五色に溶けた空の色



 朝のホームルームが終わるや否や、私たちは人気のない空き教室へと集まった。窓から差し込む光さえ届かないその場所で、仲間たちが私を守るように取り囲む。

「大丈夫だった、○○ちゃん? ごめんね」

「ごめん、流石にここまで広まると、なかなか火消しできなくて」

「ごめん、僕も力になれなくて」
 
 青リボンの子、ヘアピンの子、秀雪くんは順番に私に対し、自分のことのように胸を痛めて謝ってくる。とはいえ、三人に非などなにもない。むしろ、謝らないといけないのは私の方なのだ。青リボンの子は私に残っていた雨の雫をふき取りながら、子供をあやすように頭を優しくなでる。私は、そんな行為に羽毛布団に包まれたような安心感がある。

「海虎くん、どうしてそんなことやってないとクラスメートに言わなかったの? 全員が○○ちゃんがやったと思ってるわけじゃないんだし」

「それは、私が止めたの。海虎くんまで巻き込まれてほしくなかったから」

 ヘアピンの子も海虎くんと同じように考えていたらしいが、それをしなかった理由を私が説明をする。

「……で、犯人なんだけど、○○の元カレがかなり怪しいらしいと睨んでる。そこで作戦——」

 海虎くんは鋭い声で一番大事な話を始める。彼が提示した計画は、あまりにも鮮やかで、けれど一歩間違えれば空振りに終わる賭けのようなものだった。けど、もう迷いはない。それには、四人の協力が必要になるけれど、私だけが我慢するなんてもう言わない。

 まず秀雪くんが、偽の学校関係者であることを書いたアカウントを作り、なりすまされている私のアカウントをフォローした。そして、この続きは昼休みだ。その間はできるだけ私は教室の外にいることにし、仮にクラスメートがいる場所に行くときでも、グループの誰かが常に私の傍にいるようにしてくれた。

 私への批判が収まることはなかったけれど、言葉にならない不安が、胸の中に宿ることはなかった。
 
 昼休みに私たちは再び集まると、再度作戦の確認をした。

「無事に秀雪が作ったアカウントはなりすまされた○○にフォローされた。とりあえず第一段階はクリアだ。じゃあ、二人とも頼む」

「りょうかい!」

 海虎くんの指示を受け、掛け声が見事にハモった女の子二人は元カレの方に向かう。私と男の子二人は元カレにばれないところで、ただもし何かあったときのためにすぐ駆け付けられるところで隠れながら女の子二人を固唾を呑んで見守る。

「ねえ、もしかして北川(きたがわ)くん?」

「よかったら、ちょっと時間いいかな?」

「……あ、うん。そうだよ。あいつの——いや、なんでもない」

 女の子二人が、標的である元カレ──北川に接触する。元カレは最初こそ警戒を見せたが、彼女たちのリンゴのように甘い言葉に、みるみる鼻の下を伸ばしていった。まだ、自白を迫るようなことはしない。

「実は、体育の時、走ってる姿かっこいいなと思って、話してみたくて」

「へー、それは嬉しいな」

 その言葉に、分かりやすく表情を緩める元カレ。かつての私には光り輝いて見えた彼が、今は光沢を失い、錆びついた鉄パイプのように見える。

「そこでなんだけど、よかったらSNS交換してくれない?」

「私も、興味があって、もしよければ!」

「俺なんかでよければ全然交換するよ!」

 元カレは疑いもせずスマホを取り出す。青リボンの子が元カレに気づかれないように隠れている私たちに指の動きで指示を出す。

 元カレがもし、犯人なのであれば、今が勝負だ。

 秀雪くんもスマホを取り出し、とあるボタンを押す。

 それとは裏腹に女の子二人は表情を全く変えず、元カレとSNSを交換した。そして、「ありがとう」と言ってその場を立ち去る。

「クロだったよ」

 戻ってきた二人は、私たちにクロ、すなわち、元カレが犯人だったことを知らせた。それは、いわゆる勝利を示していた。

「ありがとう、お疲れ様」

「よくやってくれた」

 つまり作戦はこうだ。まず、偽のアカウントを作り、なりすまされた私のアカウントにフォローしてもらう。次に、女の子二人がSNSを交換することを口実に、元カレのスマホの画面を見られるようにした。そしてその時に、偽アカウントからなりすまされた私のアカウントに向かってDMを送る。この時、元カレに偽アカウントからの通知が来たら確実にクロということだ。

