「じゃあ、信用金庫に書類もらいに行ってくるね」
 ぽかぽかと暖かい日差しが差し込む午後の事務所で、茜が机から立ち上がる。
 親父が頷いた。
「ああ、よろしく。帰りに郵便局に寄ってきてくれ」
「了解」
 そして向かいの席の陽二を見る。
「陽二くんもそろそろ法務局へ行く時間かな?」
「はい、茜ちゃんと一緒に出ます」
「よろしくね」
 ふたり連れ立って出て行こうとするが、茜がなにかに気がついて振り返った。
「そうだ、クロにご飯をやらなくちゃ」
 そしていったん、飯を作って食うところへひっこんでいって皿を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
 オレの頭をぽんぽんと叩いて「いってきます」と言う。
 それにならって「所長、僕もいってきます」と陽二も言った。
 おう、しっかり仕事してこいよ。
 ふたりが出ていくと、親父が近くにやってくる。かがみ込みオレをじっと見た。
「急に仲良しだな、あのふたりは。まぁ陽二くんがここで働き続けてくれるのだから嬉しいけどね」
 あれから陽二は親父に頭を下げて、ここに残ると決めたらしい。
 茜はすっかり元気になり、オレも平穏な毎日や。
「なにがあったのかな? クロは知ってる?」
 ……知ってる。
 けど、知らんぷりで茜が置いていった皿の中のカリカリを食べる。
 くそ、ふりかけくらいかけていけよ。
 散々世話になったくせに。できそこないの子分め。
 ふみっふみっ!と、文句を言いながら食べるオレに、親父がふふふと笑った。
「クロはなんでも知ってそうだ。さすがはここの所長だな」
 かなわんわ、とオレは思う。
 好きな相手に好きだと言う。ただそれだけのことに、こんなに大騒ぎしやがって。
 人間ほんまに意味不明。
 猫のオレにはまったくもって理解不能。
「これからも、ふたりをよろしくね」
 とはいえ、まぁしゃーないか。
 おまえらみんな、オレがおらんとあかんしな。
 あきらめてカリカリしていると、窓の外、電線の上で、カラスがカアカアと鳴いていた。