五色に溶けた空の色




 夏祭りの日は、前日まで天気予報では雨が心配されていた。でもこういう時、誰かが魔法をかけたかのようになぜか晴れてしまうのは不思議だ。夜風が、祭りの熱気までを運んでくる。

「あ、??ちゃん!」

 七色の提灯が飾られていた集合場所にはすでにグループの三人が集まっていた。わたあめの子が気づいてくれて、私も合流する。あとは秀雪くん待ちらしい。
 
 紫色の浴衣。少し歩きにくい下駄も、今日は特別なアイテムだ。三人も浴衣姿で私をお出迎えしてくれた。女の子二人から花柄の浴衣を「かわいい!」と何度も言ってくれた。私はお返しに、二人の華やかな浴衣姿も「すごくかわいい!」と言いながら、お互いに何度もスマホのシャッターを切った。

 集合場所にいる唯一の男の子である海虎くんは、目のやり場に困っているのがバレバレで、どこか居心地が悪いようにも見えた。とはいえ、「??の浴衣、似合ってるし、かわいいな」と認めてしまうところは、何だかかわいい。

「海虎くん、大丈夫? エロい目で見ないでね。??ちゃんが前に心配してたよ」

「いや、あれは冗談だから!」

「えっ、二人でそんな話してたの? 海虎くん、頼みますね」

「大丈夫だ。僕の目は健全だ!」

 わたあめの子が、あの時の冗談がここで盛り返してくる。とはいえ、この話題でなんだかんだいって盛り上がってしまう。海虎くんも、自分の目が健全の目だということを証明するかのように、私たちの周りをすり抜けていく浴衣を着た若い女性には少しも目をくれず、山の麓の方をただ眺めていた。

「……あ、秀雪くんだ」

 人混みの向こうから秀雪くんが現れる。集合時間ほぼピッタリだった。秀雪くんも私たちの姿を確認したようで、私たちに「よっ」と手を上げながら合流する。

「あ、浴衣で来る感じだった? 私服で来ちゃったよ」

「相談してなかったもんね。でもいいんじゃない、新鮮だし」

 私がそうフォローを入れる。着慣れているであろう黒のTシャツというラフな姿も、彼らしいと思う。

 秀雪くんは浴衣姿を「かわいい」とは言ってくれなかったけど、私の名前を呼んで「いいな、その浴衣」と言ってくれた。もちろん、他の女の子二人も同じことを言っていた。ただ、偶然かもしれないけれど、私の浴衣を一番最初に褒めてくれたのは、夏祭りのワクワクを超えるドキドキを与えてくれた。この人混みに紛れて、赤くなった頬がバレないことを祈る。

 屋台が並ぶ通りには、ソースやはちみつなど様々な匂いが溶け込んでいた。浴衣姿の四人と、私服姿一人。周りから見ると、どこか浮いているように見えるかもしれないけれど、私たちの中で五人は平等に溶け込んでいる。

 もし、ここで恋人とか、それに近い関係だったら、遠慮なんてせず手をつなげるんだろうな。届かない願いは心のうちに秘めておくだけにして、せめてでもと、隣を歩く水飴の子とそっと手をつないだ。

 おかしくも五人の好みはそれぞれバラバラだったため、1人行動をしながら色々なものを買い込んだ。チョコバナナ、焼きそば、かき氷、たこ焼き、それに、りんご飴。途中にあった公園のベンチで横一列に座り、暗い中でも輝くそれらを口の中いっぱいにほおばった。

 私が大好きなピカピカとした艶で多くの人を虜にするりんご飴。飴を割り砕くと、中に閉じ込められていた蜜の甘い香りが、りんごの甘酸っぱさとともに口いっぱいに溢れ出した。

「よかったら、それ一口ちょうだい」

「いいよ、はい!」

 そんな甘い匂いにつられたのか、隣に座っていた水飴の子が私にりんご飴をねだってくる。私は、かわいいおねだりには到底断ることなんてできず、むしろ快くりんご飴を彼女の口に向ける。彼女は遠慮なんて言う言葉を捨てたかのように、かぷっとかぶりついた。
そして、夏の始まりを優しく教えてくれるような笑顔で「甘酸っぱい!」と感想を伝えてくる。

「なあ、たこ焼きいる?」

「えっ、いいの?」

 今度は秀雪くんから私にたこ焼きをお裾分けしてくれた。使っていない新しい爪楊枝をもらって、まだ湯気の立っているたこ焼きを「熱いから気を付けなよ」と注意付きで渡してくれた。「流石に高校生なんだから大丈夫だよ」と心配に感謝しながらも、ここは意地を張る。

 油断していたのがいけなかったのだろうか、たこ焼きは想像以上に熱を帯びていて、私の口の中をおいしさとともに襲ってきた。口の中でふーふーと息を吹きかけて必死に冷まそうとするが、それだけでは不十分だった。なんとか、おいしさを感じながら食べたものの、口の中は消火器を求めていた。