 もちろん、そもそもフォローをしてもらえなかったり、SNSを交換しようとしない。または、DMの通知を切っていれば仮に元カレが犯人だとしても、この作戦は成功しない。ただ、運良くもその心配は杞憂に終わった。

「じゃあ、今度は僕らの番だ。○○あともう少しの辛抱だ、待ってろ」

「この汚い戯言、さっさと終わらせましょうか」

 今度は男の子二人と交代だ。二人の勇敢な背中を見守りながら、私は何事もなく収束することを、ただただ願っていた。

「君、北川くんだっけ?」

 さっきの女子二人とは違い、秀雪くんは最初から強気な姿勢で元カレに声をかける。元カレは秀雪くんを透かしたような眼で睨む。

「あのさ、僕のクラスに○○っていう人がいるんだけど、その人のどうやらなりすましアカウントができて、クラスメートの悪口を言ってるようなんだよ。それをさ、クラスの皆は信じちゃって、彼女の居場所が危ういんだ」

「……だからなんだ? 君たちは○○とよく一緒にいる人たちか? 聞いてるのか知らないけど、僕はもうあいつの彼氏じゃない。悪いが手伝えない」

「いや、それやったの君じゃないかと思いましてね」

「……なわけない。そんなこと俺はそんなことしないし、疑うのはよしてほしいな」

 やはり、元カレは海虎くんが突き付けた犯人説を真っ向から否定した。たぶん、海虎くんたちも素直に認めればある程度は穏便に進めるつもりだったのだろう。しかし、元カレの言葉によりギアが一段上がったかのように、トーンを上げた。

「悪いがさっき見えたんだよ。こっちで作った偽アカウントから、なりすまし○○のアカウントに送ったDMの通知がよ」
 
「待って。……いや、そもそもさっきお前らいなかっただろ!」

 さっきまでは証拠もなしという姿勢で動じなかった元カレも「見えた」という言葉に明らかに動揺しており、足を小刻みに動かし始め、仕舞には苛立ちを隠すように机の脚を蹴り上げた。

「いや、さっき君にSNSを交換したいという二人が来なかったか? 見たんだよその二人が。流石に警察沙汰にはしたくはないだろ? もし、あんたがやったんだとしたら早く認めてほしい」

「今自白すれば最悪の処分も免れる可能性は高い。でも、そうじゃなければそれ相応の報いが待ってる」

 私の知っている海虎くんと秀雪くんとは一線を越えていた。おそらく二人は今、我を忘れている。そこまでして私を守りたいと思ってくれているのであれば、きっと私は世界で一番、幸せで居心地のいい場所を見つけられたんだろう。ただ、それだけではないことも知っている。

「めんどくさいことになったな」

「それはこっちのセリフだ。どうするんだ? 逃げ場はないぞ」

「……わかった、わかった。放課後、時間をくれ。そのときにはあいつも連れてこい。もちろん、君らも付いてきていいから」

 元カレは自白すらしなかったけれど、すべてを悟ったかのように小さく両手を上げ、ゆっくりとした声でそうとだけ言った。さっきまで小刻みに揺れていた足すらも止まっていた。私たちは大きな一歩だと思い、女の子二人と小さなハイタッチをした。ただ、私に向かって苦笑いをしてきたように錯覚してしまい、まだ寒気は完全には止まらない。