突如として俳優・宍戸陸の熱愛報道が週刊文秋から発表された。
あまりにも予期せぬスクープにメディア各社は大いに湧いた。彼の所属する事務所や出演する番組を放送する局の前には記者がごった返して彼の出待ちをするようになった。テレビのワイドショーでも雑誌でもこの話題で持ちきりだった。
彼の所属事務所も大変な大騒ぎになった。事務所内で一番メディアに出演せず、それゆえにもっとも清廉潔白と言われてきた所属俳優のスクープだけに、事務所職員だけでなく他の所属俳優やタレント達にも激震が走った。
事態を重く見た事務所社長は宍戸本人とそのマネージャーを呼び出した。
「宍戸さん、今回の件についてだがね」
「はい」
「まずは単刀直入に訊こう、事実なのかな?」
「いえ、事実無根です」
「マネージャーの方でもそこは確認は取れているのかい?」
「はい、相手の方にも聞き取りを行いましたし双方のご友人やご家族にも伺いましたが根も葉もないただのでっちあげです」
「事実確認が早くてよろしい。ではこちらとしては何を聞かれても怖いことは無いわけだが、メディアはそんなことは関係ない。どう対処するのがいいと思うかな?」
「毅然とした態度で事実を話すしかないのでは」
「私もそれしかないかと」
「うーん、まぁ、そうなるよねぇ……」
「……社長は何かご不安が?」
社長が苦虫を噛み潰したような顔で二人を交互に見る。
「相手はメディアだからねぇ……アイツらは何が真実かなんて知ったこっちゃないからね。事実があろうと無かろうとその話題をただ面白おかしく伝えて民衆を煽って金が入ればそれで満足する連中だから。だからね、結局何を言っても意味ないというか火に油というか」
「…………」
室内に沈黙が充満する。
「……あの」
「うん?」
「一つ、案があるにはあるのですが」
「お、どんな案かな?真っ向から闘うってのはちょっとおすすめしないんだけど」
社長の言葉に言い出しっぺの宍戸は沈黙する。
「え、ほんとに?嘘でしょ?本気で言ってる?干されるよ?」
「いや、まぁ、一度理解らせてやるのも一興かな、と」
「いやいやいやいや一興って。失敗したら大惨事だよぉ?宍戸さんどころかこの事務所終わるよぉ?ほんとにやるの……?」
「個人的にはやりたいです」
「マネージャーはどう思う……?」
「私も止めたのですが宍戸さんの意思は大岩のように微動だにせず……。ですのでこちらとしては全力で後押しするしかないかなと……」
「なんで抑制剤になるはずのマネージャーも計画推進派になってるわけー?!」
社長は叫び、頭を抱え、呻き声を漏らした後、真っ直ぐに目の前の二人を見据えた。
「…………して、勝算は?」
「あります」
「よっし行ってきなさい!」
「え、いいんですか?」
「毒を食らわば皿までってことよ。いや、違うかな?まぁいいか。とにかく、好きなようにやるといいよ。責任はこっちが持つ。それが事務所の役割だからね」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……!!」
「あ、だからって無茶はしないでね?あまりにもやらかされるとこっちでも責任取り切れなくなるから」
「気をつけます」
「大丈夫かねぇ……。まぁいいや、気張ってきぃや!!」
翌日の夜、撮影終わりに宍戸がとある局の正面玄関に姿を現した。すぐさま待ち伏せていたメディア各社の記者やカメラが彼を取り囲む。
「宍戸さん、熱愛は事実なんでしょうか?!」
「報道の後も何も声明を発表されませんが釈明は?!」
「報道に対して感想は?!」
「なぜ今日まで一度もメディアの前に姿を現さなかったのでしょうか?!」
記者からの質問が雨あられのように彼に降り注ぐ。その豪雨の中で彼は一言も発しないままに右手を高く掲げた。水を打ったように記者たちが鎮まる。
