「……ただいま」

バイトを終えて、家に着く。夕方までクロは昼寝をしているから、起こさないように俺は小声で声をかけるようになった。

「にゃっ!」

でもダメらしい。俺が気を遣ってやっても……ご機嫌な顔で、帰宅する俺に挨拶をしてくれる。

「どうだったよ。留守番、ちゃんとできたか?」
「にゃっ!」

パトロールはOKらしい。変なことが起きずに、クロが病気とかにならないのが一番。そう思うようになっていた。

「水、替えてやるから。ちょっと待っとけ」

家の中に置いてある3ケ所の水飲み場。バイトから帰って、水を替えるのが俺のルーティンになっている。猫用のスポンジで容器もちゃんと洗う。

ジャーーーー……
ザーーーー……


水を流しながら、台所でクロが使っている容器を洗う。

その時だった。

ピンポ――……ン

玄関の呼び鈴が鳴った。俺はクロの容器を洗っている最中だ。どうせ押し売りだろうから無視をしようと決めていた。

ピンポーー……ン

「しつけぇヤツだな」と思いながら、新しい水を容器に入れてやる。

ピンポ―……ン……

3回目。少しいらっとしてきて「要らねぇよ」と追い返した方が早いと気付く。

「はい?」

ドアを開けずに玄関で声をかける。ガラスに映ったシルエットは女性に見えた。

「はい」
「……翔ちゃん?」

(……!)

ドアの外から聞こえてきたのは、真美子の声だった。俺は急いでドアの鍵を開ける。

「真美子……」
「翔ちゃん」

数秒、何も言えなかった。真美子は穏やかに微笑んでいるように……俺をじっと見つめていた。

「……どう? ちゃんとやれてる?」
「お……おぉ」
「入れてよ。寒いんだけど?」
「あっ……ああ……悪い」

一気に昔の感覚が戻ってきて……俺は不思議な気持ちになった。

「あら! 黒猫ちゃん!」

部屋に入るなり、真美子はクロの存在に気が付いたらしい。エアコンの下から真美子をじーっと見下ろしている。

「黒猫ちゃん!」
「にゃあー!」

クロが元気よく、真美子に挨拶をする。……嫌いってわけじゃなさそうに見える。

「いやっ、これは……その……」

俺は真美子にクロのことを、何て伝えて良いのか分からずに……慌ててしまった。

「ははっ」

真美子は急に笑いながら、カバンをクロの近くに置くと……部屋の中をきょろきょろし始めた。

「……うん」
「良いじゃない」

布団が敷いてある部屋で真美子は頷きながら、小さく呟く。

そして俺に向かってこう言った。

「予想以上だね」
「合格です」

何を言っているのか……全然分からない。
俺はぼんやりクロの側に立ち尽くしていた――