ここは王都にある魔法学園。

 王族、公爵家、侯爵家の生徒は滅多に観ない。特別室で勉強している。学校のメインである各教室、学年で支配しているのは伯爵家だ。各伯爵家の令息、令嬢が仲間を作り勢力を伸ばしている。そして俺は王国民の特別枠の教室で学んでいる。

 王国民の特別枠は、特に成績が優秀な一般人、王室ご用達など大商店などの子息・子女が入学してくる。教室の一番左の列、窓際の最も後ろの席が俺。

 一匹狼の俺にはとても似合う席である。仲が良い友達と呼べるものは普通にいるが、俺が気に入っているのは同級生の中にいるエミリーだ。彼女とは偶然、入学試験の時に隣同士に座り、試験中、カリカリカリとペンを走らせる一生懸命さに感じ入り、外見の可愛らしさや庇護欲を刺激する幼そうな動作にぐっと来ていた。

 エミリー「アラン、おはようございます。今日もいい天気だね」

 俺の名前はアラン。一般王国民だ。魔法や剣技、学業成績が優秀なので入学試験を受けさせてもらえた。無事に合格し、隣に座っていたエミリーと合格の今でも親しくしている。やはり笑顔で挨拶されると嬉しいものだ。

「エミリー、おはよう。今朝から元気そうだな」
「いつもわたし元気だけが取り柄だから」
「ワンピースの服も可愛らしいぞ」
「うん、褒めてくれてありがとー」

 彼女は教室奥の俺に挨拶をすると右前の端、対角線上で一番遠い所の席に向かって行き、カバンから教科書を取り出して机の上に置きながら座った。

 エミリーが教室内に現れたとたん、クラスメイトの男子たちが彼女に声を掛け始める。授業が終わったら遊びに行こうよと誘い出す。はぁ~、俺はそんな光景を毎日見せられ溜息をついた。俺は誘えたことはない。入学試験会場で試験が終わった際に一緒にご飯を食べて解散しただけだ。

 彼女は誘いを断っているようだ。しかしクラスメイトの男子たちも「残念だ―」と意外と懲りずにいる。中には騎士爵の男子ジャックもいた。彼は貴族クラスから落ちこぼれ転入してきたのだが、騎士爵だけは微妙で上位は貴族クラスに入学するが、落ちこぼれると王国民特別クラスに入るのだ。

 準貴族扱いの騎士爵の立場が難しいことを物語っていた。ただ一般人扱いに意識が慣れているのか、多くの騎士爵の子息は親しみが持てる。ジャックもその例だ。

 厄介なのは男爵だ。もっと上を目指そうと頑張る男爵ならいいが、領民をいじめる男爵が多い。子爵まで行くと領地も広くなり落ち着いて来るので目立つ悪さはしなくなる。

 エミリーが男子たちに囲まれている頃、最終的にはクラスメイトの女子達が「はいはい、そろそろエミリーちゃんが困ってるから男子は解散」と間に割って入り騒ぎは終わる。これがルーティーンだ。

 こんな光景を俺がぼーっと眺めていると、エミリーがとことこ俺の席に向かって来た。手に風呂敷で包まれたお弁当箱らしきものを持ちながら。

「アラン、お弁当を作ってきたの。一緒に食べよう」

 一斉に俺の方を向く男子生徒たちであった。

 こうして友好を育みながら日々の生活を過ごしていたが、ある日、どこからかエミリーの評判を聞きつけた伯爵令嬢の大勢力の筆頭ベレッタがクラスまで足を運んでやってきた。お供が十人ぐらいいたので驚いた。

「あなたが噂のエミリーちゃんね。なるほど可愛らしい容姿をしてるのね」

 色々と聞こえない会話を繰り返し、伯爵令嬢ベレッタは踵を返して帰って行った。

 その後、エミリーは俺の席に来て打ち明けてくれた。

「ベレッタ様のお付きとして仕事をするように要請されたわ」
「エミリーは受けるのかい?」
「明日まで悩んで決めたいと思う。アランは何かアドバイスくれる?」
「エミリーが決めることだからなぁ。やってみても良いとは思う」

