〇過去・束樹村(夜)
雨が降っている。
全壊し、集落だったものの残骸が無残に残っている。
灰で汚れた着物で茫然と立ち尽くしている琥珀。
琥珀、虚ろな瞳でよろよろと歩いていく。
琥珀以外、誰もいない。
〇現在・革多中学校・全景(朝)
門に市立革多中学校の看板
白壁の校舎は少しすすけている。
〇同・教室(朝)
生徒たちが思い思いに談笑している。
窓際後方の自分の席で本を読んでいる都並陽琉(14)。
竹久夢二の絵が表紙になった文庫本。
陽気な雰囲気の友人Aが陽琉の肩をたたく。
友人A「おはよう」
顔を上げる陽琉。
陽琉「おはよう」
本をのぞき込む友人A。
友人A「何読んでんの?」
陽琉「えっと。家にあって」
友人A「暗っ」
一瞬息を飲むが、顔に出さない陽琉。
陽琉「そうかも。そういうとこあるんだよね」
友人A「そうなんだ」
陽琉「うん」
笑いあう陽琉と友人A。
陽琉、スカートの中で何かをぎゅっと握りしめる。
〇道(夕)
ぼんやり歩いている陽琉。
ふと立ち止まり、ポケットから星の意匠のついた小さなコンパクトを取り出す。
陽琉(私には、これがある)
〇回想・道(夕)
とぼとぼと歩いている小学生の陽琉。
道の端で子犬が鳴いている。
その脇で縮こまっているスーツにシルクハットの加賀美。
加賀美「ひえー。やめて……来ないでください……」
加賀美にじゃれつく子犬。
加賀美「ひええー」
ぽかんとしつつその様子を見つめる陽琉。
陽琉、子犬に近づいていく。
陽琉「怖がってるよ。やめなよ」
ちらりと陽琉を見る加賀美。
子犬、首を傾げると去っていく。
犬がいなくなった途端に元気よく体を伸ばす加賀美。
シルクハットを脱いで腰を折る。
細身かつ長身で陽琉との差が大きい。
加賀美「ああー。助かりましたね! ありがとうございます」
陽琉「いえ」
陽琉、ぺこりとお辞儀をして踵を返そうとする。
加賀美「待ってください陽琉さん。お礼がまだですよ」
陽琉「お礼なんて……えっ、名前、なんで……」
たじろぐ陽琉。
加賀美「そうですねえ。これなんかいいんじゃないでしょうか。ねっ」
加賀美、何かを懐から取り出す。
陽琉「えっ、知らない人からものをもらっちゃいけないから……」
加賀美「はは。それは人の話。わたくしは人ではありませんから。問題ない」
陽琉「は?」
陽琉の手、勝手に前に出る。
陽琉「な、なんで」
困惑と恐怖に顔をこわばらせる陽琉。
加賀美「まあ、大したものではありませんから。軽い気持ちで受け取ってくれれば、ねっ」
にこにこ笑う加賀美。
陽琉の手に加賀美の手が重なる。
加賀美「では、わたくしはこれにて」
強い風が吹き、思わず目を伏せる陽琉。
陽琉、目を開ける。
陽琉「え、あ、あれ?」
目の前には誰もいない。
反射的に差し出された手を見る陽琉。
手のひらには小さなコンパクトがのっている。
回想終わり
〇道(夕)
コンパクトを見つめている中学生の陽琉。
陽琉(今でもよくわからないけど……)
陽琉、コンパクトを開く。
陽琉(でもこれはたしかにここにある)
小さな鏡に陽琉の顔が映っている。
かすかに鏡面がきらきらと光っている。
コンパクトを閉じ、歩き出す陽琉。
〇革多トンネル(夕)
「革多トンネル」と書かれた看板に苔が生えている。
薄暗いトンネルの前に立っている陽琉。
踏みしめるようにトンネルへと歩を進める。
しばらく歩くと土砂で埋められた行き止まりが見えてくる。
そっと立ち止まる陽琉。
陽琉「初めて『通れた』ときは本当にびっくりしたな……」
陽琉、コンパクトを開く。
コンパクトを行き止まりに向ける陽琉。
なぜか強い光を反射したように光っている鏡。
行き止まりのはずが、トンネルの向こうに大正期の街並みが広がっている。
微笑む陽琉。
少しだけ駆け足でトンネルの向こうの街へ向かっていく。
〇束樹町・道(夕)
大正7年頃。
ガス灯が立っている。
着物やレトロな洋装の人々が行き交い、にぎわっている。
透けている陽琉。
ブレザーの陽琉は雰囲気が浮いているが、周囲が気にする様子はない。
陽琉(幻でも、嘘でもいい。ここにいられるだけで!)
