五色に溶けた空の色



『現在、すでに各地で積雪が観測されています。都内でも氷点下の厳しい冷え込みとなっていますので、お出かけの際は万全の防寒対策をなさってください。さて、心まで凍えそうなこの寒さですが、今日はバレンタイン。これから生まれる小さな恋の温かさが、寒さを吹き飛ばしてくれるかもしれませんね。では、全国各地の今日の天気です——』

 若いお姉さんのユーモアある天気を、スマホのニュースで聞きながら登校した今日は、どこからともなくチョコの匂いが混じりあう。SNSではどうやら『#ホワイトバレンタイン』がトレンド入りしているらしい。すでに私たちの住む街でも小さな雪だるまを作れるぐらいの雪が積もっており、子供の頃に雪合戦した景色がほんのりと温かいココアのように浮かび上がってくる。約一年ぶりに履いた長靴は、かかかとが少し痛いと言っているみたいだったけれど、今日だけの特別な我慢だ。

『この電車は、雪の影響で十分遅れで運行しております。お客様には大変ご迷惑をかけしますが——』

 少し遅れて到着した電車を出たときには、手袋が凍ってしまうのではと心配してしまうぐらい、氷の世界にいるかのような温度に感じられた。手先の感覚が完全に失われる前に学校に入ってしまおうと少し早歩きをした。

 失敗したな、甘く見ていた。耳当ても持ってくればよかったと後悔したときには、学校に着いていて、みんなが白い息をどこまで飛ばせるかの大会をしているかのように校門の周りは吐息であふれかえっていた。制服のネクタイをギュッと握ってから校門を潜り抜ける。

「よう、おはよう」

 校門を潜り抜けてからすぐ、誰かに声をかけられた。まるで結晶で作られたかと思うほど美しい横顔は秀雪くんだった。その秀雪くんの顔を見て、ちゃんと買ったチョコレートはカバンに入れてあるよなと今朝の行動を確認した。ちゃんと入れた、よし、大丈夫だ。ただ、鼓動はもしかしたら大丈夫じゃないかもしれない。それはこの雪のせいにしてしまおう。

「とはいえ、雪、やばいよな」

「本当にそれ、朝出てきたときも明らかに積もってるよね。かまくらできちゃうんじゃない?」

「まあ、それは大げさだけど積もり方やばいよな。とはいえ、家早く出ておいてよかった」

 昇降口で傘の上に溜まったずっしりとした雪を落とす。いつもの昇降口からの景色も、雪のせいで視界が狭まり、どこにいるかさえ忘れてしまいそうになる。
 
「雪は解けてもいいけど、この恋はまだ溶かしたくないな」
 
「ん?」

「なんでもないよ、独り言。……暖房の効いた教室に早く入って温まろう」 

 独り言に反応されてしまったようで、聞こえてはいないようだったけれど私はすぐにごまかした。教室に入ると、温かい景色が広がっていた。暖房が強すぎてチョコが溶けてしまうんじゃないかと思えるほど暖かい教室を、さらに温かいものにしてしまうのは私たちだった。やっぱりイケメン男子は人気だなと思いながら、グループの女の子たちの元に向かった。

「よかった来れたみたいで」

「二人ともお待たせ! いつもより早く出たけど、結局はいつも通りになっちゃったよ」

「私、学校に来る前に小さな雪だるま作ってきたよ!」

 濡れた頭をタオルでふき取ったけれど、どうやらまだ肩に雪が積もっていたようで、風花みたいな子に払ってもらった。私は担当だったチョコを取り出す。手作りチョコを持ってくる担当だった霜柱みたいな子も忘れずに持ってきてくれたようで、ひとまずは一安心だ。

 手作りチョコは昨日、三人で集まって作った世界で一つだけの超特別品。アクセントに加えたアーモンドがいい役割を果たしてくれていると思う。「買ってきた高級チョコの余りは私たちであとで食べようね」なんていう会話をしながら、私は海虎くんと秀雪くんの元に行く。きっと二人は何かしらはくれるだろうと勘付いてはいるだろうけれど、実際に渡したりする瞬間が、一番楽しいのだ。

「はい、二人ともお待ちかねのチョコレートです! ハッピーバレンタイン!」

 ちなみに、私が声かける担当になったのはじゃんけんで負けたからだ。いつも話している相手とは言え、チョコを渡すとなると、話は少し変わる。とはいえ、ここはあくまでも意識していることを悟られないようにいつも通りを貫く。

「ありがとな!」

「嬉しいよ」

 二人のその顔は、おそらくどういう反応で受け取ろうか迷って決めた結果だなと内心思いながら、机にチョコを置く。

「おー、ここ有名なところじゃない?」

「こっちは手作り?」

 ラッピングされている二つの箱をの興味深そうに覗き込んでいる。お店のには到底かなわないけれど、リボン付きのラッピングも私たちでしたのだ。

「うん。手作りは昨日三人で作ってきたよ。女の子からの手作り、彼女じゃないとはいえ、嬉しいでしょ」

 意識しないと決めていたのに、二人には意識させようとする少しずるい私。

「お口に合うといいな」

「腐らないうちに早めに食べてね。手作りとか重くなかった?」

 風花みたいな子と霜柱みたいな子は私のような言葉は使わなかった。

「うん、むしろ歓迎だよ」

「同じく。手のこもってるものは嬉しいよ」

 二人は「いくつかあるからじゃあ早速」といって買ってきたチョコと手作りのチョコを一つずつ口にした。見ているだけでもどちらのチョコも不可抗力なんだと言わんばかりにいつの間にか口の中で溶けていくのを、見ている私たちでも感じ取れた。語彙力ないのかと思わず突っ込みそうになったが、感想も何個も投げかけてくれた。その言葉を私たちも恥ずかしながらに受け取る。

 二人は思い人に自分だけの特別なチョコを渡すのかなと思っていたけれど、どちらもそんな素振りをすることはなかった。仮にそれをしたって私たちは誰も責めないし、この五人の関係がそれですぐに潰れるわけでもない。でも、考えていることは私と同じなのだと思う。

 どこまでも追いかけていく少女のようにはもうなれない。でも、目標があるすぐそこまでなら走れる。休憩時間、ほんの少しだけ雪の降る外を見ながらそういう妄想に浸っていた。