『一組の花梨、付き合い始めたのかもしれない』
まだ太陽が顔を出す前の朝早い時間に、一年二組男子の匿名チャットにそんな書き込みがされたと、とある人から情報が送られてきた。僕はその情報を電車の中で確認すると、「予定通りだ」と心で呟いた。僕は昨日の深夜、ある選択に迫られていていたのだ。もう後戻りはできない。信用できない人を信じない日だってあるのだと気づかされた。
「あれ? なんか距離近くない?」
「まさか、付き合っちゃったのかな?」
どうやらうちのクラスは恋愛に盛り上がりやすい気質なのかもしれない。というより、僕ら五人の存在は、僕らが思っている以上に大きいのかもしれない。
事前に話していたように、僕と花梨は手をつないであくまで恋人っぽく振舞い登校した。花梨と登校することなど朝飯前と思っていた数時間前の僕に豪速球の玉を投げてほしい。このような経験が初めてだから、脳が過剰に反応し、それが汗という形になって様々なところから危険信号を出している。ただ、相手も同じようで、ほんのりみかんのようなオレンジ色の顔に変化していて、僕が花梨を覗くと、花梨は恥ずかしそうに視線をずらした。
正直に言えば、僕らの属する一組に僕と花梨が付き合っていることを錯覚させる必要はない。ただ、ここで手を抜いては作戦が大きく破綻するかもしれない。つまりは、ストーカーまで情報を届かせ、嫌がらせをやめさせることが必要なのだ。とはいえ、どうしても意識してしまう。視線がパチリと動く瞳の方へと吸い込まれてしまう。凛音もこんな感じだったんだなと今頃心を締め付けさせられる。
「おお、お二人さんお似合いだね」
オーロラのような彼がいじらしく僕の肩を叩く。あくまで彼は仲間なのではあるが、その対応が微妙に鼻につく。もちろんこれも事前の作戦ではあるが、わざとらしすぎる言い方に少々不安になる。でも、どうやら信じ込まれているようで、僕らの方へさらに視線が集まった。一葉や凛音も僕らを見守るように二人が恋人だと錯覚するような言葉をいくつかかけてきた。
火山噴火が起こる前に僕は一旦花梨に声をかけ、この暑苦しい熱気のこもった教室から逃げ出してトイレで顔を冷やすことにした。ただ、トイレでも噂を知ったクラスの連中たちが僕に質問という名の攻撃を仕掛けてくる。
「二人は付き合ってるの?」
「想像にお任せする」
「彼女のいいところは?」
「困難に陥っても頑張り屋なところだ。でも、付き合ってるかは別だ」
「キスしたことある?」
「断じてない」
僕は聞かれた質問にぶっきら棒に答えた。というか、同じクラスの人たちではあるが、話したことなどあっただろうか。たぶん今日が初めてな気がする。水を浴びているのにこれでは全くの無意味だ。いっそこうなったら一掬いした水を男臭さ満載で浴びてみようとした。ただ、これでは彼女の前で顔がないと思い、熱球のように温まったまま彼女の横にまた戻ってきた。
「■■くん、顔、濡れてるよ」
戻ってくると、花梨は自分のハンカチで僕の顔をふいた。頭からかぶってないとはいえ、顔だけは水浴びをしてきたので、まだ水滴が残ってしまったようだ。花梨の優しさは知っているが、どこか、これがまるで涙なのではないかと思うほど非現実的だと感じた。あくまで恋人の演技だ。僕が何かを求めてはいけない。
凛音にスマホを見てと合図された後、通知音が鳴った。グループチャットだ。
※※※
花梨:ごめんね、昨日深夜に連絡なんかして。ぬいぐるみ抱いててもでも耐えられなくて……。でも、間違いなく私に声をかけてきた人は二組だった
オーロラのような彼:もしかしたら、彼氏がいるって承知してくれたかもな。でも、何かしら仕掛けてくる可能性はあるよ。注意しないと
凛音:とはいえ、『二組かも』って花梨ちゃんが昨日の深夜に連絡してきた途端、■■くんは『作戦がある、任せておけ』って言ってたけど、あれはなんだったの?