〇フラッシュ
目を丸くして大正の街にたたずんでいる小学生の陽琉。
ゆっくり瞬きする現在の陽琉。
ミルクホールやカフェでは学生や若者が談笑している。
高らかに政治演説をしている男性や、同級生と並んで歩く袴姿の女学生など様々。
体が触れても、触れていないように大正の人々をすり抜けていく陽琉。
陽琉(触れない、多分向こうからは見えてもいない……でも構わない。ここにいられるだけで、心が楽になる!)
陽琉、スキップをする。
陽琉「夢二が生きた時代……なんて素敵なんだろう……」
大きく息を吸い込む陽琉。
陽琉(私も生きていていいんだ、ここで。息をしていいんだ)
陽琉、くるくる回る。
陽琉(なんてね)
陽琉の向かいから洋装のおしゃれな男(琥珀)が歩いてくる。
よけずに歩いていこうとする陽琉。
陽琉、琥珀にぶつかって体勢を崩す。
琥珀、後ろに倒れそうになった陽琉の腕をつかむ。
陽琉「は?」
ポカンと顔を上げる陽琉。
陽琉(不思議な色の瞳……なんだか目が離せない、ような……)
目をしばたたかせている琥珀。
琥珀「お前は……」
琥珀、確かに陽琉を見て、腕をつかんでいる。
陽琉、はっとして反射的に手を振りほどき、逃げ出す。
琥珀「おい」
背中に琥珀の声を聴きながら、全速力で走り去る陽琉。
〇革多トンネル・中(夕)
閉じたコンパクトを手に息を切らせている陽琉。
ゆっくりと振り向く。
大正の町並みは見えず、土砂で埋まった行き止まりがあるだけ。
陽琉「にげ、ちゃった……」
陽琉、手に握ったコンパクトを見る。
陽琉「どうして……あの人は……」
ごくりと唾をのむ。
陽琉(なんで私は逃げたんだろう)
陽琉の顔をぼんやり移しているコンパクト。
陽琉(腕を掴まれた瞬間、急に心臓が跳ねる感じがして……)
目をつむり、顔を横に振る陽琉。
陽琉「多分気のせい……だって、誰にも触れられたことなんてないもん」
自分に言い聞かせるように明るい声を出す。
陽琉「走って戻ってきちゃった。また明日ゆっくり散策しようかな」
微笑む陽琉。どこか笑顔がぎこちない。
〇束樹町・道(夕)
茫然と立ち尽くしている琥珀。
琥珀の脇を人々が通り過ぎていく。
日が暮れ、暗くなり始める街並み。
琥珀の瞳は暗闇に淡く光っている。
琥珀「はてさて……」
ふっと薄く笑う琥珀。
琥珀、目を丸くした陽琉を思い返す。
琥珀「お前は一体何者なんだ?」
浸るように目を伏せる琥珀。
〇革多町・道(夕)
落ち着かない様子で歩いている陽琉。
照葉の声「陽琉!」
陽琉、声のほうを向く。
陽琉「お母さん」
速足で陽琉に近寄る、おっとりした雰囲気の陽琉の母照葉。
照葉「おかえり陽琉。ちょっと遅くない?」
陽琉「えっと……学校で宿題してた」
照葉「そう。暗くならないうちにね?」
陽琉「うん」
頷く陽琉、まだどこか緊張が抜けきらない雰囲気。
〇都並家・リビング(夜)
眼鏡で固い雰囲気の陽琉の父正輝、照葉、陽琉の家族三人でテーブルについている。
夕飯のハンバーグを口に運ぶ陽琉。
照葉「陽琉、残って勉強してたんだって」
正輝「へえ」
