉「こんにちは」
車夫「はい。ご利用ですか?」
陽琉「は、はい。えっと……」
琥珀「束樹会館まで」
淡々と助け船を出す琥珀。
陽琉「た、束樹会館まで!」
車夫「かしこまりました! どうぞ!」
車夫に導かれ、人力車に乗り込む陽琉と琥珀。
〇人力車の上(昼)
車夫にひかれ、走っていく人力車。
夢中で景色を眺めている陽琉。
陽琉「綺麗……! 琥珀、綺麗です!」
キラキラの目で琥珀を見る陽琉。
ふっと笑う琥珀。
琥珀「良かったな」
満面の笑みを返す陽琉。
〇束樹会館の前(昼)
華やかな洋館。
走り去っていく人力車。
人力車から降りたばかりで手を繋いでいない陽琉と琥珀。
まだ興奮している様子の陽琉。
陽琉「本当に少し離れただけですごく都会的になりますね!」
琥珀「そうだな」
きょろきょろする陽琉を柔らかく見つめた後、道に視線を移す琥珀。
道を隔てた向こうに加賀美が立っている。
琥珀「!」
はっと目をこらす琥珀。
加賀美の姿はもうどこにもない。
琥珀「気のせい……いや」
口元に片手を持ってくる琥珀。
琥珀「陽琉、今」
隣へ顔を向ける琥珀。
陽琉がいない。
息を飲む琥珀。
琥珀、青ざめて周囲を確認する。
琥珀「……陽琉。陽琉!」
陽琉の声「はい!」
会館の角から顔を出す陽琉。
額に汗を浮かべ、呆然と陽琉を見る琥珀。
にこにこしている陽琉。
陽琉「今猫がいたんですよ! 黒猫!」
ぱたぱたと琥珀のそばに戻ってくる陽琉。
琥珀「……陽琉」
陽琉「はい」
微笑んで答える陽琉。
唾を飲み込み、大きく息をつく琥珀。
陽琉「琥珀?」
琥珀(俺はいつの間に……今の今まで気が付かなかったとは)
目を伏せ、口元だけで笑みを作る琥珀。
琥珀「焼きが回ったかな、俺も」
陽琉「やき?」
言葉を繰り返して、首をかしげる陽琉。
何も言わず微笑む琥珀。
琥珀「何でもないさ。じきに暗くなる。そうなればお前は戻らねばならんだろう」
陽琉「そうですね……でももうちょっとこの辺を見ていきましょう!」
優しく頷く琥珀。
琥珀「承知した。お前の望むままに」
陽琉「わーい」
元気よく返事をする陽琉。
×××
陽琉と琥珀、並んで歩いている。
思い出したように呟く陽琉。
陽琉「帝都もこんな感じなのかなあ」
琥珀「帝都?」
陽琉をのぞき込む琥珀。
琥珀「帝都が気になるのか?」
陽琉「そりゃあ……色んな作品に出てくるし……」
照れくさそうに続ける陽琉。
宙を見上げる琥珀。
琥珀「まあ……華やかではあるな」
陽琉「琥珀行ったことあるの?! 帝都!」
琥珀「ああ。あるが」
目を輝かせる陽琉。
陽琉「すごい! どんなところなんですか? いいなあ!」
琥珀「どんな、と言われてもな。華やかではある」
陽琉「それはさっき聞きました!」
困った顔で考え込む琥珀。
琥珀の顔をのぞき込む陽琉。
陽琉「というか、どうして帝都に行ったんですか? 何か用事でも?」
琥珀「ああ。少し前に博覧会があってな。見に行った」
陽琉「東京大正博覧会!」
琥珀「そうだったかな」
思い返すように空の方を見上げる琥珀。
陽琉「琥珀大正博覧会行ったんですね! すごい!」
琥珀「俺が行ったこと自体は別段すごくないと思うが」
冷静な琥珀と大興奮の陽琉。
陽琉「どうでした? 大正博覧会」
琥珀「どう、と言われても。お前は先ほどから漠然とした物言いをするな……」
困った表情の琥珀。
陽琉「だって、すごく……すごく豪華だったって!」
琥珀「ああ。それはそうだな。豪華だったよ。名品、銘菓が集まっていて……娯楽も沢山あった」
陽琉「わあ……」
