「よし、全員赤点回避だ!」
「これで心置きなく、皆で夏祭りに行けそうだね」
「でも、やっぱり高校のテストは中学よりも難しいね」
「平均超えれなかった教科も多いし」
「私も数学は赤点ギリギリだった」
テスト期間が終わり、教室には解放感が満ちていた。苦手な数学も、赤点ギリギリではあったけれど、勉強会のおかげもあり、滑り込むことができた。全教科の総合点でいうと、平均点とほぼ同じであり、私としてはかなりの上出来だ。とはいえ、心が晴れ間を見せることはない。
それにしても、なんだか最近、さらに疲労感が増してきている。鉛のように体が重い。昨日は、きくよさんに頼まれていたファッション雑誌を買い忘れて、右頬を平手打ちされ激痛が走った。一昨日は、味噌の分量を間違えて作ってしまった味噌汁を、目の前でひっくり返されてしまったのもあるかもしれない。お父さんが帰ってくるまで、あと少し。そう自分に言い聞かせても、私の心が持つか不安でならない。
「テストお疲れ様記念に、駅前にできたお店でパフェでも食べない?」
海虎くんの提案に、他の三人はいいねと口を合わせながら、どれを食べようかとスマホで検索し始める。三人の画面に映るキラキラとしたフルーツが乗る様々なパフェ。もちろん、パフェは好きだし、いつもなら飛び込むように探してしまうが、今はなぜか一秒でも早く大の字になってベッドに横になりたい。せめてもの願いとして、今日の夕食づくり、誰かに代わってもらいたい。
「ごめん、テストで全力出し切っちゃって疲れたみたい……。今回はパスさせて」
「そっか、無理しないでね」
「ありがとう」
水飴の子の優しい言葉が、今の私には絆創膏のような役割をしてくれる。でも、私がこうやっていくと、いつか四人は私の存在を、なかった架空の存在としてしまう日が来るのかもしれない。この中の一人は一度、SNS事件でグループから居場所を失いかけた。私が力になれたかは怪しいけれど、このグループの協力によって無事に再び居場所を取り戻し、前よりも日々を輝かしながら過ごせている。そんな風に私も誰かが助けてくれるのだろうか。
「ねえ、家まで送ろうか?」
「いや、大丈夫。じゃあね、皆」
こうやって海虎くんからの優しさすら素直に受け取れない私なのだから、きっと自分だけのブラックホールに押し込んだままなのだ。
ようやく駅に着いたけれど、今日もいつも通り、家に直行することはできない。あのスーパーによってから家に帰る。
「今日は簡単に、焼きそばでいいかな……でも、最近もそうだったし、あの人は怒るかな」
思わず独り言がでるサインを私は知っている。流石に今日は秀雪くんとは会わないだろう。だから、それは気にならなかった。
焼きそばとなると、今回はランクの高い肉を選ばなきゃ間違いなく怒るだろう。「手を抜いた」と思われないアレンジも必要になる。罵られないようにするには、一時たりとも油断はできない。
「——??ちゃん」
「えっ、どうして……? 皆と一緒にいるんじゃ」
秀雪くんではなかった。けれど、グループの女の子——わたあめの子。住所は知らないけれど、少なくとも私の家と近くはないことは確かだ。わざわざこのスーパーに来るとは思えないし、今頃四人はパフェを食べに行っているはずだ。となると、意図的だろうか。疲労感に満ちた顔を隠すために、急いで作り笑顔をする。
「秀雪くんに頼まれて来ちゃった。今日も親が出張かなにかで、おそらく自分で作るんだろうな、みたいなこと言ってて。ただ、男の子だと変に気を使うだろうと思ったのかな、私に任されたの。そして来てみたら案の定、ここで会えたね」
そして、秀雪くんには「??には内緒にして」と言われたけれどと前置きをしつつ、スーパーで会った後も、この辺りで時々、両手に下げた買い物袋を持つ姿を見かけていたと教えてくれた。それと今回のこともリンクし、何かあると思ったのだろう。
