「ええっと確か、このあたりって言ってたような」
飯を作って食う場所で、陽二があれこれ言いながら、棚の中をガサガサとあさっている。
その背中にオレは壮絶な猫パンチを繰り出した。
早よせんかい。オレは腹が減ってるんや。
「ああ。そうだよね、待っててね」
オレの飯は一日二回。朝起きてすぐと、夕方や。
いつもなら、飯をくれるのは茜か親父。だけど、今日の二回目の飯の時間に、ふたりはいなかった。
いったいどないなってんねんと思ってたらひとりでパソコンをパチパチとしていた陽二が立ち上がった。
「ご飯の時間だね。今日はね、僕が頼まれているんだよ」
聞いてもないのにそう言って、なぜかわくわくした様子で飯がある棚をガサガサやり始めたというわけや。
「あったあった、どれにする?」
振り返り、いくつかの缶をオレに見せる。途端にオレのテンションは爆上がりになる。
選ばせてくれるんか! お前めっちゃいいやつやん!
「先生が、好きな缶をあげていいよって言ってくれたんだ。そしたらちょっとは僕のことも好きになってくれるかな?」
マグロ、マグロのやつがいい!
「これ? マグロかあ、確かにおいしそうだね。ちょっと待てね」
目の前の皿に飯が入れられるや否や、オレはがっつく。
うまい、うまい。
「可愛いなあ。食べ終わったらちょっと撫でさせてくれる?」
もうやることは終わったのに、陽二はどこへもいかずにしゃがみ込みオレを見ている。
仕方ないな、ちょっとだけやぞ?
まあ、カアコの推理によればお前はストーカーじゃないみたいやし、ここへきてしばらく経つが、悪そうなやつではない。
飯を選ばせてくれた礼に、子分見習いくらいにしてやってもいいぞ。
食べ終えて陽二の足をしっぽで叩くと「おお」っと声をあげた。
「もしかして、撫でてもいいとか?」
いいと言ってるやろ。ほら、早よせえ。
恐る恐る触れる手は茜や親父と同じくらい優しくて、やっぱりこいつは悪いやつではないと判断する。
「ここで働くことを所長に認めてもらえたみたいで嬉しいなあ」
陽二は嬉しそうにそう言って、でもすぐに「茜ちゃんは、いつ認めてくれるかな。……いや認めてくれるわけないか」と声を落とした。
相変わらず茜の陽二に対する態度はそっけないから、それが堪えているんやろ。
でもカアコが言ったように、それは茜の本心ではないらしく『今日もダメだった。どうしたらいいんだろう?』と寝る前に必ずオレに聞く。
知らんがな、好きなら好きと求愛せえと、オレは何度もアドバイスしているが、茜にはオレさまのありがたい助言は理解できない。
『クロに相談しても無駄だよね』などとふざけたことを言っている。そのくせ次の日には同じことの繰り返しや。
毎日毎日毎日……こっちはうんざりしてるんや。
お前の方は茜をもう好きじゃないというなら、そう言ってやれ。その方がスッキリするやろ。
「お、どうした? にゃあにゃあ言って。まだ俺のこと警戒してるのかな?」
陽二が困ったように手を止めて、オレを覗き込んだ。
警戒してない。お前なんか怖ないわ。
茜にはっきり言ってやってくれと言ってるんや。
「大丈夫、なにもしないよ。君とは仲良くなりたいと思ってる。でも仕方ないか、茜ちゃんは君のご主人さまだもんね。ご主人様が、嫌がる相手は君にとっても敵だよね」
逆やろがい。ご主人さまはこのオレや。
が、やっぱりオレの話は通じない。陽二は肩を落とした。
「……諦めが悪いよね、僕も。とっくの昔にフラれてるのに、まだ好きだなんて。おじさんに誘われた時、断るべきだというのはわかってたんだよ。……でもまた茜ちゃんと会えると思うと断れなかった。あわよくば昔みたいに友達に戻れたらと思ったんだけど、……無理だよね。僕がまだ好きなんだから。ますます嫌われただろうな……」
んんんん?
