「……合格?」
「どういうことだよ」
にっこりと微笑む真美子に、俺は尋ねた。
「だから。合格です」
「良くできました」
またにっこりと微笑む。
「にゃっ」
クロが俺に向かって、一声鳴いた。
「……合格?」
「うん」
「何が?」
「翔ちゃんに変わって欲しくて」
「……」
「……酷かったもん」
「……」
真美子に対して、俺は酷かったな……と思う。言葉遣いだってそうだし、そもそも「いて当たり前」とさえ、どこかで思っていた。
「すごいじゃない」
「……こんなに」
ぐるりと部屋を見回し、真美子は嬉しそうに言う。
「まぁ……な」
「クロがいるから……」
「へぇ。クロって言うんだね」
「まっ、まぁ……黒いから……」
「あははっ!」
何だか急に恥ずかしくなって、顔が熱くなった。今までは普通に「クロ」と呼んでいたけれど、名前の理由は単純なものだったから……
「良い名前だね。クロ」
「にゃっ!」
真美子に向かって、クロも嬉しそうに鳴いている。
「スゴイね。掃除されてる」
床をじーっと見つめながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?クロが落ちてるもん食ったら……大変だから。
「あっ……シャツ……ちゃんとかけてあるじゃん」
ハンガーにかけてあるシャツを見て、真美子が言う。
仕方ないだろ?バイトに着て行く服がねぇんだよ。
「……煙草の匂い、少し消えた?」
台所に向かってくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をしながら、真美子は言う。
仕方ないだろ?クロは煙草が苦手みてぇなんだから。
「布団も……万年床じゃなくなったかな?」
シワが減った布団をみながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?クロが一緒に寝てくるから……綺麗にしとかねぇと。
「仕事……ちゃんと始めたんだね」
俺を見つめながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?敷金30,000円が要るんだからよ……。
「まともになってくれたんだね」
「仕方ないな。戻ってきてあげよう」
真美子は俺ににこりと笑いながら言った。少し目が潤んでいるようにも見える……。
「ほっ……ほんとか?」
「うん」
「マジか! ありがとう!」
「ちゃんと『ありがとう』って言えるようになったじゃん……良かった……」
真美子が俺に抱きついてきた。
「……本当……良かった……」
「良かった……」
ぎゅぅっと俺に抱きついて……しみじみと言った。
「……クロの、お陰だな」
「にゃっ!」
エアコンの真下から、俺と真美子を見つめて、また鳴いた。
「ふふっ……可愛いね。クロちゃん」
「そういや……真美子は猫、平気なのか?」
「……」
「……何だよ、苦手か?」
もし真美子が……猫が苦手だったら、どうすれば良いんだ?と思いながら、俺は真美子を見た。
「実はね……」
少し間を置いて、ゆっくりと真美子がしゃべり始めた。
「……何? 猫……大丈夫ってことか?」
「うん。猫は大丈夫。好きなんだけど……」
「……? 何だよ」
「私がクロちゃんにお願いしたの」
「……お願い?」
「そう。『翔ちゃんを何とかして?』って」
「はぁ? ……どういうことだ?」
真美子は庭を掃除していた時に、クロがよく家の周りをうろついていたことに気が付いていたらしい。「可愛い猫だな」って思ってたんだそうだ。
「でね、私……お願いしたんだよ」
「『ね、ね……翔ちゃんを何とかしてあげてよ』って」
「『私だけじゃ……もう無理だから』って」
俺は真美子の話を聞いて、何も言い返せなかった。
「あの時の翔ちゃん、酷かったから……」
「家にお金が無いのに……仕事もしない。煙草ばっかり吸ってるだけで」
「暇さえあれば……パチンコに行って」
「言葉遣いだって酷いし、怒鳴るし……」
「私との将来を、真剣に考えてくれてるなんて……思えなかった」
真美子は一呼吸置いてから、こう言った。
「だから、黒猫ちゃんにお願いしたの」
「『昔の優しかった時の翔ちゃんに戻して?』って」
胸が痛かった。あの時は……真美子がそんな風に思っていたなんて……これっぽっちも考えたことがなかったから。そんな気持ちでクロに願いを託していたのか……。
「でもよ……どうやったんだ? クロは言葉をしゃべるわけでもねぇのに……」
「ご飯あげたの」
(……!)