■■:ああ、あれなら大丈夫だ。任せてくれ。
一葉:深入りしない方がいいのかな? それより、HRも始まるしいったん解散しよう
※※※
一葉の言う通り、すでに始業の時間が迫っていたので、僕らは慌てて席に付く。ただ、これは吉というべきか、凶というべきか先生が突然席替えをすると言い出し、事前に作っていた先生の席替え表により僕と花梨が隣の席へとさせられたのだ。確かに見守れるというメリットはあるが、ただでさえ彼氏役でいるという中、それを演じる時間が増えないといけないというデメリットがある。
「ここは、この回答になったけどどう?」
「あ、私も問一は同じだ。問二は、こういう系苦手だから自信ないんだけど違うな……」
「あ、僕が計算ミスと符号ミスしてた。花梨の回答であってるよ」
青春の甘い匂いはどこから漏れ出しているのか。そんなものは少しも漏れ出ていないはずだ。隣の人と答え合わせをしてくださいというペア活動もろくに集中できない。常に崖の上から落ちないように踏ん張らないと、いつの間にか見失ってしまいそうだ。
唯一の心が休まる時間というのは、昼休みだろうか。ここだけは屋上で他の誰にも邪魔されず五人でいつも通りの会話ができる。流石にここまで僕らの監視をしてくるクラスの連中もいなかった。
「くそー、何なんだこれは一体」
ぐちぐち文句を言いながら、コンビニで買った鮭おにぎりをほおばる。
「ごめんね、私のせいで……。迷惑をかけちゃって」
「あ、ごめん、そういう意図じゃないんだ。花梨が悪いとか一切思ってないから。悪いのは全部犯人」
大きな失言をしたと思い、すぐさま花梨に謝罪する。花梨の気持ちも考えられていない僕は最悪だなと思い、歯で唇をかんだ。花梨の方がよっぽど心を埋め尽くされているのだから。僕のことと比較したら、客観的に見て大小ははっきりしてるだろ。
「とはいえ、今日はまだなにもない?」
凛音が自分のお弁当の唐揚げを花梨に一つ差し出しながら、顔を覗き込むように問いかける。
「うん、今のところは。ただ、先生の所に資料を取りに行ったとき、その人にちょっと長めにお尻の辺りを見られたような気がするんだよね」
「それはまだ気は抜けないね」
とはいえ、あのSNSなりすまし事件の時のように証拠がないと僕らの方が悪人になってしまう。いつ尻尾を出すかわからない中、警戒を緩めることは相手の好き放題にされてしまう可能性がある。そんな時、とある人からのチャットが来た。僕はこの場では返信できないと思い、適当なこと言って離れ、一度屋上から出た。
※※※
北川:まさかお前が僕を頼るなんてな。意外だよ。言われた通り、僕のいる二組の男子に花梨が付き合ってるかのような情報は流したけどよ。報告だが、犯人候補はショックを受けているようだったから届いてはいるだろう
■■:任されたんだからそれなりの義務があるからな。で、相手は次、何してくると思う?
北川:もし、僕がストーカーで、彼氏がいると知ったら狙うのはきっと放課後だな。きっと、今、机には放課後呼び出す紙がおかれてるに違いない
■■:そうか。放課後僕はどうすればいい?
北川:まあ、きっと彼女を一人の状態で呼び出すだろうから、お前は——
※※※
頼りたくはないが、唯一こういうことをその立場に立って考えられるのはSNSなりすまし事件の犯人である北川くんだろう。とはいえ、彼女たちに更なる不安を与えることだけは避けるために、あくまで僕とオーロラのような彼とだけの極秘任務だ。
北川くんは、僕にとある提案をしてきたが、正直、そんな漫画っぽいことをしろというのかという内容だった。確かに、それが最善の方法とは言えるだろう。もちろん、これは彼の予想が当たった場合に過ぎない。ただ、なんだか僕もその通りになるのではないかという気がどこか湧いてきた。
「ねえ、これ……」
北川くんの言った通り、お昼を終え、教室に戻り次の時間の準備をしていたところ、花梨の机の中から一切れの紙が入れられていた。『放課後十七時に空き教室に行くから待っていてほしい。絶対に一人で来て』という内容だ。こちらとしては作戦を実行しやすいが、とはいえ、これで言われた通りの展開にしなくてはいけなくなった。
「うん、大丈夫。知ってた通りだ」
「知ってた通り?」
「……いや、なんでもない。とにかく大丈夫だから。信じて」
「うん、信じる。■■くんのことだもん」
一瞬、口を滑らせて北川くんと連絡を取っていたことにつながりそうなことを言ってしまいそうになったが、逆になぜその展開からこんなにも運命のような展開へつながったのか、自分でもよくわかっていない。花梨の瞳は僕だけを見つめて、ときめきすら感じる言葉をくれた。