今なんて言った?
お前、まだ茜が好きなんか? なあそうなんか?
「おお、どうしたどうした。にゃあにゃあ言って。大丈夫、なにもしないよ。安心して」
そうじゃなくて、お前も茜が好きなんか?って聞いてるんや。ならなんの問題もないやないか。
「うんうん、わかったわかった」
……なにもわかってないくせに、陽二はいなすようにオレをなでる。
「だけど、このままってわけにはいかないよね。予想してなかったわけじゃないけど、思ったよりも茜ちゃん嫌そうだし……。普通の幼なじみにも戻れそうにないな……やっぱり僕はこの事務所にくるべきじゃなかったんだ」
待て待て待て、お前も茜が好きなんやったら、べつにいいとオレは思うぞ?
茜の態度を勝手に解釈する陽二にオレは言うが、やっぱり通じない。
「八神さんの検認も来週で終わるし、そしたら……辞めようかな。たった三か月で辞めるなんて最悪だし先生には恩を仇で返すみたいになってしまうけど、茜ちゃんの気持ちには換えられないし……」
ぶつぶつと呟く陽二の言葉にオレの耳はピンと立った。
辞める?
つまりここへ来なくなるということか?
ちょっと待ってって。茜はお前を嫌がってるわけじゃない。
嫌がってるようにしか見えへんが、そうじゃないんや。
にゃあにゃあと、オレは一生懸命アドバイスする。
なんでオレが、子分と子分見習いの誤解を解こうと一生懸命にならなあかんのやと思うけど、毎日毎日、愚痴を聞かされるのも限界なんや。
「ん? 励ましてくれるのか。ありがとう」
……けれど、やっぱりオレの言葉は通じない。
くそ、愚かすぎるやろ人間め。
悪態をついて、オレはガックリと肩を落とした。
飯を作って食う場所で、陽二があれこれ言いながら、棚の中をガサガサとあさっている。
その背中にオレは壮絶な猫パンチを繰り出した。
早よせんかい。オレは腹が減ってるんや。
「ああ。そうだよね、待っててね」
オレの飯は一日二回。朝起きてすぐと、夕方や。
いつもなら、飯をくれるのは茜か親父。だけど、今日の二回目の飯の時間に、ふたりはいなかった。
いったいどないなってんねんと思ってたらひとりでパソコンをパチパチとしていた陽二が立ち上がった。
「ご飯の時間だね。今日はね、僕が頼まれているんだよ」
聞いてもないのにそう言って、なぜかわくわくした様子で飯がある棚をガサガサやり始めたというわけや。
「あったあった、どれにする?」
振り返り、いくつかの缶をオレに見せる。途端にオレのテンションは爆上がりになる。
選ばせてくれるんか! お前めっちゃいいやつやん!
「先生が、好きな缶をあげていいよって言ってくれたんだ。そしたらちょっとは僕のことも好きになってくれるかな?」
マグロ、マグロのやつがいい!
「これ? マグロかあ、確かにおいしそうだね。ちょっと待てね」
目の前の皿に飯が入れられるや否や、オレはがっつく。
うまい、うまい。
「可愛いなあ。食べ終わったらちょっと撫でさせてくれる?」
もうやることは終わったのに、陽二はどこへもいかずにしゃがみ込みオレを見ている。
仕方ないな、ちょっとだけやぞ?