「おいしかったけど、口の中が火事だよ」

「だから注意したのに」

 秀雪くんは私のドジさを見て思わず呆れ半分の笑みがこぼれている。たしかに私は「まだまだ子供でした」と認めざるをえない。水飴の子が「何か飲み物買ってこようか?」と言ったが、秀雪くんは早く求めていた私を見てか、持っていた水を取り出して「これでも飲みな」と勧めてくれた。

「ありがとう」

 受け取った水を一口飲むと、冷たさが口の中の火事を和らげてくれる。その反面で、秀雪くんの優しさとある感情が遅れて熱となって全身を駆け巡った。こういう些細な気遣いが、いつもより少しだけ特別に感じられるのは、きっと夏祭りのせいだけじゃないだろう。そして、こういう状況でどこか期待していたお決まりができるとは思ってなかった。その水は私がのむ前から一口分水がなくなっていた、といえばもう悟ることは容易だろう。残っていたりんご飴を食べたけれど、さっきよりも何十倍も何百倍も甘酸っぱい。

 皆が食べ終わると、私は率先して持ってきていた袋にごみを集め、ごみ箱に捨てに行くことにした。決して好感度を狙ったわけではない。私をグループの一員として認めてくれるせめてものお礼だ。公園の隅にあった祭り専用のごみ箱に入れているところで、杖を突いたおばあさんに声を掛けられた。うろ覚えだけれど、たしか、前に電車で席を譲ったことがあるような気がした。

「青春って輝かしいね。あそこにいる、四人と一緒に来たのかい?」

「はい、四人と来ました!」

 このおばあさんにも青春があったことは間違いない。それもきっと輝かしかっただろうけれど、今の私たちを羨ましそうな目で見ている。それはきっと、青春の一ページは、流れ星のようにあっという間で儚いからこそだと、このおばあさんと比べるとまだまだ幼稚な私でも感じ取れる。たしかに遠くから見ると、四人のいるあの一点だけは別世界のようにも思える。

「誰が誰と付き合ってるんだい? ……あ、ごめんなさい。失礼なこと聞いて。忘れて」

「いや、全然大丈夫です。でも、どうなんでしょうね。誰かと誰かが結ばれてほしいような、全員が平等にこのままでいてほしいような。……つまり、まだ誰も付き合ってないんですよ」

 もし、仮にこのグループの中で誰かが付き合ったら、間違いなく形上は歓迎はするだろう。でも、心からの歓迎ができるのかどうかはまだわからない。だから私も誰かを好きでも、それを伝えることはできない。ずるいながらも、まだこの宝物のような景色を、皆と同じ視点から見ていたいから。 

「そうなのかい。話しちゃってごめんね。じゃあ、楽しんでね。そういえば、花火を見るなら丘の上の公園がおすすめよ。意外とそこから見えること知られてなくて、人も少ないから」

「そうなんですね、ありがとうございます!」

 おばあさんに一礼して、その場を後にした。皆には、何を話していたのかと聞かれたけれど、おばあさんから教えてもらった花火のおすすめスポットの情報だけを教えた。皆もそれに賛成してくれてて、花火はそこで見ることになった。とはいえ、花火まではまだ少し時間がある。

「この後どうする? 五人で一緒に行くと邪魔になりやすいし、二グループにでも分かれる?」

 海虎くんの提案に、みんなが頷く。

「じゃあ、グッパでいい?」

 そこで私は、グッパを提案した。

 あっさりと一回目で決まってしまう。どこか小さな期待していたけれど、運命に逆らおうとか思わない。

 私はグッパの結果、海虎くんと二人で回ることになった。たしかに秀雪くんと回りたかった気持ちはあるけれど、それよりも今はこのグループの中の誰でもいいから、一つでも多くの思い出を刻む方が私には必要だった。

「ねえ、??はいつもお祭りで何やってる? 僕は射的とかよくやるな」

「実は私、あまりお祭りに来たことないんだよね。だから、今、すごく幸せなんだ」

 数えるほどしかない経験だけど、一番美しかったお祭りの思い出は一度だけお母さんがまだ元気な時に来たこのお祭りだ。私が「あのぬいぐるみ、欲しい!」と駄々をこね、お母さんが何度も挑戦してやっと手にしたぬいぐるみは、今でも変わらないまなざしのまま、私を見守ってくれている。

「そうか。じゃあ、あれとか取ってあげるよ、ヨーヨー」

「えっ、本当!?」

「ああ、見てなよ」

 小さな子供がヨーヨーをポンポンと叩きながら私の横をあっという間に通り過ぎていった。それを目にして、ヨーヨーで遊ぶ無邪気な私の姿でも思い描いてしまったのだろうか。

 海虎くんは近くにあったヨーヨー釣りの屋台で、さっそく年季の入った髭の濃いおじさんにお金を払う。いつの間にか真剣な目に代わっていて、水の流れなどから、どのようにとるべきか見極めているようだった。どれがいいかと聞かれたので、私の視線にあったピンクの水紋柄のヨーヨーを指差した。

