「今日も休みだったよね」
最近、風のような彼が休む日が多い。いわば半不登校状態だ。ここ一週間は特にひどく、四日連続休んでいる。いつも五人で食べているお昼の場も、一人欠けただけでご飯のおいしさが半減するとは、彼の存在意義が痛いように伝わってくる。表面上では隠しているつもりだけれど、三人の女の子に囲まれているのは、僕としては居心地問題にもなりうる。
「どうしたんだろう。部活の大会も文化祭の準備もあんなに生き生きとしてたのに」
「ただ、風邪とかじゃないんだよね?」
「ああ、本人も行きたいけど、なぜかいけない状態だと。原因がわからないんだってな。ねえ、今日、とりあえず家に行ってみようかなと思うんだけど。誰か今日の放課後行ける人いる?」
原因は不明。行きたくないで不登校状態ならまだわからなくもないが、本人は行きたいと思っている部分、かなり不安だ。僕らが原因でないことを切に願うばかりだ。
「あ、ごめん私、文化祭の担当部分のミーティングが……」
「私も今日はお父さんと用事が入ってて……」
難しそうだと二人は首を振る。しかし、この中で一番彼のことをわかっているのは僕だろう。少なくとも一人で対処できない問題ではない。とはいえ、「一人で抱えるな」という趣旨のことを過去に誰かに言った中、このまま進むのもためらわれる。
「私は大丈夫だよ」
「おお、ありがとう。じゃあ、文化祭の準備少しだけやってから行くか」
ただ、一葉は空いていると言い、立候補した。彼にも今日行くことは事前に伝えてあるが、僕が気に入らないのは『心配かけてごめん』というメッセージを何度も送ってくることだ。とはいえ、僕がもし彼の立場になったらそうしてしまうのは目に見えているため、責めることなんてできない。文化祭の準備に関しても彼は迷惑をかけているという趣旨のメッセージを送ってきており、やはり気に食わない。でも、大事な友人のために、ここは目をつぶる。それに、彼が半不登校状態になる前に進んでやってくれていた分の貯金があるから、抱えきれない問題でもない。
文化祭の準備を少し進めてから、昇降口前でぽつんと立って目をパチパチさせていた一葉と合流して、彼の家へ向かう。
「だいぶ、夕日が見える時間が早くなったな」
まだ午後五時前ではあるが、僕らの視線の先には赤い夕陽が僕らを見守るようにしながら沈んでいく最中だった。
「今日の夕焼けは、いつもより心の隙間にふんわりと染み込んでいく気がするよ」
僕よりも数メートル先にいた一葉は、そういいながらスクールバッグをまわす。そして、そのまま彼女自身も一回転する。その反動で、スカートがほんの少しひらひらと揺れる。
——夕日よりも彼女の方がきれいに見えるのは錯覚だろうか、それとも事実だろうか。
思わず、僕の瞳に映った彼女を見てそう思ってしまった。彼女はただ、彼の家に向かって歩いているにすぎないのに。
その答えを言葉にできないまま、彼の家に着いた。
インターフォンを鳴らすと、瘦せ細っていた彼が足を引きずるようにして出迎えてくれた。親は仕事でいないと言いながら、僕らを自室に連れていく。眠れぬ夜が続いたかのような暗い顔色ではあったものの、体が動くだけはまだましだろう。
僕らは彼の自室に入ると「座って」といわれたので、一葉とは横ならびに、風のような彼とは向かい合わせになるように座る。水の入ったガラスのコップが三つ置かれただけの小さなテーブルが僕らの間に壁を作るように置かれていた。
彼は一度立って電気を付けようとしたが、どうやら電球が切れていたようだ。外はもう夕日が沈んでしまっているため、この部屋は暗闇のままだが、彼に無理を強いるのもはばかられたため「そのままでいいよ」と言った。彼は再び座る。
「ありがとう。ごめんな、××と一葉、忙しいのに来てくれて」
「謝らないで、謝れると余計苦しいよ」
まるで僕の心を代弁してくれたかのように、一葉は彼に対し唇をかみしめながら小さくお説教する。彼女はこの数ヶ月でどこか成長したのだろうか。前までそういうことを言う子ではなかった気がする。
「わかった、謝らないようにする。とはいえ、なんでなのか、心が苦しくなってなかなか外に出られないんだ」
僕らはあくまで医者ではない。ただ、彼の友人として考えられる原因を探したり、寄り添ったりする他にはできない。病院にも行ったらしいが、これといった異常はなかったということも伝えられると、正直お手上げ状態に近い。