 イチ王国民が伯爵令嬢のグループに入ればどうなるか? いい生活が出来るようになるかもしれない。他の貴族子女からイジメられるかもしれない。しかし実際にやってみなければ分からない。ベレッタの評判はそんなに良くないが、それは他の貴族家の子女たちにも言えるし、悩んだところで何の解決にもならない。噂を信じるより実際に近づいて触れてみても好いのじゃないか? 俺はそう考えてエミリーを送り出した。

 それから一か月。エミリーの姿は王国民クラスから消えた。

 俺は一匹オオカミ専用の席に座って外を眺めながらボーっとしていた。すると下の校庭を歩くエミリーを久しぶりに見かけた。様子を見ると落ち込んで暗い顔をしている感じがした。何かあったのだろうか。じ~と観ていると、高そうな服を着た男子がエミリーに向かって歩いて行く。声を掛けた。ボソボソと何かを話している。エミリーは俯いたまま時々頷いていたのみ。彼女に笑顔はなかった。

(おい、大丈夫なのか?)

 それをキッカケに俺はエミリーの姿を探すようにした。気がかりだったからだ。チャンスがあれば声を掛けて久しぶりに喋りたかった。

 しかし見つからなかった。俺が校庭で彼女を見かけたのが最後になった。クラスメイト達もエミリーが退学になったのじゃないかと心配していた。

「おい、ボッチ席のアラン」
「ボッチ席言うな。一匹狼専用席と言え。ジャック」

「エミリーちゃん、どこ行ったんだろうな。アランは知らないか?」
「知らん。俺も見かけてない」

 ジャックも知らないと心配そうにしていた。彼は彼女によく声を掛けていた男子の一人だ。好きなんだろうな、顔に心底心配する表情が出ていた。俺も随分前から心配し始めていた。

「伯爵令嬢のベレッタに聞いてみるか」と呟いてしまった。
「俺も協力するぜ、アラン」とジャックが言う。

「俺の方が一応の貴族家の子息だからベレッタ様には話しかけやすいだろう」
「そうだな」
「エミリーが下働きでグロッキーだったら、クラスに戻してもらうよう頼んでみる」
「オッケー、任せた。俺はベレッタ周辺を探してみる」

 その日を境にジャックの姿が消えた。

・・・・・

 学園を仕切る伯爵令嬢が暴走し始めた。

 横暴な出来事が続く。その中で俺のクラスにも影響が出始めた。そして好きな女子エミリーに実害が及んでいると考えた俺は我慢しきれなくなった。様子を窺いに行ったジャックも消えてしまった。

 もちろん伯爵家ご令嬢に逆らうことは一般王国民にとって命がけである。

 この状態を改善するには伯爵家より上の立場の侯爵家に頼むしかない。僅かな接点を探す。それより上の公爵家や王族はそもそも接点がありえないから無理だ。何かを頼んだら逆に失礼を働いたと鞭打ちにされても文句が言えない。これが貴族の支配する世界の掟だ。

 そして悲劇が訪れる。

『ジャックの遺体が川に浮かんだぞ!』

 クラスメイト達の阿鼻叫喚(あびきょうかん)が広がった。

 なんだと! 俺は急いでジャックの遺体が浮いたという川に向かって走った。現場は直ぐに判明した。騎士たちが忙しそうに右往左往していた。

(ジャック……)

「おいみんな集合、この生徒は騎士爵家の子息だ。いわゆる私たちの仲間の子だ。丁重に扱ってお家に返してあげよう」
「「はっ」」

 そんな騎士団の隊長の声がした。優しい声だった。

 現場ではジャックの遺体がまだ横たわっており、検分・検証が騎士団により行われていた。その中をちょろちょろ動く魔法使いの格好をした少女の姿があった。俺は様子を観察していたが、彼女が遺体に掛かっている布を(めく)ったり好き放題しているにもかかわらず騎士に注意されることはなかった。

