このアイドルグループは普通と少し違う。
“普通”のアイドルグループは、メンバーもマネージャーもプロデューサーももちろんみんな人間だろう。
しかし、このアイドルグループは、メンバーはみんな人間だが、運営スタッフはみんな猫なのだ。
しかも、飼い主の特性おやつを食べればなぜか人間の言葉を話せるし理解ができる。
そして、そんな猫達に育成されたアイドル達は気まぐれで、その日の気分によってはファンに対して神対応の時もあれば塩対応の時もある。
そんな“普通”じゃない不思議なアイドルグループに、私はいる。“普通”じゃないのは初めは嫌だったし、猫の運営陣は別に優しいわけではないけれど、たまに暖かい気持ちにしてくれる。だから私は“普通”じゃない、このアイドルグループが大好きだ。でもそうなれるまでには、かなり時間がかかってしまった___。
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アイドルになるにあたって、最初の立ち位置は重要だと思う。最初からセンターに立てるようなメンバーは今後も期待されるだろうし、実力があるから立てる位置だと思う。でも私は、端っこの位置にいる。
私が所属するアイドルグループは、私、夏羽すず、秋葉珠莉、冴木実瑠子の4人で構成されていて、センターは最初から実瑠子に決められている。
私の名前は春川志桜里。15歳でアイドルになったから学校に通いながらアイドル活動をしている。私は実瑠子と違って、元々センター志望だったかと聞かれると、そうとは言えなかったが、センターに選んでもらえるかもという期待を抱いていたのは確かだ。でもその期待はすぐに打ち砕かれた。実瑠子は真っ先に「センターになりたい!!」とメンバーや運営陣の前で宣言することができる、積極的な子だった。そして、そのままプロデューサーのララは実瑠子をセンターに抜擢した。もはや言ったもん勝ちだった。
そんな単純なやり方でグループのセンターを決めてしまったプロデューサーのララは、猫だ。ララだけじゃなく、マネージャーのラッシュ、チェキスタッフのルリ、ベロニカ、ブルンもみんな猫だ。猫しかいない運営陣に、私を含む《ライラッシュ》のメンバー達は育成されている。
こんな不思議な話は他にないと思う。猫が運営スタッフのアイドルグループなんて・・・。
「にゃー!にゃー!」
「え・・・」
声が下から聞こえたので下を見ると、薄茶色のフワフワな毛に身を包んだ愛らしい猫がこちらを見ている。
「ああ、ラッシュ・・おはよう。」
ラッシュ。ライラッシュのマネージャーを務めている。ミヌエットの愛らしい見た目とは裏腹にちょっと憎たらしい口調の猫だ。おまけに口うるさい。今はライブに向かう途中だったが、まさか道中一緒になってしまうとは。
ラッシュは普段は猫なので、当然人間の言葉を話せない。だから話したい時は飼い主である実瑠子特性おやつを食べさせなければならない。
事前に預かっている特性おやつ《ミルフード》をラッシュに食べさせる。
「にゃ。おはよう。なに朝からボーっとしてるんだにゃ。」
「い、いや別に!何も!」
「相変わらず朝から冴えない顔しているにゃ。アイドルになれて幸せじゃなさそうに見えるにゃ。」
「そんなことないよ!幸せだよ?!」
「そうか。ならいいにゃ。何か考え事している顔してたから気になったにゃ。考え事は溜め込むと体にも心にも良からぬ影響を与えるにゃ。気をつけるにゃ。」
「う、うん。分かった。」
ラッシュは言うだけ言ってさっさと先に走って行った。先に行ってくれてホッとした。ラッシュと会場まで向かう道中話し続ける気量は私にはない。なぜならラッシュは変に勘が鋭いからだ。ラッシュと話していると心の中を見透かされている感覚がするのだ。その感覚が私は苦手だ。
ラッシュに今の悩みを打ち明ける気はない。だいたい相談というのは気を許した信頼できる相手にするものであって、私はラッシュに気を許せていない。かといってメンバーに気を許しているかと聞かれると、微妙なところだ。
私の悩みは多いが、1番の悩みは自分の立ち位置についてだ。私は出だしからつまづいてしまいセンターにはなれなかったが、私が所属するライラッシュは4人構成だし、大人数アイドルグループと違ってセンターになれなくてもそれほど人気の格差は生まれないだろうと安直な考え方をしていた。
でも現実は違った。真っ先にセンターになりたいと手を挙げた実瑠子は、センターに立つと輝きを増して、レスがあろうがなかろうがファンが熱狂する存在感の強いアイドルになることができた。
それに比べて、私は端っこの位置で必死にファンにレスを送り続けても、レスを送った相手のファンは私をチラッとは見てもすぐに視線を実瑠子の方に戻してしまう。私のレスを望んでくれるファンはごく僅かだった。おそらくライラッシュの中で1番人気度が低いのが私だ。猫にクビ宣告を受けるのも時間の問題かもしれない。
「どうしたにゃ。」
「え!!」
突然また同じ声が聞こえ、下を向くとラッシュがこちらを無愛想な表情で見上げていた。
「どうしたの、ラッシュ。道戻ってきたの?」
「考え事に夢中になって信号無視したりしていたら危ないと思って来てやったにゃ。感謝するにゃ。」
意外と心配性なとこがあるラッシュ。考え事していたのも見抜かれているし・・・。
「・・心配性だなあー、考え事なんてしてないし大丈夫だってばー!」
