やんちゃな彼氏は、子猫で更生!

俺が住んでいる平屋の隣は、でっけぇ家が建っている。そこがうちの大家の家だ。年に何回か顔を合わせる時があるけれど、優しそうな顔をしたオバサン。1人で住んでるのかは分からない。他に住んでいるやつを見たことはない。

(……緊張すんなぁ)

床にぐちゃぐちゃに置いてある服の中から、恥ずかしくないヤツを選んで、押し入れを開ける。確か左奥に片付けてあるはずだった、アイロンを取り出した。

「面倒くせえなぁー……」

独り言を呟く俺に向かって、クロは「にゃん!」とキャットタワーの上から鳴いた。きっと「頑張って」とか……言ってんのか?

シュー……シュー……

白い蒸気を上げるアイロンを、ぎこちなく左右に動かす。真美子と暮らし始めて、恐らくアイロンを持つのは初めて。記憶にない。それどころか……小学生の頃に遊び程度に使ったくらいじゃないだろうか。

(だりぃ……)

「ま、良いだろ。これくらいで」

シワが所々に残ったシャツをうっとりと見つめた。

そう。この平屋はペット禁止じゃないけれど……俺はまだ大家にクロのことを伝えてなかった。「今日は行こう」「今日は行こう」と思っているうちに……数日経ってしまっていたのだ。

「じゃ、行ってくっからな。ちゃんと留守番しとけよ?」

きょとんとしているクロに、腹の底から声を出して……俺は大家の家に向かった。俺の家の隣だけれど。

(マジ緊張するわ……)

正直、面倒くさい。でもちゃんと言うのが筋だろうと思い、重くなった足を無理矢理動かして……玄関に向かって進んでいく。呼び鈴の前で5回深呼吸をした。

(ふぅぅぅぅーーー……)

(……よし、行くか!)

ピンポーー……ン……

住んでいる人が少ないからなのか、家の中に音が響くのが、外まで伝わってくる。「留守か?」と思い、1分ほど待ってから再度押してみた。

(おい……いねぇのかよ……)

「良かった、会わなくて済むな」という思いと「ちゃんとクロのことを伝えておきたかった」という思いが、俺の中でぶつかっているからなのか……不思議な感覚になっていた。

(しゃーねぇな。……帰るか)

「またにするか」と向きを変えたその時。「はい」という声が、インターフォンから聞こえてきた。

(……!)

ドキッとして一瞬呼吸が苦しくなった。

「……どちら様ですか?」

女性の声。俺は呼吸をゆっくり整えてから、インターフォンに顔を近づけた。

「あっ……隣の家を借りている藤谷です」
「あぁ、ちょっと待ってて下さいね」
「はいっ」

一旦声は途切れて、2分ほどすると玄関のドアがガラッと開いた。

「あっ、藤谷です! いつも……お世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。どうかされましたか? 家の中……不具合でも?」
「いえ! 中は大丈夫なんですけど……」

できるだけ丁寧に……丁寧に……と思うと、なかなか言葉が出てこない。「もっと言葉遣い、勉強しときゃ良かったな」としゃべりながら思った。

「えと、実は……猫を飼いたいなと思いまして」
「あぁ、猫ですか」
「はい。確か……ペット禁止じゃなかったですよね?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「良かった……!」
「不動産屋さんには、私の方から伝えましょうか」
「すいません、ありがとうございます!」
「猫ちゃんは1匹までになるので……お願いしますね」

深く深く……俺なりに頭を下げて、大家の家を後にした。こんな俺だけれど、一応は丁寧に大家に挨拶ができたんじゃないか?と思う。

不動産屋には大家から言ってくれるらしいから……これで安心。ただ……俺は落ち込みながら家に帰った。

「猫を飼う場合は、敷金として30,000円取られる」

この大家の言葉は、金がない俺の心にズシンとのしかかってきた。