 俺はジャックの遺体に近づいた。布をあげて顔を見る。苦しそうな印象が伝わってきた。

(ちくしょー! ジャック……どうしてこんなことに。何があった? 教えてくれ)

 通常のフィクションなら、ここで侯爵子息や王族の王子がさりげなく協力してくれるだろうけど、現実は厳しい。誰にも頼れそうにない。学園に通われていらっしゃるという王子様に当たって砕けてみるか? 無礼者として逮捕されないだろうか。

 プライドや常識を捨てろ自分。
 ジャックの(かたき)と共にエミリーの救出が最優先だろ。
 でも、俺に出来るのだろうか……。ネガティブな事を考えていた。

 俺は現場で活発に動く魔法使いの少女に興味を持ち、横に来た時に声を掛けてみた。

「あの、君は何をしてるんだい?」
「うーん、川でおぼれたという報告にも拘らず、胸に剣による刺し傷があるわね」
「ねぇ君……」
「あ、ごめん、何かな?」

 話によると彼女は魔法使い、こういった事件が増えているから興味が出て調べているのだという。こんな幼そうな少女が魔法使いで、事件の調査を手伝ってるだって? 信じられなかった。

「外見が幼くて悪かったわね。君は失礼くんだね。で貴方の名は? アラン……ふーん」
「君の名前は?」
「ないしょー。それより話を進めて」

「亡くなったのは友人のジャック。あることを調べ始めたら姿が消えたんだ」

「それ、興味あるわ。詳しく話してくれないかしら」

「伯爵令嬢が友人のエミリーを誘って学園から行方不明に。それを調べ始めて令嬢にコンタクトを取ったジャックが消えて、今日、遺体で見つかった」

「なるほど気の毒な話、そして胸の剣傷跡の原因もそこにありそうね」

 こうして魔法使いの女の子と魔法学園生徒アランが合流した。

・・・・・

【伯爵邸】

「も、もう止めて下さい、アルフォンヌ王子……」
「なんだ、今晩はノリが悪いなベレッタ」
「すみません」
「ちっ」

 服を着て部屋を出ようとするアルフォンヌ王子。彼は第四王子であるが王位継承権は二位になる将来有望と言われている。伯爵家令嬢のベレッタとは婚姻しているわけでも婚約、恋人関係でもない。時々王子のストレス発散で伯爵邸に来て、少しの時間を過ごして王宮へと帰る生活だ。

「隠し地下通路で王宮へ戻る。じゃぁな、また来るよ」
「はい、アルフォンヌ王子殿下」

 ベレッタはあまりいい顔をしていなかった。隠し通路の入口まで見送ると、王子に明りを渡して踵を返し走ってある部屋へと向かった。

「エミリーちゃん、大丈夫?」
「ベレッタさま……」
「ごめんね、私が貴族パーティに経験だなんていって連れて行ってしまったばかりに辛い思いをさせて」

 今日もエミリーは他の男性たちの相手をさせられていた。最初は耐えられず舌を噛もうと試みたが、出血がひどくなる前に治癒魔法で治され、死ぬことすらできなかった。それで行為中は頭の中でアランを思い浮かべ、相手をアランだと思って我慢してきた。それが早くも一か月以上経った。

 ベレッタは責任を感じ、自分が身体を差し出すからエミリーに手は出さないでと懇願した。しかしアッサリと娼婦のような扱いに落とされた。親は見て見ぬふり。王族には逆らえなかった。彼女は自分の無力さを悔しがった。エミリーに何とかしてあげたかった。

 しかし、エミリーは能面のような表情になってしまった。感情が全くでない顔に。

 一度、自分たちの裏の行いを調べにジャックという騎士爵家の子息がやってきた。彼はエミリーのクラスメイトという。ベレッタはこの事実を伝えようと思い話したが、それ以降、ジャックが再度話を聞きに来ることもなく何も改善されなかった。それから王子がなぜか横暴な指示を出すようになった。