陽琉、ハンバーグを飲み込んで両親の顔を見る。
正輝「頑張ってるのか」
陽琉「そんなでもないよ」
少しだけ顔を伏せる陽琉。
陽琉(いつもは鬱陶しいこともあるけど、今日はなんだかほっとする……)
両親に見えないように小さく微笑む。
〇同・陽琉の部屋(夜)
ファンシーなものとレトロな小物が入り混じった空間。
部屋着でベッドに寝転んでいる陽琉。
ぱらぱらと竹久夢二の画集を開く。
おもむろに立ち上がり、勉強机の上を見る。
机の上には星の意匠のコンパクト。
ふっと優しく笑う陽琉。
陽琉「何も問題ない、きっと。明日はいつも通りだよ」
軽くコンパクトを撫で、手に取る。
顔の前でコンパクトを開く陽琉。
鏡には琥珀が映っている。
陽琉「はっ!?」
驚いてコンパクトを取り落とし、慌てて両手で受け止める。
コンパクトを落とさなかったことに息をつく陽琉。
ごくりと唾を飲む。
陽琉「気のせい……? 今のも……」
目を伏せたあと、勢いよくコンパクトを開く。
やはり鏡に映っている琥珀。
陽琉「気のせいじゃ、ない……」
思い違いであってほしいという気持ちを打ち砕かれた混乱の表情の陽琉。
鏡の中の琥珀「また会ったな」
陽琉「ひえっ」
陽琉、反射的にコンパクトを裏返す。
陽琉(……この人の声を聞いた瞬間、背中が熱くなった……どう、して)
ばくばくと音を立てている陽琉の心臓。
裏返したコンパクトから声がする。
鏡の中の琥珀「……お前が望まなくとも、俺とお前はまた出会う。必ず」
紅潮した陽琉の頬を汗がつたう。
陽琉(何が、起きているのか……)
机の前に正座し、裏返しのコンパクトを見つめている陽琉。
雨が降っている。
全壊し、集落だったものの残骸が無残に残っている。
灰で汚れた着物で茫然と立ち尽くしている琥珀。
琥珀、虚ろな瞳でよろよろと歩いていく。
琥珀以外、誰もいない。
〇現在・革多中学校・全景(朝)
門に市立革多中学校の看板
白壁の校舎は少しすすけている。
〇同・教室(朝)
生徒たちが思い思いに談笑している。
窓際後方の自分の席で本を読んでいる都並陽琉(14)。
竹久夢二の絵が表紙になった文庫本。
陽気な雰囲気の友人Aが陽琉の肩をたたく。
友人A「おはよう」
顔を上げる陽琉。
陽琉「おはよう」
本をのぞき込む友人A。
友人A「何読んでんの?」
陽琉「えっと。家にあって」
友人A「暗っ」
一瞬息を飲むが、顔に出さない陽琉。
陽琉「そうかも。そういうとこあるんだよね」
友人A「そうなんだ」
陽琉「うん」
笑いあう陽琉と友人A。
陽琉、スカートの中で何かをぎゅっと握りしめる。
〇道(夕)
ぼんやり歩いている陽琉。
ふと立ち止まり、ポケットから星の意匠のついた小さなコンパクトを取り出す。
陽琉(私には、これがある)
〇回想・道(夕)
とぼとぼと歩いている小学生の陽琉。
道の端で子犬が鳴いている。
その脇で縮こまっているスーツにシルクハットの加賀美。
加賀美「ひえー。やめて……来ないでください……」
加賀美にじゃれつく子犬。
加賀美「ひええー」
ぽかんとしつつその様子を見つめる陽琉。
陽琉、子犬に近づいていく。