とはいえ、ここで帰るわけにはいかない。傷つきやすいが、逆に輝かしくもある青年期の心のどこかが異常を検知したのではないだろうか。とりあえず今までの分の授業プリントを渡すと、「今はもうそんなところまで進んでるんだなと」言い、彼がいない間の時間が、どこまで進んでしまったかが心に刻まれる。
「何かいじめられてるとか? もしくは嫌な過去を思い出して、学校にある何かとリンクして足が動かないとか?」
「いじめられてはないし、特にこれといった嫌な過去もないんだよな。ただ、試されているように、心がきつく結ばれるような」
「一人で家にいる分には平気なの?」
「そうだな。縛り付けられているものからは解放される。おそらく、見えない何かにとらわれているんだと思う」
一葉と彼の言葉のキャッチボールが続く。前にこのグループでも似たようなことが起こった。しかし、そのときは原因が明白であった。でも、今回はそれがわからないとなると、彼を孤立状態から解放させられない。何かきっとあるはずだと、ここ数週間の出来事を振り返る。
——もしかしたら、と一つの原因が、突如として浮かんできた。
「——なあ、あの時、そう第二試合のシュート外した時、どう思ったかもう一度、考えてくれないか?」
「あの時の試合の? ……そうだな、悔しかった」
「いや、それだけじゃないんじゃないかと。ほら、なんというか……誰かの迷惑というか……」
「……××なんだ? 僕が足を引っ張ってることをこの場に及んでまで自覚させたいのか?」
今の彼にド直球にこの質問をしてはいけなかった。ただでさえ弱っている彼になんの配慮のかけらもなかった僕が、こうやって突然立ち上がった彼に両手で首を絞めつけられているのも無理はない。彼が急にそうしてきたことにはどこか驚いたけれど、その結果を当然の報いとして反抗はしなかった。彼が立ち上がった際に足がぶつかったのか、小さなテーブルに置かれていたコップに入った水が大きく揺れ、数滴が垂れた。
ただ、一葉が「落ち着いて」と急いで止めに入ってくれたおかげで、僕の首は絞められることなく、「わるかった。体が動揺したみたいだ」と言いながら彼も手を緩めた。なんといえばいいのだろう、僕は彼に。
「……こういうことかな、あくまで可能性の一つだけど、プレッシャーが溜まって心が耐えられなくなったのかも」
今日の一葉はなぜだか僕のことをよく理解してくれる。僕が言いたかったのはつまりはそのようなことだ。
「プレッシャー?」
「試合の時も入らなくてプレッシャーを感じ、文化祭の準備でも自分が迷惑をかけてはいけないというプレッシャーを。夏休みも海に行った時皆が楽しめるようにいろいろ考えてくれて何度も『これで大丈夫だったか?』って聞いてたっけ。他にもいろいろあるんじゃない——? 私にはわからないけどこの日常生活でも、このグループのことでも常に大きなプレッシャーを抱え込んでいたんじゃないかな」
「……まあ、たしかに、振り返ってみればその可能性も否定できなくない」
彼は自覚がないかもしれないけれど、どこかでプレッシャーを感じ続けていたのだ。それがちりも積もれば状態で溜まってしまい、今、爆発してしまった。だから体が言うことを聞かない。彼のせいではないけど、彼特有の性質がこの事態を巻き起こした。
「この時期の心って風船みたいだからな。つまり、プレッシャーを感じないようにしないと……」
「とはいってもそう簡単にはな。僕も知らないうちに溜まっていったものだと思うから」
「まずは少しずつ頑張ろう。僕らも協力するからさ。いや、ただ隣にいてあげるだけだ。お前にはその方が楽だろ。単なる味方だからな。代わりにお前も僕らの味方になってくれよ」
僕は彼にどんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。ただ、彼が期待しているような言葉をかけなかったと思う。「頑張れ」とか、「応援するぞ」とか、あるいは「助けるぞ」とかそういう言葉は彼にとって何物でもない気がしたから。
「××くんの言う通り、私も同じく。少しずつでもいいから。自分の気持ちに嘘つかないようにね。せっかく五人で仲良しグループになれたんだから、皆の痛みはみんなで分かち合おう。一人だと思うからいけないんだよ」
「わかった、ありがとう。できるだけ背負わないようにするから。その分迷惑もいっぱいかけるから覚悟しとけよ」
彼は僕と一葉にそれぞれグータッチをした。そして、僕と一葉は顔を見合わせて小さく微笑む。闇の中に潜んだ悪魔が彼の心から消えていく日はそう遠くないと、彼のグータッチの強さから感じられた。



