(また別のとこ、探すかな……)
5段しかない階段をゆっくり上り、俺は明日からのことを考える。まさか落ちることは無いと思っていた派遣の面接。
(くそっ……もう面倒くさくなってきた……)
(チッ……イライラする)
「新しい所を探す必要がある」ということだけでも、小さなプライドが傷ついたような気がして……無性にイライラしてくる。「金なら何とかなるんじゃないか?」そんな気さえ、してくる。
(はぁ)
足元に落ちている白い紙をぐしゃりと踏みつけて、ポケットをガサゴソとまさぐる。鍵を取り出した時だった。
「……にゃぁー……ん」
俺の足元に、猫がいた。
「うわあ!!!」
小さな黒猫。左足の近くで……俺の顔を見上げて鳴いていた。
「お前……何だよ……」
一応、周囲を見渡してみる。でも……誰もいない。誰かが猫を俺に放ったわけじゃないらしかった。俺の住む平屋は、昼も夜も……働きに出ている人が多い。そのため犬や猫の鳴き声なんか、今まで全然聞いたことがなかった。
「にゃあ!」
「にゃーーー……」
子供の頃から猫を飼ったこともなければ、撫でたこともない。別に嫌いというわけじゃないけれど……積極的に野良猫に近づいていくこともなかった。初めて間近で見る、黒猫の瞳。思ったよりも大きくて、「何だか人間みてぇだな」と思った。
「……あっち行きな」
「にゃああああ……」
「うるせぇなぁ……あっち行けって言ってんだろ?」
「にゃーーー……」
「何言ってんのか分かんねぇよ」
石ころだったら、左足でカン!と蹴とばしていたかも知れない。左足の筋肉が、一瞬だけピクリと動いたけれど……猫を蹴る気持ちにはなれなかった。
「……じゃあな。うち、金ねぇから」
「どっかの金持ちのとこ、行きな」
ピシャリとドアを閉じて、内側から鍵を掛けた。
「にゃああーー……」
「にゃーーーーー……」
「ああああ……」
(はぁ……何しに行ったんだよ、俺は……)
ギュッ……ギュッ……と右手だけでネクタイを緩めていきながら、ヨレヨレのジャケットを椅子に掛ける。「無料で行ってんじゃねぇんだよ」と思いながら、いつものジャージに着替え、煙草に火を付けた。
「にゃああああーーー……」
「あおおおおーーー……ん……」
(んだよ……うるっせえなぁ……)
(まだ鳴いてやがんのかよ)
(面倒くせぇ)
俺が家の中に入ってからも、外で鳴き続ける黒猫。うるさい音をかき消すためにベッドに横になりながら……イヤホンを付けて動画を観ることにした。
――
――
――
(あっ……)
スマホが俺の体に倒れた拍子で、目が覚めた。
(あ……あぁ……寝ちゃってたのか)
「うーん……」と体を起こすと、目の前にはぐちゃぐちゃに投げ散らかされている、俺のTシャツや服が山のようにある。カーテンの間から差し込む光も、だいぶ傾いていて、スマホに目をやると、時間はもうすぐ夕方6時になろうとしていた。
(飯と洗濯……)
晩飯も買いに行かないといけない。それに……真美子がやってくれなかった、俺の服の洗濯。そろそろやっておかないと、次の日に着る服が、もうない。
(……仕方ねぇな)
(行くか……)
金はかかるけれど、仕方ない。俺はコインランドリーに行くために、ゴミ袋に服を適当に投げ入れる。待っている間に、コンビニに弁当を買いに行こうという作戦だ。まだ金はある。
ガサっとパンパンになったゴミ袋を肩に下げ、玄関のドアを開ける。
(……!)
