五色に溶けた空の色


 ただ、僕には今日、もう一つデートをする予定があるのだ。一葉に先ほどまであったことを悟られないように、トイレに行き、念入りに顔を洗った。そして、消臭スプレーを全体になじむようにかけた。こうやって、流してしまうのは、悲しくないのかといえば嘘になるが、僕らにとって必要なことだった、そう割り切ろう。

「お待たせ!」

「おお、お疲れさん。僕って、幸せ者だな」

「……ん? 今、何か言った?」

「いや、なんでもない。こっちの話」

 今日は女の子二人とデートできるとは、両手に花ではないが我ながらに恵まれている。元カノとのデートの後は、一葉とデートができるというのは、今後の運が尽きそうで怖いが、流石にチャンスを逃すよりはましだろう。

 今さっきまで元カノと通った道を再び歩く。先ほど僕に痛い視線を浴びせてきた人から見たらもう新しい彼女ができたのかと思われそうだが、そんなことができる状態にいたらある意味、僕は恋愛においてありえないぐらい成長を遂げていることに他ならない。

「まずはクラスの方に行かない?」

「ああ、そうだな。自分のクラスなんだかんだいってまだ行ってなかったし」

 どうしても元カノと比べてしまうのは避けられない。断ち切ったとはいえ、あくまで彼女のことを忘れるとか、そういう意味ではない。過去のものとして完全にとらえるという意味に過ぎないから。

「にしても、カップル多いな」

「本当だね」

 少しだけ恋バナがしたくなった。そんなちっぽけな理由から、意識させてみるようなことを言ったが、彼女はほとんど動じることなく短い言葉で返した。周りから見れば十分に僕らもそういう枠組みとして見ることもできなくはないかもしれないが、彼女の心の中にある枠組みはずっともっと広いものなのかもしれない。

「なに、彼女でも欲しくなったの? 作ってもいいんじゃない? あくまで私たちは五人で歩んできたけど、その枠組みを飛びだしても、誰も怒らないと思うよ。ただ、私……たちとも一緒にいてくれる時間を作ってくれるなら」

「いや、そういうわけじゃないけど、なんとなく、想像しちゃっただけだよ。もちろん、この五人での時間は大切にするからな」

 なぜ一葉は一瞬、言葉に詰まったのだろうか。友情が壊れるのが怖いからだろうか。とはいえ、この中で作るということを言ったらどうなるんだろう。一葉のいう言葉に想像がつかなかったため、僕はこれ以上は口を閉じた。

 クラスでは今の時間、風のような彼とメイド服姿の凛音とが接客をしていた。ちょうど席が空いていたためすぐに案内され、僕と一葉はふわふわパンケーキを注文した。その間に占いができる仕組みになっており、タブレッドのボタンを押す。音楽もクラスで得意としている人がオリジナルで作った力作。僕も設計の一部を担当している。

「おー、私は『決めたことに向かって全力ダッシュしよう!』か。ラッキーアイテムは香水。他にもいろいろアドバイスが書いてあるよ!」

「僕は『過去を大切にしながらも今を大切にしよう』で、ラッキーアイテムはピンクのチューリップか」

 どうやらこの占いは僕のことを知っているかのようなそんな風に思える。わかったよで片付けられないこの占い結果を隅っこまで目を通す。一葉に「そこまで気になるのか」と途中で突っ込みを入れられたけれど、その時、凛音が熱々のパンケーキを二つ持ってきた。

「じゃあ、お二人さん萌え萌えキュン!」

 恥ずかしながらも自分のクラスだと自負して、二人と一緒にパンケーキに魔法の言葉を蜂蜜のように甘く吹きかける。凛音は二つのパンケーキにチョコペンでハートマークの半分かけた形を描いた。ただ、二つのパンケーキを並べると、一つのハートが完成する。何を描くかは特にマニュアルでは決まっていないけれど、これは絶対わざとだろう。やられたと思いながら凛音を半ば睨むように直視する。

「では、ごゆっくり!」

 すると逃げ去るようにして次のお客さんの元へ行く。小さなからかいをされた僕たちはお互い目を合わせてくすっと笑う。もぐもぐとパンケーキを食べ始めるが、一葉は特に意識をしていないのか、パンケーキに優しくフォークを入れて笑顔で食べ始めた。一葉が僕のことをどう思っていようが、僕が一葉のことをどう思っていようが、この時間は僕らだけのためにあるものというのは変わりない。
 
「試食段階でも食べたけど、やっぱりおいしいね。ふわっと広がるけど、シュワっと溶けていくね」

「ああ、そうだな。このパンケーキ、コスパ抜群だな」

 一葉の感想の後に、下手な感想しかいえない僕をボコボコに殴りたくなる。とはいえ、おいしいのは間違いなかった。ただでさえおいしいパンケーキを、さらにおいしくしてくれる人が目の前にいるのだから。ミルクティーも追加で頼んだが、試食段階よりも二倍ほど甘くないかと感じたが、どうやら作り方も分量も全く変わっていないようだった。

 自分のクラスを後にしたあともまだ回っていないブースを中心に一葉と回っていく。

 やはり、窓から漏れ出ている光よりも彼女の方がきれいに見えるのは間違いなく事実だと感じられるようになった。

 それがどういうことを意味しているのか、僕にはなんとなく理解できた。でも、言葉に出すのは臆病な僕にはまだ早い。

「ねえ、お互いにさ、バルーンアートを作って交換しない? お互いのことをイメージして」

「おお、いいじゃん、おもしろそう!」

 僕は一つ一葉にわがままを言った。バルーンアートを作れるブースでお互い相手をイメージしながら、作品を作り交換すること。そのクラスに入って、お互いが見えないように、離れたところで制作し始める。

 ——本当なら、ハートを作ってあげたい。そう思う気持ちはある。でも、それをしてしまうと、僕は一葉に対して事実上、とあることを伝えたことになる。それに、あくまで一葉はそんなことを望んでいないのではないかとこれまでの時間を通して感じた。あくまでイメージして一つの作品を作り上げるのだ。

「お、上手ですね」

「いえいえ、小さい頃に少し触ったぐらいですが」

「そんなことないですよ、私なんて教室の装飾用に作ったハート、何度も割っちゃってますから」

 そのクラスの人から、誉め言葉をいただいた。小さな頃に紅葉の誕生日会のために何個も作り上げた実績が功を奏したのだろうか。

 僕が彼女をイメージして作ったのはチューリップだった。それも、ピンク色のバルーンを使った。これを作ったのに意味がないわけではない。でも、まだ彼女が気づいていないのだとしたら、これに含まれた意味を知る由もないだろう。あくまで友情の印としての意味しか受け取ってはくれない。それでも僕はいいと思う。望むものと現実は乖離しているからこそ心を通わせていく意味があるのだと僕には思う。

 一葉もできあがると、お互いできたものを交換した。

「××くんは何があっても、駆けつけてきてくれそうだから、ウサギにしてみました!」

「おおっ、ありがとう。僕からはピンク色のチューリップを。……花とかたぶん好きだろ?」

「うん、好きだよ、正解。ありがとう」

 一葉は僕をイメージしてウサギを作ってくれたみたいだ。そして僕は本当っぽくそれにした理由を付け加えた。この様子なら、本当の意味は知らないまま終わるんだろう。ただ、単純に楽しかった。それだけは伝えた。