「そうなんだ。……完全に私の負けだな。でも、パフェは?」
「あ、それがそのお店、今日休みみたい。行かなくてよかったよ」
隠れた優しさというのはこういうことを指すのかと思うと、やはり秀雪くんにはかなわないなとしみじみ思う。だけれども、まだ私の家の家庭事情をはっきりとは把握できていない部分は、どこかよかったと感じてしまう。
私はカゴに入れたものを棚にそっと戻し、何も買わずにスーパーを出る。そして、彼女を私の家へと招いた。今日はテスト返却のみだったので、お昼過ぎには学校が終わったため、まだきくよさんが家に帰るまでは時間がたっぷりある。詳細は言わなかったけれど、今日だけは甘えさせてもらうことにした。
「本当に作ってくれるの?」
「うん。冷蔵庫のもの、勝手に使ってもいい?」
わたあめの子は早速キッチンに立つと、私が普段着ているカメが描かれたエプロンを締め、気合を注入しているようだった。私よりも彼女が着た方が何倍も似合うじゃないかなんて思う。
「うん、もちろん。任せるよ」
料理経験もあるということなので、彼女に料理のことは任せることにした。手際よく包丁を動かし、トントンというリズミカルな音が、静かすぎるこの部屋に響いた。
私は彼女に甘えて、泥のようにベッドに体を預けた。太陽がまだ出ているこの時間に、ぬくもりを感じながら布団に包まれ、夢の中に潜り込んでゆっくりと時間を進めた。
どこまでも広がる草原を、森の中にいるリスなどの動物や、小さな妖精たちと走り出す——私にとって、穏やかで静かな夢。
どうやら、一時間半ほどその夢の中で過ごしていたようだ。目が覚めたとき、どことなく気持ちいいと思えたのはいつぶりだろう。目を覚ましてキッチンに向かうと、出汁のいい香りがすっと鼻の中を抜けていく。
テーブルには、肉じゃがやきんぴらなど、栄養バランスが考えられた数々の料理。どうやら、作り置きまで用意してくれたようだった。
「すごい! 本当にありがとう。助かったよ」
「うん、お口に合うと言いな。味見してみて」
差し出された小皿を口にする。肉じゃがだ。私が普段作る味とはどこか違う。……ただ、ずっと昔、私が小さかった頃にお母さんが作ってくれたような、懐かしい味がした。私の心の中にまで沁み込んでいき、思わず涙を流してしまう。
「おいしい……っ」
言葉にならない思いが溢れる。「おいしい」なんていうありきたりの言葉じゃ、どこか物足りない。ただ、どう伝えればいいのかわからず、彼女の瞳を見た。彼女は「感想なんていらない」といい、にっこりとした笑顔で、他の小皿に盛られた料理をすっと渡してくれた。これも、懐かしい。
彼女と一緒に片付けを終えると、気づけばもうこんな時間だ。きくよさんが帰る前に彼女を送り出す。玄関で、私は何度も「ありがとう」を繰り返した。
「本当にありがとう。助かった」
「いつでも助けるから。私も皆に助けられてるしね!」
「秀雪くんにも感謝しないと……」
「そうだね。それより、もうすぐ夏祭りだね。??ちゃんは浴衣着る?」
「着ていきたいな……。でも、男の子二人がエロい目で見てこないか心配だな……」
「ははっ、そうだね。でも??ちゃんの浴衣、似合うと思うけどな。考えておいてよ。じゃあ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
彼女のおかげで、私はいつの間にか冗談を言えるまで心が回復していたようだ。とはいえ、浴衣、やっぱり着ていこうかな。秀雪くんが私の浴衣姿をみたら少しばかりでもいいけど、「かわいい」って言ってくれるだろうか。海虎くんならば、もしかしたら素直にその言葉を言ってくれるかもしれない。そんなサイダーから透かして見える景色のように、淡い期待を持てるのであれば、着ていっても損はないと思う。