そう言ってラッシュの背中をトントンし、先に会場に足早に向かう。後ろからラッシュの呆れたようなため息が聞こえる。
「はあ・・・人間とは分かりやすすぎる生き物だにゃ。」
本日のライブ会場に着くと、実瑠子がすでに会場入りしていた。こちらに気づくといつもの“アイドルスマイル”で話しかけてくる。
「志桜里ちゃーん!おはよう!聞いてよー!ララが今日のメイク濃すぎだーっていうの!朝早く起きて頑張って研究したメイクなのにー!」
ララとはライラッシュのプロデューサーを務めている猫だ。グレーの毛並みのハチワレ猫で、ちょっぴり毒舌で厳しい。そんなララが、やれやれといった感じで頭を抱えている。
「頑張って研究したのは良いことだが、やはりメイクが濃すぎてファンがドン引きする未来しか見えないにゃ。志桜里からも言ってやってくれにゃ。」
「え・・・」
言ってやってくれって言われても。実瑠子の人気度合いなら、少しぐらいファンにドン引きされるぐらいでちょうど良くなるんじゃないの。そんなことを思ってしまう。
「志桜里ならどんなメイクするにゃ?」
「え!」
いつの間にか後ろにいたラッシュが言う。
私なら___。
「私は___メイクは昔から“隠すもの”だと思ってきたし、マットな質感が好きだから、その・・そういうコスメを使っているけれど、実瑠子は元々肌に血色感があるし、肌が綺麗だから、マットよりツヤ肌になれる・・・このファンデの方が似合うと思うよ。」
私はそう言いながら、自分の化粧ポーチから普段はあまり使わないツヤ肌になるファンデーションを実瑠子に手渡した。
「あとは・・・チークの濃さは少し落として、色はこっちの方がおすすめかも・・・。」
そう言って今度はおすすめのチークパレットを化粧ポーチから出して実瑠子に手渡した。
「なるほど!めっちゃ参考になるー!ありがとう志桜里ちゃん!」
「ううん。」
こんなはずなかったのに。
実瑠子が私の今のアドバイス通りにしたら、たぶん実瑠子の可愛さが際立ってファンはまた増えるだろう。実瑠子の人気増加の手助けをするなんて___。
「早速メイク直してくるねー!」
すっかり上機嫌になった実瑠子は私のファンデーションとチークパレットを手にして、控え室に戻っていく。
会場には、私、ラッシュ、ララが残った。
「・・・そんな顔もするんだにゃ。」
ラッシュが呟く。
「え?」
そんな顔・・・私どんな顔していたんだろう?
「イキイキしていたにゃ。メイクの話をしている時。」
続いてララが言う。
そうなんだ。私って、メイクの話する時、顔がイキイキしてるんだ。
メイクは、アイドルを目指し始めてから勉強するようになった。学校は校則でメイクが禁止されていたから、学校から帰ってきたら動画でメイクの仕方を勉強し、何度も自分の顔にメイクを重ねてはクレンジングで落としを繰り返した。そして肌が荒れた。
肌が荒れてからは、普段から肌に良いとされる食べ物や飲み物を食事に取り入れるようになった。そして、無駄な買い物をやめてお小遣いをため、ネットでバズった色んな化粧水等を買っては試した。そして、肌の保湿を保ち、肌を傷つけない範囲でメイクの練習に明け暮れた。
メイクをしている時は、自分が可愛くなっていく実感が湧いて嬉しかった。メイクが上手くなった時は達成感があった。メイクのために努力している時間がとても楽しいと感じた。
メイクに関してはライラッシュの他3人の誰にも負けない知識と練習量をもつ自信がある。だから実瑠子に良いアドバイスができた。
「志桜里がメイクを好きだとは知らなかったにゃ。」
ララが言う。
「いつもナチュラルメイクしているし、同じメイクしているからにゃ。」
続いてラッシュが言う。
そう、アイドルになって最初の頃までは、気分によってアイシャドウを変えたりリップを変えたりなどしていたが、自分がセンターになれないと分かり、人気の格差を目の当たりにしてからは自信がなくなり、いつも同じメイクをするようになった。どうせメイクを変えたって誰も気づいてくれない、と___。
「最初の頃のメイクの方が良かったにゃ。」
ラッシュが言う。
「ちょっと今日は・・・メイク変えてみようかな。」
「ファンはよくアイドルを観察しているにゃ。自分の推しメンには、自信がないよりあってほしいと望むものにゃ。それに、色々試して積極的な子は応援していて楽しいにゃ。」
たしかに、自分の推しメンが自信なかったら私は悲しいと思う。もっと自信持っていいのにー!って言うと思う。私は自信ないと言いながら、色々試すということをしなくなってしまっていた。
もし私のメイクが変わったら、どれぐらいの人が気づいてくれるだろう。もしかしたら「全く変わらない」って思われるかもしれない。でも、見た目に大差なくても、心には大差がある。
メイクは、私を華やかな衣装に着替えさせてくれる。
この控え室の扉を開けて戻って来た時には、とっておきの私に着替えていて見せる。
こいつは変わったってみんなに思わせて見せる。
もう自信ないなんて言わない。
そうしていつか、実瑠子と肩を並べられるようになって見せる。
「まだ開場まで時間あるよね。みんなが来る前に、メイク変えてびっくりさせたい!」
「精進するにゃ。」
“自信ない”から“なって見せる”精神に変わった1人の少女は、昨日までとは違ったステージを見せてくれた___。



