この事件は、驚くほどあっけなく幕を下ろした。なりすましアカウントの件は、海虎くんたちが担任へ報告してくれた。先生がクラスで私が悪口を吐いていたことを否定すると、私に向けられていた刺すような視線は潮が引くように消えていった。
そして、元カレには厳正な処分が下ったようだ。停学が明け、何度か元カレと目が合うことがあったけれど、言葉を交わすことはなかった。ただ、私は彼自身がどこか小さいものかもしれないけれど、変わったように思えた。
「やっぱ、今日も雨だな」
「しょうがないよ、六月になって梅雨入りしたんだしさ」
六月のとある日の学校の帰り道。とある人と、昇降口前で些細な会話をしていた。雨粒が傘を叩くリズミカルな音を耳に受けながら、私たちは校門に立つ先生に小さく会釈して、学校を後にした。
あの事件から半月と少し。最近、グループの皆から「○○、どこか変わったね」と言われることが増えた。中学の頃のような、根っからの「陽」には戻れないかもしれない。けれど、少しずつ、心の中に光を取り戻せていると思う。
「でも、今日は僕でよかったのか?」
「私たち、同じグループなのにあんまり二人で話したことなかったでしょ? だから、今日は秀雪くんと話してみたかったんだ」
今日はこうして秀雪くんを誘ってみた。今日までほとんどがグループに入ることを誘ってくれた海虎くん、そして私のよき理解者の青リボンの子といることが多かった。でも、同じグループであるのにもかかわらず、関わりの少なかった人とも積極的に自分から声をかけるようになっていた。私は少しずつ季節が進む速度に負けないように、自分の道を進み始めたのだ。
「そうか、○○も変わったな」
信号が赤になり、私たちの足がピタリと止まる。すると、秀雪くんがそんなことをつぶやいた。グループの中で、今日まで唯一「変わった」と言われていないのが秀雪くんだった。ただ、傘のせいで、彼が今どんな顔をしているのかわからなかったのは少し悔しい。
「そうかもしれない。……ねえ、四人はどうやって集まったの?」
「そんな複雑なものじゃないよ。僕と海虎が隣の席だったから。女の子二人とは、高校の近くで迷子の子供の親を探すのをきっかけに」
「……いってみれば偶然?」
「そんなもんなんだよ」
信号が青に変わり、小さな水たまりを飛び越えるようにしながら信号を渡る。小さな水しぶきが靴下を濡らしたけれど、それすらもどこか心地よかった。
秀雪くんはこのグループはあくまで赤い糸で結ばれたような理想の形——なんて飾った言葉を使ったりせず、素直に成り立ちを教えてくれた。私を誘ってくれた経緯も踏まえると、容易に想像できてしまう。
「……海虎のこと、特別に思ってたりする?」
その特別が何を指しているのか、まだこれだけの関わりじゃ正確には読み取れない。でも、もしかしたら恋の話をしているんじゃないかと思い、どこか心臓がドクンと跳ねた。
「さあ、どうだろう。でも、私の居場所をくれた人。それだけは確かかな。逆に、秀雪くんは誰かが特別?」
海虎くんのこと、好きか、嫌いか。そう問われれば、間違いなく好きだ。けれど、この「好き」が恋だと胸を張って言える日は、まだまだ先になる気がする。今はただ、毎日を、大切な友人としての思い出を、一秒ずつ刻んでいきたい。
「さー、どうだろうな」
「とはいえ、誰かを特別に思う日が来るのが怖い気もする」
「確かに」
「でも、私は約束するよ。特別な人ができても、このグループから離れることはしないって」
「そんな大きな約束、して大丈夫か?」
「うん。……って、こんな話してたら駅、着いちゃったね。私は反対の方向だから、ここまでだね」
「あ、ちょっと待ってて」
いつの間にか駅に着いてしまった。秀雪くんといくつもの話をしたはずなのに、もうすでに雨に流されてしまったかのように鮮明に残っているものはない。でも、今日、秀雪くんともちゃんと向き合えたと、自己評価で満点をつけられる。
秀雪くんは私から少しの間離れたが、すぐに戻ってきた。
「わあっ」
不意に、温かい何かが頬に触れる。いつの間にか戻ってきていた秀雪くん。急に触れたその感触に思わず声を出してしまう。
「ほい、仲間の印。これ飲んで体冷やすなよ。……また明日」
手渡されたのは、缶のホットコーヒー。秀雪くんはそれを渡すと、改札の向こうへ消えていった。私もその後を追うように、改札口へ向かう。秀雪くんの電車の方が先に来たようで、私がホームへ向かう階段を下りている時にはもうすでに電車に乗り込んでいた。ただ、私に気づいたようで、小さく手を振る。私は両手でコーヒーを持ったまま、さよならの代わりにウインクをしてみせた。
一人、ホームに立ち尽くす。私の電車はまだ五分ほどかかるみたいだ。
そんな中、さっきもらったホットコーヒーの缶をカチッと開ける。甘く温かい蒸気が立ち上がる。一気に半分ほど飲んだ。雨で冷えた体に染み渡る。
反対側のホームには、制服姿の男女が手をつなぎながら電車を待っていた。私はそれを見て、いつか自分もなんてと想像してしまうけれど、そんな理想は心の隅だけに閉まっておく。
飲み終えた缶をゴミ箱へ捨てると、私はグループのSNSを開いた。
『今度、皆で遊びに行きませんか』
勇気を出して送信ボタンを押す。
そして、検索窓に言葉を打ち込んだ。
『コンタクト』と。
初めてのコンタクトだ。もう、私には眼鏡など必要ない。ありのままの姿で五人と向き合おう——そうとでも、思えたのだろう。きっと、上を向いて歩ける。