「この中に俺の写真を撮った者がいるはずだ。名乗り出て来い」
記者たちの間にざわめきが拡がる。その中から「はい」と言う声が聞こえて記者たちはまた鎮まる。
「君か。所属と名前は?」
「週刊文秋の高橋です」
「そうか。では、君を訴えればいいのか?」
「……は?」
否定でも肯定でもなく、訴訟宣言。記者・高橋は予想だにしない方向から飛んできた変化球に一瞬たじろいだ。
「いやいやいやいや宍戸さん。あなた何を言っているんです?訴える?冗談じゃない。なぜこちらが訴えられなきゃいけないんですか?そもそもやましいことがあるのはあなたの方でしょう!いいんですか?裁判であなたが抱える事実をきっちり公表させていただきますよ?それでもいいと仰るのであれば私はええ、全くもって構いませんが……」
「さて、その事実とやらが俺にはどうも心当たりが無くてな。一体何に関する事実なんだ?」
「それはあなた自身がよくわかってらっしゃるはずでは?」
「ほう、あくまでも俺に言わせようとするか。ではサービスだ、言ってやろう。おい、全てのカメラを俺に向けろ。こんな記者の端くれなんぞ映像に入れるな。生放送しているカメラはいるか?いるなら正面に来い。よし、スタンバイできたか?いいな?」
宍戸は一息ついて目の前のカメラを真っ直ぐ見つめる。
「私、宍戸陸は、連日の熱愛報道において伝えられている事柄につきまして、徹頭徹尾全くの事実無根であることをここに宣言致します」
周囲の記者たちをも飲み込もうとするほどの威圧をもって発せられた言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。その様子を局の正面玄関の柱の陰に隠れて見ていた事務所の社長は唇の右端をあげてほくそ笑んだ。
「…………は?」
高橋は思わず呆けた声を漏らしてしまった。
「さて、君は事実無根の話をでっちあげて書き連ね、その情報を受け取る民衆を煽りに煽り、俺や俺の家族、熱愛の相手だと勝手に決め付けられたあの方やそのご家族、さらには双方のマネージャーや事務所の社長など数多の人に精神的苦痛を与えた訳だが。どうやって責任を取るつもりかな?」
「は、は、ははははははははは!なんです、自分の立場が危ういとなれば自ら出てきて脅しますか!全くもって芸の無いことを。そんなことをすればこちらは反対に報道の自由の侵害で訴える準備は出来ていますよ?」
「ではこちらはさらにプライバシーの侵害で訴えてやろう」
「はぁ?!ふざけるな!!何がプライバシーの侵害だ!芸能人たるもの、自身の日常が報道されるくらい当然のことだろう!」
「芸能人もただの人間だ。他人に踏み込まれたくない領域というのが存在する。それに土足で踏み込んで公衆の面前に晒すのは報道の自由でもなんでもなくただのプライバシーの侵害ではないのか?」
「そんなに嫌なら、そんなに自分のプライベートを大事にしたいなら、芸能人なんぞ辞めてしまえばいいだろう!こっちはあんたたち芸能人の秘密を暴くのが仕事なんだ!」
「それは違うんじゃないか?君たちの仕事は社会に関する様々な話題について、真実を一般にもわかりやすく伝えることだろう」
「っ……!そ、それはそうだが!というか、それを言うなら私はしっかりと責務を果たしていることになるはずだ!」
「いや、そうはならない。君は虚偽を報道してしまった。君は記者としての責務を果たしていない。その行為から見ればむしろ、記者の敵だと言った方が正しいのではないか?」
「記者の敵だと?ふざけるな!!私は歴とした記者であり、自らの責務を全うしている!責務を全うしない記者の敵はあなたの方だ!!いい加減、あの夜に行った自らの行為を、真実を、この場で自白したらどうなんだ!!」
