五色に溶けた空の色



『全校生徒に連絡します。予報よりも降雪が強まっているため、午後の授業は中止、および本日の部活動もすべて禁止とします。生徒の皆さんは、至急下校してください。路面の凍結や視界の悪化が予想されます。周囲の安全を確認しながら落ち着いて帰るようにしてください。繰り返します——』

 そのような放送が流れたのは、お昼前の授業がちょうど終わった時だった。その放送が終わると、入れ替わるように担任の先生が入ってきて、即時の帰宅が求められた。

 先ほどまでは幻の水晶ように美しいと感じられた雪景色も、今は暴力的に降っており、美しいという欠片もどこかに落としてしまったようだった。それはまるで恋のようだ。時に目を開いたら広がる星空のように輝き、時に真っ暗闇の中、洞窟で何かに襲われるように残酷だと。

「ちょっとラッキーかも。でも、外やばいよ」

「まだ電車が止まってないうちに早く帰ろう」

「意外とこれ危ない状況じゃね? 警報出てるし」

 クラスメートが口々に今の状況で沸き立つ。喉の奥に残るチョコの甘みすらも、きっとどこかに失われてしまう事態なんだと思わされた。ネットを見ても『#帰宅命令』がトレンドに変わっていた。どうやら他の市の学校はもうすでに帰っているらしい。ここは何らかの事情で判断が遅れたのだろうか。とはいえ、そのようなことを考えている場合じゃないと思い、他のクラスメートが進めているようにすぐに帰宅の準備をした。

 帰宅の準備を終えると急いで五人で校門を出た。いつもよりもどこか軽いと思い、右ポケットに手を突っ込んでみるが、いつも入れているスマホがない。左ポケットなどにもなかった。もしかしたら、急いでいたあまり机の中に入れっぱなしかもしれない。絶対必要なものではないとはいえ、連絡手段の一つだし地味に詰む。まだ学校を出たばかりだし、取りに行くべきだろう。

「ごめん、私、スマホを置いてきた。先行ってていいよ。皆、また明日!」

「あ、じゃあ、僕もついて行くよ。危ないし。三人は先帰ってて!」

 一人で行こうとしたところ、秀雪くんもついて行くと言い出した。こういうところだよと顔を赤くしながら「ありがとう」と言いながらお願いをした。ただ、顔が赤いのはこのドカの雪おかげで視界不良のため隠してくれている。

 いつの間にか学校からは人がポツリと消えていた。先ほどまでの温かな余韻はもうすでに消えている。自分のクラスも誰もいない。今から一人占めできるけれど、そんなプラスな気分ではない。時計のカチカチとする音だけが、確実に時間は進んでいくことを不安にさせる。机の中に探し物はあったので小走りで学校を出た。ただ、学校が呼び止めているようなそんな不思議な感覚を、小指がつかんだような気がした。

 下駄箱で先生に「早く帰りなさい」と言われ、私たち二人は一礼してその場を後にした。外の景色は時間を追うごとに悪くなっていく。すでにここは夢の中なのではないかと自分にいい聞かせたいが、そうもいかない。三人を追いかけるのも厳しそうだ。ただ、雪をザクザクと踏みつけて、一歩先へ進んでいくことが私たちにできることだった。

「傘さすのは逆に危ないな。閉じよう」

「そうだね。濡れるのはもうしょうがないか」

 秀雪くんの提案で傘を閉じだ。確かにこの方が進みやすいかもしれない。

「……手、つないでおくか? 危ないし」

 そんなこと知っている。私の心を惹き付けたいからという理由ではなく単なる優しさに過ぎないことを。でも、どこか期待してしまうのだ。こういう特別な日に期待してしまうのはそう珍しいことではないのだから。ただ、先ほどから痛みがさらに激しくなった長靴による痛みまでは消せなそうだ。

「▼▼の手、意外と温かいな」

「秀雪くんの手は冷たいね、私が温めてあげるよ」

 傘を杖代わりにしながら駅のある方向へ向かった。たぶん、ここは道なのだろうけど、はっきりとした境界は見えなかった。雪まみれで自分が雪だるまになった気分。

 こんな状況ではなく、花畑で手をつなぐことができていたら、きっと——。

「あれ、人かな?」

「……確かに。おばあさんらしき人が」

 微かに人影がみえる。高齢の女性が体を縮めて道路脇にポツンと座っていた。私が声をかけるよりも先に、秀雪くんがその人に大丈夫かと尋ねていた。

「あ、実は雪が急に酷くなっちゃったので、弱まるのを待とうかと」

 そのおばあさんは、私たちより一回り軽装だった。今後当分は雪が弱まる予定などなく、むしろ暴力性は増していく。こんな中、見捨てるのは少々気に障る。ここで凍えて体調が悪化することがあったら後々私たちに見えないけれど深い傷ができると思うと、ほおっておくことはできなかった。

「たぶん、当分弱まらないです。おばあさんの家どこですか?」

 私が秀雪くんと目を合わせ、このおばあさんを送っていこうと合図をすると、その合図に気づいたのか頷いてくれた。なのでまずは住所を知るためにそう聞くと、おばあさんは住所を言い、秀雪くんがスマホでその場所を検索してくれた。すると、そこまで遠い場所じゃないことが分かった。警察を呼ぶにもおそらくスリップ事故などが多発している中ですぐ来られないだろうし、この距離なら私たちが送った方がおそらく早いかもしれない。

「じゃあ、おばあさん、私たちと一緒に行きましょう」

「……ご親切にありがとう」

 おばあさんを真ん中にし、両側から手をつないでおばあさんを支える。正直、一人でもやっとな状態の中、おばあさんもとなると負担にはなるが、私たちが助けなければいけない状況だったのだから致し方ない。おばあさんとは、気を紛らわすためにしりとりをしながら進んだ。おばあさんの手は、私たちなんかよりもずっと湯たんぽのように温かかった。

 おばあさんを無事に家に送り届けるということには成功したが、思った以上に時間がかかってしまった。そのため、少し無理をして速いスピードで駅に向かった。

「えっ、嘘」

「まじか……」

 駅に着いた時、想定外のことが起こってしまった。

『電車、大雪の影響で今からXX駅からYY駅で終日運休となりました。また、三十分後には全線で運休となる見通しです。本日はもうこの駅に電車は来ません!』
 
 駅員さんが拡声器を使いながらそう呼び掛けている。この駅を発着する電車はほんの数分前に運休になってしまったそうだ。まだ運行している駅もあるが、歩いていくとなると間に合わないし、バスもどうやら使いものにならないらしい。唯一残されたタクシーという選択肢もあるが、すでに多くの会社員の人などが長蛇の列を作っている中、三十分以内で行けるとは到底思えない。それに料金面もあるから必然的に選択肢からは消える。

「私の親、ほとんど車に乗らないからな。流石に一時間の道のりを来てもらうのは……」

「僕も同じ感じ。仕方ない、とりあえず学校に戻るか」

 雪の日の悲劇とでもいおうか、善意が報われないのはまだしも、更なる試練まで与えられるとは。唯一救いなのは近くに秀雪くんがいてくれることだ。それ以外はすべて闇の中に沈みこませたい。