陽琉「怖がってるよ。やめなよ」
ちらりと陽琉を見る加賀美。
子犬、首を傾げると去っていく。
犬がいなくなった途端に元気よく体を伸ばす加賀美。
シルクハットを脱いで腰を折る。
細身かつ長身で陽琉との差が大きい。
加賀美「ああー。助かりましたね! ありがとうございます」
陽琉「いえ」
陽琉、ぺこりとお辞儀をして踵を返そうとする。
加賀美「待ってください陽琉さん。お礼がまだですよ」
陽琉「お礼なんて……えっ、名前、なんで……」
たじろぐ陽琉。
加賀美「そうですねえ。これなんかいいんじゃないでしょうか。ねっ」
加賀美、何かを懐から取り出す。
陽琉「えっ、知らない人からものをもらっちゃいけないから……」
加賀美「はは。それは人の話。わたくしは人ではありませんから。問題ない」
陽琉「は?」
陽琉の手、勝手に前に出る。
陽琉「な、なんで」
困惑と恐怖に顔をこわばらせる陽琉。
加賀美「まあ、大したものではありませんから。軽い気持ちで受け取ってくれれば、ねっ」
にこにこ笑う加賀美。
陽琉の手に加賀美の手が重なる。
加賀美「では、わたくしはこれにて」
強い風が吹き、思わず目を伏せる陽琉。
陽琉、目を開ける。
陽琉「え、あ、あれ?」
目の前には誰もいない。
反射的に差し出された手を見る陽琉。
手のひらには小さなコンパクトがのっている。
回想終わり
〇道(夕)
コンパクトを見つめている中学生の陽琉。
陽琉(今でもよくわからないけど……)
陽琉、コンパクトを開く。
陽琉(でもこれはたしかにここにある)
小さな鏡に陽琉の顔が映っている。
かすかに鏡面がきらきらと光っている。
コンパクトを閉じ、歩き出す陽琉。
〇革多トンネル(夕)
「革多トンネル」と書かれた看板に苔が生えている。
薄暗いトンネルの前に立っている陽琉。
踏みしめるようにトンネルへと歩を進める。
しばらく歩くと土砂で埋められた行き止まりが見えてくる。
そっと立ち止まる陽琉。
陽琉「初めて『通れた』ときは本当にびっくりしたな……」
陽琉、コンパクトを開く。
コンパクトを行き止まりに向ける陽琉。
なぜか強い光を反射したように光っている鏡。
行き止まりのはずが、トンネルの向こうに大正期の街並みが広がっている。
微笑む陽琉。
少しだけ駆け足でトンネルの向こうの街へ向かっていく。
〇束樹町・道(夕)
大正7年頃。
ガス灯が立っている。
着物やレトロな洋装の人々が行き交い、にぎわっている。
透けている陽琉。
ブレザーの陽琉は雰囲気が浮いているが、周囲が気にする様子はない。
陽琉(幻でも、嘘でもいい。ここにいられるだけで!)
〇フラッシュ
目を丸くして大正の街にたたずんでいる小学生の陽琉。
ゆっくり瞬きする現在の陽琉。
ミルクホールやカフェでは学生や若者が談笑している。
高らかに政治演説をしている男性や、同級生と並んで歩く袴姿の女学生など様々。
体が触れても、触れていないように大正の人々をすり抜けていく陽琉。
陽琉(触れない、多分向こうからは見えてもいない……でも構わない。ここにいられるだけで、心が楽になる!)