「ほう、まるで俺が罪を犯したような物言いだな。では聞くが、俺が有罪である証拠などあるのかね?」
「そ、それはあの写真が一番良い証拠だろう!!」
高橋が宍戸の顔を指差す。その高橋の指が震えているのを見て宍戸はニヒルな笑みを浮かべて高橋を見据えた。
「君はその写真の後は見ていたのか?」
「写真の後?そんなの見なくてもわかる。一緒にどちらかの家に行ったかホテルにでも行ったんだろう」
「つまりは見てないんだな?」
「そ、それがなんだよ」
周囲の記者の熱が徐々に冷め始めているのを宍戸も高橋も気づいていた。カメラの向こう側にいる幾千幾万の人々もおそらくは傍観している記者たちと同じような状況にあるのだろう。少しずつ天秤は宍戸に傾き始めていた。
「それではあのシーンが熱愛だと勘違いするのも無理は無い。あの後、呼んだタクシーにあの人だけを乗せて、俺は別のタクシーを拾って帰っている」
「そんなの口ではなんとでも言えるだろう!それこそ証拠はあるのか証拠は!」
「ああ、あるとも」
そう言って宍戸は鞄から財布を取り出すと白いものを取り出した。それを広げて高橋の顔面に突きつける。
「これはあの日の夜に家に帰るために乗ったタクシーのレシートだ。日付と時刻がしっかりと印字されているのが見えるだろう?君が写真を撮った時刻と見比べてみろ、どうやっても熱愛してるような時間が無いことがわかるはずだ」
「で、でも!それは何かトリックを使って……!!」
「他にも局の玄関にある防犯カメラや街中の防犯カメラの映像、あの人を乗せたタクシーの運転手の証言、タクシーの運行履歴、俺が乗ったタクシーの運転手の証言、タクシーの運行履歴、あの人に同居人がいるならその人の証言、俺の同居人の証言、支払いに使ったクレジットカードの履歴、家にある防犯カメラの履歴など、そちらの持っている『証拠』とやらよりも何倍も信憑性がある証拠が数多くあるが?」
「…………」
宍戸に指を差したままの姿勢で固まった高橋の口からは震えて歯がぶつかる音が漏れ聞こえるばかりで、何の言葉も出ては来なかった。
「それでもなおその記事を取り下げず、謝罪せず、慰謝料も払わないのであればこちらは君と君の会社を名誉毀損とプライバシーの侵害と精神的苦痛を理由に訴えさせてもらう。残念ながら君には勝算の無い裁判になるが……当然だよな?大きな話題を作って雑誌が売れるようにする為だけになんの落ち度もない芸能人を血祭りにあげようとして虚偽の報道をしたんだから。しかも意図的に読み手を煽るように。君の方こそ弁解の余地もない明らかな有罪ではないか?そうだ、今ここで君のフルネームと顔を晒してあげようか?個人情報が特定されて袋叩きにあうのは時間の問題だろうな。そうすれば少しはこちら側の人間の気持ちも分かるというものではないか?自分自身が痛い目をみないと他人の痛みも苦しみも分からないんだろう?それならそれでいいじゃないか。だってそうだろう?それが君が今までやってきたことなんだろうからね。本当の意味での『報道の自由』とは何なのか、そしてその重さをその身を持って知るがいい」
もう既に、宍戸に熱愛の疑惑があるなどと考えている人物はこの場には誰一人としていなかった。
力が抜けて地面に崩れ落ちた高橋に一瞥をくれることもなく宍戸は一歩踏み出した。彼が通る道を作るかのように記者たちが身を引く。記者とカメラの花道を通って宍戸は歩道まで出て、既にそこに止まっているタクシーの前で立ち止まると未だに一言も発せないでいる記者たちを振り返った。
「ああ、そうそう。今日は夜遅くなると冷えるそうなので皆さんお気をつけてお帰りください。俺は一足先に失礼しますよ」
宍戸が乗り込んだタクシーは軽快なエンジン音を残してその場から去っていった。