「何だよ……そういうことかよ……」
クロと初めて出会った時。玄関先で俺の足元にやってきた。あれは……そういうことだったのか。真美子が飯をあげていたから……クロは「また貰える」と思って……俺の所に来たってことか……
「何だよ! やられたなぁー……」
俺は笑った。あまりにも綺麗に作戦にはまったと思ったから。
「あっ!」
俺は真美子が出て行った日のことを思い出して……声を上げた。
「もしかして……真美子が出て行った時」
「外でガサガサしてたの……クロにご飯あげてたのか?」
「そうだよ。『翔ちゃんのこと、お願いね』って」
真美子はパチン!と片目を瞑った。
「でも私も最後の賭けだったんだよ?」
「……翔ちゃんならきっと、猫ちゃんに優しくしてくれるはずって思ったから」
「動物をいじめるような人とはさ……一緒になれないよ」
そうか……気が付いたら俺は変わっていたのか。「面倒くせぇ」と思いながら、掃除したり……仕事したりしてたけど……クロが変えてくれたのか。
「……ありがとな」
俺はクロに向かって、お礼を言った。
「にゃっ!」
「気にするな」と言わんばかりの表情で、俺に向かって鳴いた。
「そうだ。じゃあ……クロはこのまま俺達と一緒に暮らして良いってことだよな?」
「当たり前でしょ……? 私達の恩人っていうか……恩猫だよ?」
「ね! クロ? 私も一緒になるけど……よろしくね?」
「にゃあー!」
クロは真美子に向かって、大きな声で嬉しそうに鳴いた。
【完】
「どういうことだよ」
にっこりと微笑む真美子に、俺は尋ねた。
「だから。合格です」
「良くできました」
またにっこりと微笑む。
「にゃっ」
クロが俺に向かって、一声鳴いた。
「……合格?」
「うん」
「何が?」
「翔ちゃんに変わって欲しくて」
「……」
「……酷かったもん」
「……」
真美子に対して、俺は酷かったな……と思う。言葉遣いだってそうだし、そもそも「いて当たり前」とさえ、どこかで思っていた。
「すごいじゃない」
「……こんなに」
ぐるりと部屋を見回し、真美子は嬉しそうに言う。
「まぁ……な」
「クロがいるから……」
「へぇ。クロって言うんだね」
「まっ、まぁ……黒いから……」
「あははっ!」
何だか急に恥ずかしくなって、顔が熱くなった。今までは普通に「クロ」と呼んでいたけれど、名前の理由は単純なものだったから……
「良い名前だね。クロ」
「にゃっ!」
真美子に向かって、クロも嬉しそうに鳴いている。
「スゴイね。掃除されてる」
床をじーっと見つめながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?クロが落ちてるもん食ったら……大変だから。
「あっ……シャツ……ちゃんとかけてあるじゃん」
ハンガーにかけてあるシャツを見て、真美子が言う。
仕方ないだろ?バイトに着て行く服がねぇんだよ。
「……煙草の匂い、少し消えた?」
台所に向かってくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をしながら、真美子は言う。
仕方ないだろ?クロは煙草が苦手みてぇなんだから。
「布団も……万年床じゃなくなったかな?」
シワが減った布団をみながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?クロが一緒に寝てくるから……綺麗にしとかねぇと。
「仕事……ちゃんと始めたんだね」
俺を見つめながら、真美子が言う。
仕方ないだろ?敷金30,000円が要るんだからよ……。
「まともになってくれたんだね」
「仕方ないな。戻ってきてあげよう」
