〇束樹町・道(朝)
   快晴で、朝日があたたかい。
   にぎやかな往来で、息を飲んでいる陽琉。
陽琉「人間と……関われない?」
琥珀「ああ」
   陽琉、きょろきょろと目を泳がせる。
陽琉「でも、私みたいに透けてないし……」
琥珀「そうだなあ。俺はこの時間の者ではあるからな」
陽琉「?」
   ふっと笑う琥珀。
   琥珀、反対から来た男性をよけずにぶつかってみせる。
   男性、不思議そうに立ち止まって周囲を確認する。
   目の前の琥珀は見えていない。
陽琉「これは……」
琥珀「まあ、そういうことだ」
   遠くを見つめる琥珀。
琥珀「俺は人間とは関われない」
   なぜか胸が締め付けられ、目を逸らす陽琉。
   陽琉、思い出したように琥珀のほうを向く。
陽琉「でも、私は人間です」
   陽琉に視線を向ける琥珀。
琥珀「そう。驚いたな。すぐに確かめたがお前以外の人間に変わった様子はなかった……」
   すっと陽琉に指をさす琥珀。
琥珀「お前だ。お前だけなんだよ」
   陽琉、琥珀の指を呆然と見つめる。
陽琉「え、っと……」
   ふっと笑う琥珀。
琥珀「そんな顔をするなよ。とって食ったりはしないさ」
陽琉「食……!?」
   びくびくとおびえる陽琉。
   声を上げて笑う琥珀。
琥珀「面白いな、お前は」
   大笑いする琥珀をどぎまぎしながら見つめる陽琉。
   陽琉のポケットから電子音がする。
   ポケットからスマホを取り出して確認する陽琉。
陽琉(一回帰らないとかな……)
   陽琉、スマホから琥珀に視線を戻す。
陽琉「あの、私……」
琥珀「戻るのか」
   琥珀と陽琉の視線が交わる。
   少しだけ目を伏せる琥珀。
   琥珀の顔にまつ毛の影が落ちる。
   その表情にまた胸を締め付けられ、ぎゅっと両手を握りしめる陽琉。
陽琉「ま、また来ます! 私……」
   陽琉、勢いよく告げる。
   一瞬目を丸くした後、力を抜いて微笑む琥珀。
琥珀「ああ。待っている。すぐに見つけるとも」
   琥珀の雰囲気が和らいだことに安堵する陽琉。
陽琉「じゃ、じゃあ、また」
   控えめに片手を上げる陽琉。
琥珀「ああまた。陽琉」
   ゆっくりと片手をあげて答える琥珀。
   陽琉、小さく一礼し、トンネルへ駆けていく。

〇革多トンネル(朝)
   そっとコンパクトを閉じる陽琉。
   束樹町の風景は消え、土砂の行き止まりが現れる。
   行き止まりを見つめる陽琉。
陽琉(この向こうには今も、琥珀さんがいる)
   陽琉、目を伏せた琥珀を思い出す。
陽琉(今も、一人で)
   コンパクトを握りしめる陽琉。
   ぶんぶんと顔を横に振る陽琉。
陽琉「とりあえず帰らなきゃ!」
   わざと明るく口に出す。
   振り向き、革多町の方へ駆けていく陽琉。

〇革多町・ファストフード店(昼)
   陽気な雰囲気をまとった友人たちと軽食を取っている陽琉。
友人A「陽琉、どっか出かけてた?」
陽琉「え?」
友人B「うん。いつもはすぐ出てくるのに……」
陽琉「あー、いや。ちょっと寝ぼけてた……みたいな」
友人A「なにそれ」
   笑う友人たち。
   陽琉も笑うが、少しだけぎこちない。
友人B「そういえばもうすぐ小テストあるじゃん」
   眉根を寄せる友人B。
友人A「大丈夫でしょ」
   陽琉と友人B、友人Aを見る。
友人A「陽琉のノート綺麗だもん」
   少しだけ息を飲む陽琉。
友人A「ね、陽琉」
   陽琉、笑顔をつくる。
陽琉「まあ、そんなでもないけど」
   笑いあう3人。
   陽琉、ポケットの中でコンパクトを握りしめる。

〇革多町・道(昼)
   一人とぼとぼと歩いている陽琉。
陽琉「私ってなんか色々気にしすぎてる気がする……」
   陽琉のつぶやきに気づくものはいない。
   溜息をつく陽琉。
陽琉「疲れた……」
   おもむろに立ち止まる陽琉。
陽琉「昨日の今日どころかさっきの今だけど……いいか」
   陽琉、ポケットの中のコンパクトを撫でる。
   方向転換する陽琉。