あまりにも予期せぬスクープにメディア各社は大いに湧いた。彼の所属する事務所や出演する番組を放送する局の前には記者がごった返して彼の出待ちをするようになった。テレビのワイドショーでも雑誌でもこの話題で持ちきりだった。
彼の所属事務所も大変な大騒ぎになった。事務所内で一番メディアに出演せず、それゆえにもっとも清廉潔白と言われてきた所属俳優のスクープだけに、事務所職員だけでなく他の所属俳優やタレント達にも激震が走った。
事態を重く見た事務所社長は宍戸本人とそのマネージャーを呼び出した。
「宍戸さん、今回の件についてだがね」
「はい」
「まずは単刀直入に訊こう、事実なのかな?」
「いえ、事実無根です」
「マネージャーの方でもそこは確認は取れているのかい?」
「はい、相手の方にも聞き取りを行いましたし双方のご友人やご家族にも伺いましたが根も葉もないただのでっちあげです」
「事実確認が早くてよろしい。ではこちらとしては何を聞かれても怖いことは無いわけだが、メディアはそんなことは関係ない。どう対処するのがいいと思うかな?」
「毅然とした態度で事実を話すしかないのでは」
「私もそれしかないかと」
「うーん、まぁ、そうなるよねぇ……」
「……社長は何かご不安が?」
社長が苦虫を噛み潰したような顔で二人を交互に見る。
「相手はメディアだからねぇ……アイツらは何が真実かなんて知ったこっちゃないからね。事実があろうと無かろうとその話題をただ面白おかしく伝えて民衆を煽って金が入ればそれで満足する連中だから。だからね、結局何を言っても意味ないというか火に油というか」
「…………」
室内に沈黙が充満する。
「……あの」
「うん?」
「一つ、案があるにはあるのですが」
「お、どんな案かな?真っ向から闘うってのはちょっとおすすめしないんだけど」
社長の言葉に言い出しっぺの宍戸は沈黙する。
「え、ほんとに?嘘でしょ?本気で言ってる?干されるよ?」
「いや、まぁ、一度理解らせてやるのも一興かな、と」
「いやいやいやいや一興って。失敗したら大惨事だよぉ?宍戸さんどころかこの事務所終わるよぉ?ほんとにやるの……?」
「個人的にはやりたいです」
「マネージャーはどう思う……?」
「私も止めたのですが宍戸さんの意思は大岩のように微動だにせず……。ですのでこちらとしては全力で後押しするしかないかなと……」
「なんで抑制剤になるはずのマネージャーも計画推進派になってるわけー?!」
社長は叫び、頭を抱え、呻き声を漏らした後、真っ直ぐに目の前の二人を見据えた。
「…………して、勝算は?」
「あります」
「よっし行ってきなさい!」
「え、いいんですか?」
「毒を食らわば皿までってことよ。いや、違うかな?まぁいいか。とにかく、好きなようにやるといいよ。責任はこっちが持つ。それが事務所の役割だからね」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……!!」
「あ、だからって無茶はしないでね?あまりにもやらかされるとこっちでも責任取り切れなくなるから」
「気をつけます」
「大丈夫かねぇ……。まぁいいや、気張ってきぃや!!」
翌日の夜、撮影終わりに宍戸がとある局の正面玄関に姿を現した。すぐさま待ち伏せていたメディア各社の記者やカメラが彼を取り囲む。
「宍戸さん、熱愛は事実なんでしょうか?!」
「報道の後も何も声明を発表されませんが釈明は?!」
「報道に対して感想は?!」
「なぜ今日まで一度もメディアの前に姿を現さなかったのでしょうか?!」
記者からの質問が雨あられのように彼に降り注ぐ。その豪雨の中で彼は一言も発しないままに右手を高く掲げた。水を打ったように記者たちが鎮まる。