真美子は俺ににこりと笑いながら言った。少し目が潤んでいるようにも見える……。
「ほっ……ほんとか?」
「うん」
「マジか! ありがとう!」
「ちゃんと『ありがとう』って言えるようになったじゃん……良かった……」
真美子が俺に抱きついてきた。
「……本当……良かった……」
「良かった……」
ぎゅぅっと俺に抱きついて……しみじみと言った。
「……クロの、お陰だな」
「にゃっ!」
エアコンの真下から、俺と真美子を見つめて、また鳴いた。
「ふふっ……可愛いね。クロちゃん」
「そういや……真美子は猫、平気なのか?」
「……」
「……何だよ、苦手か?」
もし真美子が……猫が苦手だったら、どうすれば良いんだ?と思いながら、俺は真美子を見た。
「実はね……」
少し間を置いて、ゆっくりと真美子がしゃべり始めた。
「……何? 猫……大丈夫ってことか?」
「うん。猫は大丈夫。好きなんだけど……」
「……? 何だよ」
「私がクロちゃんにお願いしたの」
「……お願い?」
「そう。『翔ちゃんを何とかして?』って」
「はぁ? ……どういうことだ?」
真美子は庭を掃除していた時に、クロがよく家の周りをうろついていたことに気が付いていたらしい。「可愛い猫だな」って思ってたんだそうだ。
「でね、私……お願いしたんだよ」
「『ね、ね……翔ちゃんを何とかしてあげてよ』って」
「『私だけじゃ……もう無理だから』って」
俺は真美子の話を聞いて、何も言い返せなかった。
「あの時の翔ちゃん、酷かったから……」
「家にお金が無いのに……仕事もしない。煙草ばっかり吸ってるだけで」
「暇さえあれば……パチンコに行って」
「言葉遣いだって酷いし、怒鳴るし……」
「私との将来を、真剣に考えてくれてるなんて……思えなかった」
真美子は一呼吸置いてから、こう言った。
「だから、黒猫ちゃんにお願いしたの」
「『昔の優しかった時の翔ちゃんに戻して?』って」
胸が痛かった。あの時は……真美子がそんな風に思っていたなんて……これっぽっちも考えたことがなかったから。そんな気持ちでクロに願いを託していたのか……。
「でもよ……どうやったんだ? クロは言葉をしゃべるわけでもねぇのに……」
「ご飯あげたの」
(……!)
「何だよ……そういうことかよ……」
クロと初めて出会った時。玄関先で俺の足元にやってきた。あれは……そういうことだったのか。真美子が飯をあげていたから……クロは「また貰える」と思って……俺の所に来たってことか……
「何だよ! やられたなぁー……」
俺は笑った。あまりにも綺麗に作戦にはまったと思ったから。
「あっ!」
俺は真美子が出て行った日のことを思い出して……声を上げた。
「もしかして……真美子が出て行った時」
「外でガサガサしてたの……クロにご飯あげてたのか?」
「そうだよ。『翔ちゃんのこと、お願いね』って」
真美子はパチン!と片目を瞑った。
「でも私も最後の賭けだったんだよ?」
「……翔ちゃんならきっと、猫ちゃんに優しくしてくれるはずって思ったから」
「動物をいじめるような人とはさ……一緒になれないよ」
そうか……気が付いたら俺は変わっていたのか。「面倒くせぇ」と思いながら、掃除したり……仕事したりしてたけど……クロが変えてくれたのか。
「……ありがとな」
俺はクロに向かって、お礼を言った。
「にゃっ!」
「気にするな」と言わんばかりの表情で、俺に向かって鳴いた。
「そうだ。じゃあ……クロはこのまま俺達と一緒に暮らして良いってことだよな?」
「当たり前でしょ……? 私達の恩人っていうか……恩猫だよ?」
「ね! クロ? 私も一緒になるけど……よろしくね?」
「にゃあー!」
クロは真美子に向かって、大きな声で嬉しそうに鳴いた。
【完】