〇革多トンネル(夕)
   いつ行っても寂しそうな雰囲気のトンネル。
   コンパクトを開く陽琉、大正の束樹町へ歩き出す。

〇束樹町・道(夕)
   夕日の影が人々に落ちている。
   ゆっくりと道を歩いていく陽琉。
   きょろきょろとあたりを見回すが、琥珀の姿はない。
陽琉(いない……)
   陽琉、立ち止まって自分の靴を見つめる。
陽琉「……待ってるって言ってたのに」
琥珀の声「ああ、言ったとも」
   パッと顔を上げる陽琉。
   陽琉の目の前に立っている琥珀。
琥珀「嘘は言わない」
陽琉「琥珀さん……!」
   目を輝かせる陽琉。
琥珀「琥珀で構わない。陽琉」
陽琉「あ……はい。琥、珀」
   照れくささから消えそうな声になる陽琉。
琥珀「ああ、なんだ」
陽琉「えっと……呼んだだけ、です」
   陽琉、へらへらと微笑む。
   まぶしそうに目を細める琥珀。
琥珀「日に何度も来るなら、ずっといればいいものを」
陽琉「そうもいかないときもあって……」
琥珀「どうもそうらしい」
   ふっと口元を緩めて目を伏せる琥珀。
   きょとんとする陽琉。
琥珀「人間はいつもせわしない」
   琥珀、顔を上げて往来の人々を見つめる。
琥珀「……いつもそうだ」
   愛おしそうに人々を眺めている琥珀。
   陽琉、琥珀の目線の先を見た後、琥珀の顔に視線を移す。
陽琉(なんて優しい目なんだろう……)
   ときめきや切なさで胸を締め付けられ、唇を噛みしめる陽琉。
琥珀「いつまでいるんだ」
   陽琉の方を向く琥珀。
   琥珀と陽琉、並んで道を歩き出す。
陽琉「えっと、暗くなる前には戻ります」
琥珀「本当にせわしないな」
   くつくつと笑う琥珀。
   つられて笑みを浮かべる陽琉。
   陽琉、思い出したように口を開く。
陽琉「そういえば私、なんとなくここは大正のどこかなんだろうなとは思ってるんですけど……琥珀はちゃんと知ってるんですか?」
   人力車が琥珀たちの横を通り過ぎていく。
琥珀「当たり前だろう。自分の生きる場所だぞ」
陽琉「そうなんだ……なんか一線を引いてる感じだったから……。ここはいつのどこなんですか?」
   おかしそうに吹き出す琥珀。
琥珀「今は大正7年。ここは束樹町」
陽琉「大正7年! だと……シベリア出兵、だっけ?」
琥珀「ああ。夏に宣言があったかな」
陽琉「わあ……」
   飲み込み切れず、ぼんやり声を上げる陽琉。
陽琉「琥珀、年号とかちゃんとわかるんですね。ちょっと意外というか……」
琥珀「その方がいいだろう」
陽琉「良い……良いといえば良いかも……?」
   首をかしげる陽琉。
陽琉「琥珀は、いつから束樹町にいるんですか?」
琥珀「……さて。いつからだったかな」
   どこか遠くに目をやる琥珀。
琥珀「お前はどうなんだ」
陽琉「え?」
琥珀「この時間に来るのも、慣れている様子だったが」
陽琉「ああ……」
   一瞬ポケットを見た後、宙を見つめる陽琉。
陽琉「小学生だったから……初めてここに来たのは五年前……くらいです」
琥珀「五年」
   口元に片手を持ってくる琥珀。
琥珀(あの男との接触がなければ、この先も気付かずにいた、と)
   琥珀をのぞき込む陽琉。
陽琉「琥珀?」
琥珀「何でもない」
   柔らかく微笑む琥珀。
   微笑み返す陽琉。
陽琉「琥珀は……この町のどこが好きですか?」
琥珀「どこ……さて。どこだろう」
陽琉「琥珀、さっきからなんかはぐらかしてる感じ」
琥珀「そんなことはないさ。お前の質問が曖昧なんだ」
陽琉「えっ……そうかな……」
   くすくす笑う琥珀。
琥珀「お前は」
陽琉「へ?」
琥珀「この町のどこが好きだ」
   ポカンとした後、考え込む陽琉。
陽琉「全部好きです」
   目を丸くする琥珀。
   琥珀、思い切り大笑いする。
琥珀「なるほど。素晴らしい答えだな」
陽琉「そ、そんなに笑わなくても……」
   まだ笑っている琥珀。
   少しむっとしている陽琉。
   日が暮れ始め、街並みに影がかかっていく。
   強い風が吹く。
   自分の肩をさする陽琉。
琥珀「陽琉」
   顔を上げる陽琉。
   琥珀、自分の外套の中に陽琉を入れる。
陽琉「あ」
琥珀「寒いだろう。無理はするな」
陽琉「あ、の、ありがとうございます」
   赤くなって俯く陽琉。
陽琉(なんで……めちゃくちゃに心臓が鳴ってる……)
   着物の女性と肩が当たる。
着物の女性「ごめんなさいね」
陽琉「いえ……」
   ぺこりと頭を下げる陽琉。
   一拍置いて、バッと顔を上げる陽琉。
陽琉「え!? あれ!? 触れ……あれ!?」
   陽琉、目をぱちぱちさせている。