「この中に俺の写真を撮った者がいるはずだ。名乗り出て来い」
記者たちの間にざわめきが拡がる。その中から「はい」と言う声が聞こえて記者たちはまた鎮まる。
「君か。所属と名前は?」
「週刊文秋の高橋です」
「そうか。では、君を訴えればいいのか?」
「……は?」
否定でも肯定でもなく、訴訟宣言。記者・高橋は予想だにしない方向から飛んできた変化球に一瞬たじろいだ。
「いやいやいやいや宍戸さん。あなた何を言っているんです?訴える?冗談じゃない。なぜこちらが訴えられなきゃいけないんですか?そもそもやましいことがあるのはあなたの方でしょう!いいんですか?裁判であなたが抱える事実をきっちり公表させていただきますよ?それでもいいと仰るのであれば私はええ、全くもって構いませんが……」
「さて、その事実とやらが俺にはどうも心当たりが無くてな。一体何に関する事実なんだ?」
「それはあなた自身がよくわかってらっしゃるはずでは?」
「ほう、あくまでも俺に言わせようとするか。ではサービスだ、言ってやろう。おい、全てのカメラを俺に向けろ。こんな記者の端くれなんぞ映像に入れるな。生放送しているカメラはいるか?いるなら正面に来い。よし、スタンバイできたか?いいな?」
宍戸は一息ついて目の前のカメラを真っ直ぐ見つめる。
「私、宍戸陸は、連日の熱愛報道において伝えられている事柄につきまして、徹頭徹尾全くの事実無根であることをここに宣言致します」
周囲の記者たちをも飲み込もうとするほどの威圧をもって発せられた言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。その様子を局の正面玄関の柱の陰に隠れて見ていた事務所の社長は唇の右端をあげてほくそ笑んだ。
「…………は?」
高橋は思わず呆けた声を漏らしてしまった。
「さて、君は事実無根の話をでっちあげて書き連ね、その情報を受け取る民衆を煽りに煽り、俺や俺の家族、熱愛の相手だと勝手に決め付けられたあの方やそのご家族、さらには双方のマネージャーや事務所の社長など数多の人に精神的苦痛を与えた訳だが。どうやって責任を取るつもりかな?」
「は、は、ははははははははは!なんです、自分の立場が危ういとなれば自ら出てきて脅しますか!全くもって芸の無いことを。そんなことをすればこちらは反対に報道の自由の侵害で訴える準備は出来ていますよ?」
「ではこちらはさらにプライバシーの侵害で訴えてやろう」
「はぁ?!ふざけるな!!何がプライバシーの侵害だ!芸能人たるもの、自身の日常が報道されるくらい当然のことだろう!」
「芸能人もただの人間だ。他人に踏み込まれたくない領域というのが存在する。それに土足で踏み込んで公衆の面前に晒すのは報道の自由でもなんでもなくただのプライバシーの侵害ではないのか?」
「そんなに嫌なら、そんなに自分のプライベートを大事にしたいなら、芸能人なんぞ辞めてしまえばいいだろう!こっちはあんたたち芸能人の秘密を暴くのが仕事なんだ!」
「それは違うんじゃないか?君たちの仕事は社会に関する様々な話題について、真実を一般にもわかりやすく伝えることだろう」
「っ……!そ、それはそうだが!というか、それを言うなら私はしっかりと責務を果たしていることになるはずだ!」
「いや、そうはならない。君は虚偽を報道してしまった。君は記者としての責務を果たしていない。その行為から見ればむしろ、記者の敵だと言った方が正しいのではないか?」
「記者の敵だと?ふざけるな!!私は歴とした記者であり、自らの責務を全うしている!責務を全うしない記者の敵はあなたの方だ!!いい加減、あの夜に行った自らの行為を、真実を、この場で自白したらどうなんだ!!」
