オレの朝は、毎日大音量のピピピピ!からはじまる。
 音の原因は、薄い板。
 布団の中でぬくぬくと寝ていたオレは、不快な気持ちで目を開く。
 くそ! 毎朝毎朝うるさいねん。
 憎しみを込めて、板に向かって壮絶なパンチを繰り出すが、不快なピピピピは止まらない。
 仕方なくオレは、ジャンプして、隣のこんもりふくらんだ布団をキックする。
「ぎゃ! な、なに⁉︎ あー……なんだクロか」
 こんもりが声をあげ、ボサボサ頭がムクリと起き上がる。そこにすかさずパンチした。
「いた! なによ」
 なによはこっちのセリフじゃ。
 早よピピピピを止めんかい!
 ふみゃーふみゃーと言いながら、薄い板を踏みつけると、ぼさぼさ頭が「ああ、アラーム……」と呟いた。
 そしてようやく板を取り上げて不快なピピピピを止めた。
「おはよ、クロ」
 おはよ、やない!
 毎日毎日、ピピピピ、ピピピピ鳴らしやがって。オレはもうちょっと寝たいのに! 
 薄い板を踏みつけながら文句を言うと「ああ、やめてよ。私のスマホ。画面が割れたらどうしてくれる?」と睨まれる。
 そんなもん知るか。
「もーなに怒ってるのよ、仕方ないじゃん。このアラームがないと私は起きれないんだから」
 全然起きれてなかったが。
 このオレを不快なピピピピで起こしておいてまったく反省する様子がないこの女の名前は、茜。オレの子分や。
 何年か前から、オレの身の周りの世話をさせている。
 だけどこの通り、口答えが多いできそこない。
 おい、起きたらすぐになにをせなあかんのや?
「ふふふ、クロ。まずは吸わせて」
 こ、こらくすぐったい! うひゃひゃひゃ。やめれ、やめれ。
「んー朝イチの猫吸いは最っっ高!」
 あほか。違うやろ。
 朝起きてすぐにやらないとあかんのは、オレさまの飯の準備! 吸ってる場合やない。
 ……ほんまに人間は意味不明な生き物や。猫なんか吸ってなんになる?
「はぁ〜、やっと目が覚めた」
 茜がうーんと伸びをする。
 お前の身体、いったいどういう仕組みやねん。
「じゃあ、朝ごはんにしましょかね」
 ベッドを出て着替えた茜について、オレも部屋を出た。
 この家は人間が歩くと廊下も階段もぎしぎしいう。
『ほんと、古くて寒いよね。早く建て替えてほしいわ』と、茜は文句を言っているが、猫のオレにはどうでもいい。
 ギシギシと音を立てて階段を降りていくと、飯を作って食う場所や。
 早よ、飯くれ。飯。
「もう、クロってば、足にまとわりつかないで。作りにくいじゃん。ふふふくすぐったいって」
 笑ってる場合やない。オレは腹ペコなんや。
 しばらくすると、オレさま専用の皿に飯が置かれて、水も新しくなる。
 やっと出てきた!
 けど、飯を見た途端にテンション下がる。
 ……なんや、これだけか。しかもカリカリ。
 なぁ、茜。オレはあのマグロの缶詰が食べたいねん。せめてふりかけをかけてくれ。
「にゃあにゃあ鳴いてもダメ。ダイエット中でしょ?」
 知らんがな。それはお前が勝手に決めたんやろ。オレはダイエットするなんてひと言も言ってないやろがい。
「ダメダメ。クロのためなんだから」
 くそ、仕方ないな。
 しぶしぶカリカリしていると、階段がまたギシギシして、白い髪の親父が降りてくる。ふわあっとあくびをした。
「おはよう、茜」
「おはよ、お父さん。卵焼いてるけどいる?」
「ああ、よろしく。パン焼くね。クロ、おはよう」
 親父はオレの頭をむぎゅっと撫でる。ちょっと重いけど嫌ではない。
 茜から『お父さん』と呼ばれているこの親父は、オレの子分その2。茜同様、オレの身の回りの世話をさせている。
「ウインナーは?」
「ウインナーはいいかな。茜、コーヒーはブラック?」
「うん」
 人間の飯ができるより先に、オレはカリカリを食べ終わる。
 椅子や机をぴょんぴょんと移動して、黒い箱の上に飛び乗った。そこでうーんと身体を伸ばして落ち着いた。
 テーブルに向かい合わせに座り飯を食べる子分ふたりを見下ろすのが、お気に入りの食後の過ごし方や。
「あ、クロ。またお母さんの仏壇の上に」
 茜に睨まれるけど無視を決め込む。
 腹いっぱい、もうちょっと寝よか。
「いいよ。お母さんは猫好きだったし、喜んでるだろう」
「だけど、クロはぶちゃっとしてるから、お母さん重いんじゃないかな」
 なぜかふたりともこの箱を『お母さん』と呼ぶ。
 けったいな、と思うけど、まあ猫のオレには関係ない。
「クロはそんなにおデブちゃんじゃないよ」
「おデブちゃんだよ。この間の健康診断で先生にダイエットした方がいいよって言われたんだもん。お父さんもクロに餌をあげる時は気をつけてね。缶詰は一日一回まで!」
「ええ! まだ若いのに可哀想だなぁ」
「かわいそうってクロのためだよ。もう五歳なんだから。だいたい黒猫ってスラリとしてるもんなのになんでぶちゃっとしてるんだろ?」
 うるさいな、誰がそんなん決めたんや。
「そうか、クロが来てもう五年も経つのか。来た時を思うとデカくなったな。まだチビだったのに」
 親父がオレを見て懐かしそうに目を細めた。
「本当にふてぶてしく育ったよね。来た時は、お腹が空いて死にそうだったのに。今やこの家で一番えらいみたいな顔してる」
「ははは、確かに」
 む、親父。なにがおかしいんや。
 そして茜、お前は間違っとる。『えらいみたい』じゃなくて、オレは本当にえらいんや。
「まあ、元気になってよかったじゃない。クロが来てから、茜が家にいてくれるようになったんだ。お父さんはクロに感謝してるよ」
 そう言って親父はオレを見る。
 が、茜はなんや黙り込んでパンをかじった。
 まあ、なんでもええけどな。
 ふわぁとあくびをひとつして、オレはゆっくりと目を閉じた。