五色に溶けた空の色




「わるいな、今日は時間を取ってもらって」

「うんん、全然。むしろ、白い息が出るぐらい寒い日に、温かいコーヒーを奢ってくれるなんてありがとう」

 僕は凛音にとあることをお願いするため、学校近くのこじんまりとした木のぬくもりを感じられるカフェに誘った。コーヒーを並べ、僕らは対面に向かい合うように座っている。

 文化祭も終わり、季節は一気にサンタさんが待つ冬へと近づいた。北海道ではもう各地で雪化粧が見られるというニュースを目にしたりとあっという間に時間は逆らうことなく流れていた。

 凛音は届いたばかりで湯気が沸き立つコーヒーを一口飲む。どうしてもそのストロベリーのようなピンク色の唇に視線がいってしまう。僕も、心を落ち着かせるためにコーヒーを一口飲んだ。苦みが強かったので、砂糖とミルクを追加で入れる。

 ——君のことが、好きなんだ! 

 という展開にしたいのもやまやまだが、覚悟が決まっていないところでそれをやるのは流石に凛音に悪い。そんな自分を裏切るような真似をしてまで幸せになりたいとは思わない。あくまでお願いしたいことは、別のことだ。

「実は頼みごとがあって……」

「ん? 私にできることなら、なんでも手伝うよ。また試合の応援に来てほしいとか?」

「それではなくて……これなんだ。あくまで大義はないんだけど」

 そういって僕は一枚のポスターを凛音の横にそっと置く。

「……つまり、恋人役になれと」

 凛音はすぐに書いてある情報を読み取った。僕は目をそらしながらも小さくうんと頷く。おそらく凛音は今、利用されようとしていることに悪い意味でニヤリと笑みを浮かべていることだろう。それそもそうだ、僕が凛音に見えたのは『カップル限定! 普段は入れない秘境駅を探索! 非売品の特別プレゼント付き!』という企画のチラシだった。

「今週末の一日だけでいい! 一葉と花梨、その日予定が入ってたんだもん! 一生のお願いだ、頼む!」

 今度は目をできるだけ合わせないようにしながらも凛音に視線を向け、手を合わせながら一生懸命お願いポーズをする。僕は、凛音か花梨のどちらかを好きなんだろうと自覚はしているけれど、正直これは誰でもよかった。優先事項はこのイベントに参加することただ一つ。二人にはすでに予定が入っていたためこれが最後の頼みの綱なのだ。

「クラスの他の女子でも誘えば……と言いたいところだけど、これでまた不登校になられても困るし、いいよ」

「えっ、本当? ありがとな」

 僕は気づけば、凛音と握手をしていた。嬉しさを爆発させる方法がこれ以外に見当たらなかったのだ。昨日からこのことだけで、脳の半数を占め寝不足気味だったことを考えると、一気に解放される。

 とはいえ、「そんなことで不登校になってたまるか!」と言いたいところではあるが、余計なことは言わないようにした方がいいと重い口を封じた。

「……っていうか、駅とか好きなの? 家にもそういうコレクションがあったりする?」

 僕は凛音とつないでいた手を離し、コーヒーを一口飲んだ。砂糖を入れすぎたのか、僕の好みの味からは遠ざかってしまった。

「僕が好きなのは秘境駅かな。僕の部屋の引き出しとかにも写真がいくつか」

 隠していたわけではないが、何気に自分の好きなものをグループの人に語るのは初めてかもしれない。たとえば、前に不登校になり、二人が僕の家に来たこともあったが、その時も実は秘境駅の写真が僕の部屋の壁にいくつか飾られていた。けれど、ほとんどは押し入れや引き出しに入っているため、誰も気づいている人はいないだろう。

「それはそうと、放課後のあれ、何だったんだろうね」

「あ、あれか。花梨の下駄箱に謎の白い紙が入ってたやつ」

 凛音は僕とこれ以上恋人に関する話はしたくないのかどうなのかはわからないが、ここに来る前にあった不可解な出来事について話し始めた。放課後、花梨が帰るために靴を取り出そうと下駄箱を開けると、半分に折られていたB五サイズの紙が二枚入れられていたそうだ。ただ、何か書かれているのかではなく、白紙だった。

「自分の下駄箱と誰かが間違えたのかな? それとも嫌がらせ?」

「んー、まだ何とも言えないな。嫌がらせの線にしても何してるのか不明すぎる。仮に僕が嫌がらせするなら白紙は入れないな」
 
 なぜこうも僕らのグループは何かしらの壁ぶち当たる可能性が高いというのか。とはいえ、不登校は僕の個人的な問題の側面が大きいのは重々に承知している。

「嫌がらせといえば、SNSのなりすまし事件があったよね。……もう思い出したくもないけど、あれは酷かった。もし続くようならあいつが犯人?」

「北川くんか……。退学とまではいかなかったけど、重い停学処分を食らったからな。それに、そこまでする動機があるとは思えない。二度も僕らのグループに仕掛けてこないと思う」

「つまり、違うと」

 もちろん確証があるわけではないが、その線は低いと思う。北川くんはあの事件で重い停学処分を受けた上に、その後の特別指導で十分に更生させられたはずだ。北川くんと同じクラスの人に聞くと、最近はかなりおとなしいという話も聞く。

「まあ、警戒はしておくよ」

「そうだね」

 そこからは僕らはグループの友人としての何気ない会話を交わした。「古典の宿題難しいよね」とか「商店街にあるケーキ屋さんが評判らしいよ」とかそういうレベルだった。僕は彼女の一言ひとことを汲み取っていくが、彼女個人に惹かれているのか、グループの中にいる彼女として魅かれているのかはこの時間では到底わかりっこなかった。とはいえ、彼女の唇に触れたらきっとほんのりと甘いのだろうなと、珍しく注文した追加のレモンティーを飲みながら思った。