「ほう、まるで俺が罪を犯したような物言いだな。では聞くが、俺が有罪である証拠などあるのかね?」
「そ、それはあの写真が一番良い証拠だろう!!」
高橋が宍戸の顔を指差す。その高橋の指が震えているのを見て宍戸はニヒルな笑みを浮かべて高橋を見据えた。
「君はその写真の後は見ていたのか?」
「写真の後?そんなの見なくてもわかる。一緒にどちらかの家に行ったかホテルにでも行ったんだろう」
「つまりは見てないんだな?」
「そ、それがなんだよ」
周囲の記者の熱が徐々に冷め始めているのを宍戸も高橋も気づいていた。カメラの向こう側にいる幾千幾万の人々もおそらくは傍観している記者たちと同じような状況にあるのだろう。少しずつ天秤は宍戸に傾き始めていた。
「それではあのシーンが熱愛だと勘違いするのも無理は無い。あの後、呼んだタクシーにあの人だけを乗せて、俺は別のタクシーを拾って帰っている」
「そんなの口ではなんとでも言えるだろう!それこそ証拠はあるのか証拠は!」
「ああ、あるとも」
そう言って宍戸は鞄から財布を取り出すと白いものを取り出した。それを広げて高橋の顔面に突きつける。
「これはあの日の夜に家に帰るために乗ったタクシーのレシートだ。日付と時刻がしっかりと印字されているのが見えるだろう?君が写真を撮った時刻と見比べてみろ、どうやっても熱愛してるような時間が無いことがわかるはずだ」
「で、でも!それは何かトリックを使って……!!」
「他にも局の玄関にある防犯カメラや街中の防犯カメラの映像、あの人を乗せたタクシーの運転手の証言、タクシーの運行履歴、俺が乗ったタクシーの運転手の証言、タクシーの運行履歴、あの人に同居人がいるならその人の証言、俺の同居人の証言、支払いに使ったクレジットカードの履歴、家にある防犯カメラの履歴など、そちらの持っている『証拠』とやらよりも何倍も信憑性がある証拠が数多くあるが?」
「…………」
宍戸に指を差したままの姿勢で固まった高橋の口からは震えて歯がぶつかる音が漏れ聞こえるばかりで、何の言葉も出ては来なかった。
「それでもなおその記事を取り下げず、謝罪せず、慰謝料も払わないのであればこちらは君と君の会社を名誉毀損とプライバシーの侵害と精神的苦痛を理由に訴えさせてもらう。残念ながら君には勝算の無い裁判になるが……当然だよな?大きな話題を作って雑誌が売れるようにする為だけになんの落ち度もない芸能人を血祭りにあげようとして虚偽の報道をしたんだから。しかも意図的に読み手を煽るように。君の方こそ弁解の余地もない明らかな有罪ではないか?そうだ、今ここで君のフルネームと顔を晒してあげようか?個人情報が特定されて袋叩きにあうのは時間の問題だろうな。そうすれば少しはこちら側の人間の気持ちも分かるというものではないか?自分自身が痛い目をみないと他人の痛みも苦しみも分からないんだろう?それならそれでいいじゃないか。だってそうだろう?それが君が今までやってきたことなんだろうからね。本当の意味での『報道の自由』とは何なのか、そしてその重さをその身を持って知るがいい」
もう既に、宍戸に熱愛の疑惑があるなどと考えている人物はこの場には誰一人としていなかった。
力が抜けて地面に崩れ落ちた高橋に一瞥をくれることもなく宍戸は一歩踏み出した。彼が通る道を作るかのように記者たちが身を引く。記者とカメラの花道を通って宍戸は歩道まで出て、既にそこに止まっているタクシーの前で立ち止まると未だに一言も発せないでいる記者たちを振り返った。
「ああ、そうそう。今日は夜遅くなると冷えるそうなので皆さんお気をつけてお帰りください。俺は一足先に失礼しますよ」
宍戸が乗り込んだタクシーは軽快なエンジン音を残してその場から去っていった。