陽琉、スキップをする。
陽琉「夢二が生きた時代……なんて素敵なんだろう……」
大きく息を吸い込む陽琉。
陽琉(私も生きていていいんだ、ここで。息をしていいんだ)
陽琉、くるくる回る。
陽琉(なんてね)
陽琉の向かいから洋装のおしゃれな男(琥珀)が歩いてくる。
よけずに歩いていこうとする陽琉。
陽琉、琥珀にぶつかって体勢を崩す。
琥珀、後ろに倒れそうになった陽琉の腕をつかむ。
陽琉「は?」
ポカンと顔を上げる陽琉。
陽琉(不思議な色の瞳……なんだか目が離せない、ような……)
目をしばたたかせている琥珀。
琥珀「お前は……」
琥珀、確かに陽琉を見て、腕をつかんでいる。
陽琉、はっとして反射的に手を振りほどき、逃げ出す。
琥珀「おい」
背中に琥珀の声を聴きながら、全速力で走り去る陽琉。
〇革多トンネル・中(夕)
閉じたコンパクトを手に息を切らせている陽琉。
ゆっくりと振り向く。
大正の町並みは見えず、土砂で埋まった行き止まりがあるだけ。
陽琉「にげ、ちゃった……」
陽琉、手に握ったコンパクトを見る。
陽琉「どうして……あの人は……」
ごくりと唾をのむ。
陽琉(なんで私は逃げたんだろう)
陽琉の顔をぼんやり移しているコンパクト。
陽琉(腕を掴まれた瞬間、急に心臓が跳ねる感じがして……)
目をつむり、顔を横に振る陽琉。
陽琉「多分気のせい……だって、誰にも触れられたことなんてないもん」
自分に言い聞かせるように明るい声を出す。
陽琉「走って戻ってきちゃった。また明日ゆっくり散策しようかな」
微笑む陽琉。どこか笑顔がぎこちない。
〇束樹町・道(夕)
茫然と立ち尽くしている琥珀。
琥珀の脇を人々が通り過ぎていく。
日が暮れ、暗くなり始める街並み。
琥珀の瞳は暗闇に淡く光っている。
琥珀「はてさて……」
ふっと薄く笑う琥珀。
琥珀、目を丸くした陽琉を思い返す。
琥珀「お前は一体何者なんだ?」
浸るように目を伏せる琥珀。
〇革多町・道(夕)
落ち着かない様子で歩いている陽琉。
照葉の声「陽琉!」
陽琉、声のほうを向く。
陽琉「お母さん」
速足で陽琉に近寄る、おっとりした雰囲気の陽琉の母照葉。
照葉「おかえり陽琉。ちょっと遅くない?」
陽琉「えっと……学校で宿題してた」
照葉「そう。暗くならないうちにね?」
陽琉「うん」
頷く陽琉、まだどこか緊張が抜けきらない雰囲気。
〇都並家・リビング(夜)
眼鏡で固い雰囲気の陽琉の父正輝、照葉、陽琉の家族三人でテーブルについている。
夕飯のハンバーグを口に運ぶ陽琉。
照葉「陽琉、残って勉強してたんだって」
正輝「へえ」
陽琉、ハンバーグを飲み込んで両親の顔を見る。
正輝「頑張ってるのか」
陽琉「そんなでもないよ」
少しだけ顔を伏せる陽琉。
陽琉(いつもは鬱陶しいこともあるけど、今日はなんだかほっとする……)
両親に見えないように小さく微笑む。
〇同・陽琉の部屋(夜)
ファンシーなものとレトロな小物が入り混じった空間。
部屋着でベッドに寝転んでいる陽琉。
ぱらぱらと竹久夢二の画集を開く。
おもむろに立ち上がり、勉強机の上を見る。
机の上には星の意匠のコンパクト。
ふっと優しく笑う陽琉。
陽琉「何も問題ない、きっと。明日はいつも通りだよ」
軽くコンパクトを撫で、手に取る。
顔の前でコンパクトを開く陽琉。
鏡には琥珀が映っている。
陽琉「はっ!?」
驚いてコンパクトを取り落とし、慌てて両手で受け止める。
コンパクトを落とさなかったことに息をつく陽琉。
ごくりと唾を飲む。
陽琉「気のせい……? 今のも……」
目を伏せたあと、勢いよくコンパクトを開く。
やはり鏡に映っている琥珀。
陽琉「気のせいじゃ、ない……」
思い違いであってほしいという気持ちを打ち砕かれた混乱の表情の陽琉。
鏡の中の琥珀「また会ったな」
陽琉「ひえっ」
陽琉、反射的にコンパクトを裏返す。
陽琉(……この人の声を聞いた瞬間、背中が熱くなった……どう、して)
ばくばくと音を立てている陽琉の心臓。
裏返したコンパクトから声がする。
鏡の中の琥珀「……お前が望まなくとも、俺とお前はまた出会う。必ず」
紅潮した陽琉の頬を汗がつたう。
陽琉(何が、起きているのか……)
机の前に正座し、裏返しのコンパクトを見つめている陽琉。