玄関先に……さっきの黒猫が、まだいやがった。
はっと俺の方に振り返って「にゃーーーーー……」と懇願するような顔で鳴いている。
「……邪魔だって。どけよ」
俺は顔を見上げて鳴いている黒猫を無視するかのように、ゴミ袋を車にボンと投げ捨てるように置いて……車のエンジンをかけた。
5段しかない階段をゆっくり上り、俺は明日からのことを考える。まさか落ちることは無いと思っていた派遣の面接。
(くそっ……もう面倒くさくなってきた……)
(チッ……イライラする)
「新しい所を探す必要がある」ということだけでも、小さなプライドが傷ついたような気がして……無性にイライラしてくる。「金なら何とかなるんじゃないか?」そんな気さえ、してくる。
(はぁ)
足元に落ちている白い紙をぐしゃりと踏みつけて、ポケットをガサゴソとまさぐる。鍵を取り出した時だった。
「……にゃぁー……ん」
俺の足元に、猫がいた。
「うわあ!!!」
小さな黒猫。左足の近くで……俺の顔を見上げて鳴いていた。
「お前……何だよ……」
一応、周囲を見渡してみる。でも……誰もいない。誰かが猫を俺に放ったわけじゃないらしかった。俺の住む平屋は、昼も夜も……働きに出ている人が多い。そのため犬や猫の鳴き声なんか、今まで全然聞いたことがなかった。
「にゃあ!」
「にゃーーー……」
子供の頃から猫を飼ったこともなければ、撫でたこともない。別に嫌いというわけじゃないけれど……積極的に野良猫に近づいていくこともなかった。初めて間近で見る、黒猫の瞳。思ったよりも大きくて、「何だか人間みてぇだな」と思った。
「……あっち行きな」
「にゃああああ……」
「うるせぇなぁ……あっち行けって言ってんだろ?」
「にゃーーー……」
「何言ってんのか分かんねぇよ」
石ころだったら、左足でカン!と蹴とばしていたかも知れない。左足の筋肉が、一瞬だけピクリと動いたけれど……猫を蹴る気持ちにはなれなかった。
「……じゃあな。うち、金ねぇから」
「どっかの金持ちのとこ、行きな」
ピシャリとドアを閉じて、内側から鍵を掛けた。
「にゃああーー……」
「にゃーーーーー……」
「ああああ……」
(はぁ……何しに行ったんだよ、俺は……)
ギュッ……ギュッ……と右手だけでネクタイを緩めていきながら、ヨレヨレのジャケットを椅子に掛ける。「無料で行ってんじゃねぇんだよ」と思いながら、いつものジャージに着替え、煙草に火を付けた。
「にゃああああーーー……」
「あおおおおーーー……ん……」
(んだよ……うるっせえなぁ……)
(まだ鳴いてやがんのかよ)
(面倒くせぇ)
俺が家の中に入ってからも、外で鳴き続ける黒猫。うるさい音をかき消すためにベッドに横になりながら……イヤホンを付けて動画を観ることにした。
――
――
――
(あっ……)
スマホが俺の体に倒れた拍子で、目が覚めた。
(あ……あぁ……寝ちゃってたのか)
「うーん……」と体を起こすと、目の前にはぐちゃぐちゃに投げ散らかされている、俺のTシャツや服が山のようにある。カーテンの間から差し込む光も、だいぶ傾いていて、スマホに目をやると、時間はもうすぐ夕方6時になろうとしていた。
(飯と洗濯……)
晩飯も買いに行かないといけない。それに……真美子がやってくれなかった、俺の服の洗濯。そろそろやっておかないと、次の日に着る服が、もうない。
(……仕方ねぇな)
(行くか……)
金はかかるけれど、仕方ない。俺はコインランドリーに行くために、ゴミ袋に服を適当に投げ入れる。待っている間に、コンビニに弁当を買いに行こうという作戦だ。まだ金はある。
ガサっとパンパンになったゴミ袋を肩に下げ、玄関のドアを開ける。
(……!)
玄関先に……さっきの黒猫が、まだいやがった。
はっと俺の方に振り返って「にゃーーーーー……」と懇願するような顔で鳴いている。
「……邪魔だって。どけよ」
俺は顔を見上げて鳴いている黒猫を無視するかのように、ゴミ袋を車にボンと投げ捨てるように置いて……車のエンジンをかけた。