まあ、カアコの推理によればお前はストーカーじゃないみたいやし、ここへきてしばらく経つが、悪そうなやつではない。
飯を選ばせてくれた礼に、子分見習いくらいにしてやってもいいぞ。
食べ終えて陽二の足をしっぽで叩くと「おお」っと声をあげた。
「もしかして、撫でてもいいとか?」
いいと言ってるやろ。ほら、早よせえ。
恐る恐る触れる手は茜や親父と同じくらい優しくて、やっぱりこいつは悪いやつではないと判断する。
「ここで働くことを所長に認めてもらえたみたいで嬉しいなあ」
陽二は嬉しそうにそう言って、でもすぐに「茜ちゃんは、いつ認めてくれるかな。……いや認めてくれるわけないか」と声を落とした。
相変わらず茜の陽二に対する態度はそっけないから、それが堪えているんやろ。
でもカアコが言ったように、それは茜の本心ではないらしく『今日もダメだった。どうしたらいいんだろう?』と寝る前に必ずオレに聞く。
知らんがな、好きなら好きと求愛せえと、オレは何度もアドバイスしているが、茜にはオレさまのありがたい助言は理解できない。
『クロに相談しても無駄だよね』などとふざけたことを言っている。そのくせ次の日には同じことの繰り返しや。
毎日毎日毎日……こっちはうんざりしてるんや。
お前の方は茜をもう好きじゃないというなら、そう言ってやれ。その方がスッキリするやろ。
「お、どうした? にゃあにゃあ言って。まだ俺のこと警戒してるのかな?」
陽二が困ったように手を止めて、オレを覗き込んだ。
警戒してない。お前なんか怖ないわ。
茜にはっきり言ってやってくれと言ってるんや。
「大丈夫、なにもしないよ。君とは仲良くなりたいと思ってる。でも仕方ないか、茜ちゃんは君のご主人さまだもんね。ご主人様が、嫌がる相手は君にとっても敵だよね」
逆やろがい。ご主人さまはこのオレや。
が、やっぱりオレの話は通じない。陽二は肩を落とした。
「……諦めが悪いよね、僕も。とっくの昔にフラれてるのに、まだ好きだなんて。おじさんに誘われた時、断るべきだというのはわかってたんだよ。……でもまた茜ちゃんと会えると思うと断れなかった。あわよくば昔みたいに友達に戻れたらと思ったんだけど、……無理だよね。僕がまだ好きなんだから。ますます嫌われただろうな……」
んんんん?
今なんて言った?
お前、まだ茜が好きなんか? なあそうなんか?
「おお、どうしたどうした。にゃあにゃあ言って。大丈夫、なにもしないよ。安心して」
そうじゃなくて、お前も茜が好きなんか?って聞いてるんや。ならなんの問題もないやないか。
「うんうん、わかったわかった」
……なにもわかってないくせに、陽二はいなすようにオレをなでる。
「だけど、このままってわけにはいかないよね。予想してなかったわけじゃないけど、思ったよりも茜ちゃん嫌そうだし……。普通の幼なじみにも戻れそうにないな……やっぱり僕はこの事務所にくるべきじゃなかったんだ」
待て待て待て、お前も茜が好きなんやったら、べつにいいとオレは思うぞ?
茜の態度を勝手に解釈する陽二にオレは言うが、やっぱり通じない。
「八神さんの検認も来週で終わるし、そしたら……辞めようかな。たった三か月で辞めるなんて最悪だし先生には恩を仇で返すみたいになってしまうけど、茜ちゃんの気持ちには換えられないし……」
ぶつぶつと呟く陽二の言葉にオレの耳はピンと立った。
辞める?
つまりここへ来なくなるということか?
ちょっと待ってって。茜はお前を嫌がってるわけじゃない。
嫌がってるようにしか見えへんが、そうじゃないんや。
にゃあにゃあと、オレは一生懸命アドバイスする。
なんでオレが、子分と子分見習いの誤解を解こうと一生懸命にならなあかんのやと思うけど、毎日毎日、愚痴を聞かされるのも限界なんや。
「ん? 励ましてくれるのか。ありがとう」
……けれど、やっぱりオレの言葉は通じない。
くそ、愚かすぎるやろ人間め。
悪態をついて、オレはガックリと肩を落とした。