陽琉、うっとりと目を細める。
陽琉「いいなあ……」
琥珀、一瞬どこか寂しそうに微笑んだあと、優しい眼差しで陽琉を見る。
琥珀「行きたいなら行けばいいだろう」
陽琉「へ?」
琥珀「博覧会は会期があるが。帝都に期限はない、行けばそこにある」
きっぱりと言い切る琥珀。
陽琉「で、でも」
困惑した表情の陽琉。
琥珀「ああ、お前はここがどこかも把握していなかったのだったな。大して遠くはない。汽車に乗ればすぐだ」
陽琉「そ、そういうことじゃなくて……」
琥珀「先ほど人力車に乗れただろう。汽車にだって乗れるさ」
陽琉に笑いかける琥珀。
期待に満ちた眼差しで琥珀を見つめる陽琉。
陽琉「そうかな……」
琥珀「ああ」
静かに頷く琥珀。
陽琉「今日は、今日は帰らなくちゃいけないけど」
琥珀「帝都は逃げんよ」
ゆったりと目を伏せる琥珀。
陽琉、ぎゅっと胸元を握る。
陽琉「じゃあ、じゃあ今度、琥珀、一緒に帝都に行ってくれる?」
琥珀「勿論。お前が望むなら」
静かだがはっきりと言い切る琥珀。
キラキラの瞳で琥珀を見る陽琉。
陽琉「ほんとね! 約束!」
元気よく琥珀に小指を差し出す陽琉。
一瞬キョトンとした後、ふっと笑う琥珀。
琥珀「ああ。約束だとも」
琥珀、陽琉の小指に自分の小指を絡める。
〇束樹トンネル(夕)
琥珀と陽琉が並んで立っている。
陽琉、にっこり笑って片手を振る。
陽琉「じゃあまた。琥珀」
琥珀「ああ」
陽琉、ポケットからコンパクトを取り出す。
琥珀「陽琉」
名前を呼ばれて顔を上げる陽琉。
琥珀、じっと陽琉を見つめた後、静かに瞼を閉じる。
琥珀「いや、何でもない。呼び止めてすまなかった」
陽琉「いえ……」
不思議そうに首をかしげる陽琉。
琥珀「次はいつ来るんだ」
普段通りの雰囲気に戻っている琥珀。
なんとなくほっとする陽琉。
陽琉「分からないけど……近いうちに」
琥珀「そうか。いつでもおいで。待っている」
優しく微笑む琥珀。
陽琉の頬が薄赤く染まる。
くすぐったい感じがして目を逸らす陽琉。
陽琉「はい。ありがとう、琥珀」
陽琉、かみしめるように微笑み返す。
もう一度琥珀に手を振り、トンネルを進んでいく陽琉。
陽琉が見えなくなるまで、琥珀は陽琉の背中を見つめている。
〇束樹町・路地裏(夜)
ぼんやりと空を見上げている琥珀。
琥珀、何かに気づいて道に目を戻す。
いつの間にか琥珀の斜め向かいに立っている加賀美。
琥珀「お前は……」
加賀美、帽子を取ってお辞儀をする。
加賀美「いやいや。楽しそうで何よりですよ。琥珀さん」
琥珀「……何か用か」
加賀美「おや。何やら歓迎されていない様子ですね」
琥珀「どうかな」
加賀美「何も後ろめたく思う必要はないじゃないですか。愛は自由ですよ」
ふっと口元だけで笑う琥珀。
琥珀「上位者というのは、意地が悪いな」
にっこりと笑顔を浮かべる加賀美。
加賀美「陽琉さんに伝えて差し上げればよいのに。喜ぶでしょう」
琥珀「……本当に意地が悪いな」
笑みを崩さない加賀美。
遠くを見つめている琥珀。
琥珀「人間だからじゃない。陽琉が陽琉だから……そんなことを伝えてどうなる。俺は咎人だぞ」
大笑いする加賀美。
加賀美「ご冗談を。人ではないでしょう」
加賀美に視線を向ける琥珀。
琥珀「そうだな。そうだよ」
力なく笑う琥珀。
加賀美「まあ、なるようにしかならないのでね」
一貫して笑みを崩さない加賀美。
うなだれている琥珀。
加賀美「うーん。なんにしても、長くは持たないかもしれませんねえ」
夜はどんどん更けていく。