 彼の手元から、水面へと慎重に針が降りる。そして、ゆっくりと私が選んだヨーヨーが釣り上げられる。そして、「自分用」と言いながら私のと全く同じ柄のヨーヨーをもう一つ釣り上げていた。

「お揃いだね」

 手にぶら下げながら二つのヨーヨーがぽんぽんと音を立て触れ合う。遠くから写真で撮ったら、きっと同位体のように見えるのだろう。

「うん、お揃い。海虎くんってああいうの意外と上手いんだね。どちらかというと細かい作業は苦手だと思ってたから」

「そうか? あっ、でも型抜きは苦手だな。壊れやすいお菓子を針でくり抜くやつ」

「そうなんだ」

 その後も、「射的やってみたい!」と海虎くんにねだるようにお願いし、海虎くんに教わりながら、射的をした。でも、なかなか落ちてはくれない。最後の一球が、小さなお菓子に命中し、ゆっくりと落下した瞬間、私たちは思わずハイタッチしてしまった。そのお菓子を食べながら、少し早いけれど、花火を見る約束をしたところまで歩く。彼は慣れない下駄を履く私の歩くスピードを気にしながら、先導してくれた。

 面白い。嬉しい。楽しい——。けれど、そのような感情を切り裂くように、人混みの向こうに「あの人」の姿が見えた。

 きくよさん。見知らない男の人と腕を組み、にっこりと笑っている。私たちは、すれ違う。きくよさんは私が下を向いたので私の姿に気づいていないようだったけれど、どこか現実に強く引き戻された感じがした。今日はそのことを忘れようと、嫌なことをノートに書き出して破り捨ててきてからこの祭りに来たというのに。

 集合場所には、私たちが先着したようだ。ここならたしかに人が少なく、建物の影響も少ないので、思いっきり夜空の景色を掴めそうだ。

「あ、お待たせ、二人とも!」

 それから少しして、三人とも合流する。

「??ちゃんたちの方はなにしてたの?」

「射的してたよ。このヨーヨーは海虎くんが取ってくれたんだ」

 秀雪くんの右手には赤い金魚が入った袋を持っていた。他の二人はくじ引きでもしたのだろうか、振ると紙の蛇腹がビヨーンと伸びて元に戻るペーパーヨーヨーというおもちゃで遊んでいた。私は海虎くんに取ってもらったランタンのように繊細な美しさ放つヨーヨーを見せびらかした。

 ——その時。

 「バン」という音が鳴り響く。一発目の花火が打ち上がった。

 そして、少し遅れてから鮮やかな光が真っ暗闇の夜空に輝きだす。

 夏の訪れをいつの間にか知らせに来た。

 いつかの日に見た景色と似ている。

 目を閉じてもその一瞬の間にまた次の花火が打ちあがる。思わず私たちは一歩、また一歩前へ出てしまう。

「わあ」

「きれい」

 私は空に向かって手を伸ばしてみたけれど、もちろんその手が空に届くことはない。でも、ここにある幸せは掴めたような、そんな気がする。どうして、私たちはこんなにも単純なのだろう。ただ夜空が誰かの手によって輝かされるだけで、心を研ぎ澄まされる。
 
 私は花火に気を取られていたためか、隣にいた秀雪くんに不意に肩が軽くぶつかってしまう。

「なんか、??も花火みたいにいい瞳してるな」

「……え? 花火みたいに?」

「うん」

 その意図を全く私は理解できなかったけれど、きっと誉め言葉なんだろう、それだけは理解できた。そんな秀雪くんの服からは、花畑のような柔らかい香りがした。きっと柔軟剤だろう。おしゃれに無頓着とか勝手に思っていたけれど、意外とそういうところもあるのかもしれない。いつもの制服からは感じられない、初めて嗅いだ匂いだったから。

 この先、どんなことが起ころうと、もう五人でこの花火すら見えなくなろうと、この瞬間だけは大切にしたい。奪われたくない。だから今、こうやって仲良く花火を見つめながら五人でいれることは、何よりも輝いている。

「??ちゃん、きれいだね」

「うん……離れたくないね」

 クライマックスに入ったのか、さっきよりも勢いよく、でも夜空を静かに引き裂き、彩るように花火は次々に打ち上がった。瞳が離れないのではなく、離してくれない。そんな景色が今の私の目には映っている。この空というキャンパスからはみ出た花火すらも、私たちが受け止めた。

 光の雨がもうすぐ止んでしまう。

 最後の花火が、大空に打ち上がったとき 、私は手を握りながら、強く願っていた。

 ——ずっとこのままでいたい、大きなことは望まない、この普通の日常が私にとっての幸せだ、だから守ってください、と。

 全ての花火が打ち上がると、いつまでも私の瞳に残像が残るように、数秒間、空を見上げていた。もう見えないのかと思うと、寂しさはある。でも、それは確実に時間が進んでいることを教えてくれるようで、 いつの間にか受け入れることができた。