 どこかで聞かれてしまったのだろうか? いや、きっとそうだ。
 ベレッタは自分のうかつな失策を呪った。

「もう伯爵家は駄目だわ。エミリーちゃん今夜逃げて」
「でもベレッタ様、庭を走る間に見つかって殺されてしまいます」
「私がオトリになる」
「そんな……」
「責任は命で取るわ。任せて」

「でも、ベレッタ様が殺されるようなことはしたくありません」
「何とか生き残るよう頑張るっ」
「でも……」
「今ここに居ても地獄だわ。それが続く。将来はアラン君と一緒になりたいんでしょ」

「そ、そうですけど、もう私は汚れてしまいました」
「私だってそうよ。汚された。貴族令嬢なんて最も処女性が重要なのに」
「王子様がお相手なのにですか?」
「処女が重要なのは家の乗っ取りを防ぐためよ。あいつは国の成り立ちを無視している」

「……アランに会いたい」
「ハイエナたちを躱して逃げよう。今夜八時に決行よ」

・・・・・

【夜八時】

「さぁ準備は万端。壁を登るロープや一時的な路銀も用意したわ。着替えもリュックに入れてある。まずは伯爵邸を脱出して郊外の宿に泊まろう」
「はい。頑張ります」
「スピードが大事だからね」
「はい」
「行くわよ。宿に着いたら祝杯をあげましょう」

 ドアを開けて庭に侵入した二人。近くの壁に向かって走り出した。

 執事「何をされていらっしゃるのですか? ベレッタお嬢様」

「「!」」

 執事が片手をあげるとぞろぞろと守衛隊が集まってきた。
 全員、アルフォンヌ王子の息が掛かった連中であった。万事休す。

 しかし、その時に火炎が広がった。

「ファイヤーボール!」
 女の子の声だった。
「エミリー!」
 アランの声だった。

 何というタイミング。
 アランと魔法使いの格好をした少女が駆けてくる。
 正門は……すでに燃えていた。

 ファイヤーボールの火の玉が一つずつ一人に当たる。

 この騒ぎで伯爵邸からたくさんの人が出てきた。伯爵家騎士団も詰所から駆け付けてくる。「取り押さえろー」、「生け捕りにしろ―」という声がする。味方がいないことは明らかだった。その中にはアルフォンヌ王子の姿が含まれていた。攻撃的な目をしていた。

 ベレッタ「いけないわ、アルフォンヌ王子もいる。彼は王族と宮廷魔術師の血が濃いサラブレット、宮廷魔術師並みの怪物よ。か、勝てない……逃げられない……」

 ベレッタ「殺されるかもしれない……」
 エミリー「いたぶられるより、ひと思いに殺して欲しい……」

 絶望の表情をするベレッタ。足や手が震えている。エミリーも同様だった。
 そこに先ほどの魔法使いの女の子とアランが到着した。

「えっと~、貴方はベレッタさんね、そしてエミリーちゃん、助けに来たわ。もう安心よ」

 ベレッタ「あ、アランさんと……貴女は?」
 ユアイ「魔法使いユアイちゃんって呼んでちょうだい」
 エミリー「……(驚きすぎて声が出ない)」
 ベレッタ「え、いえ、物凄い人数がこちらに向かってきていますけど……」

「大勢であれば一発で消し飛ぶから寧ろ楽だわ」
「……」
「さっそく建物ごといくわね。せーのぉ、いっけぇーー!」

 すると彼女の手から大きな火の玉が放たれ、それが途中で花火のように分散し、一つ一つがエクスプロージョンになった。丁度、背景が宇宙になり隕石が地球へ降りて空気との摩擦で火の玉に包まれバラバラに砕け散り、地上へと降り注ぐといった感じだ。

 どーーーーん ズドドドドドド……

「結界を張って防御している王子らしいのも複数いるけど、護衛の魔法使いかな、全部の結界バリアを解除してあげるわ。素直に炎に焼かれなさい。浄化の炎よ。苦しんで、苦しんで、苦しみまくって自分たちの行いを後悔しながら死になさい」

 ベレッタ「……(無詠唱の使い手だわ。初めて見た)」

「王子、伯爵、あなた達の悪事もこれまでよ。被害者たちの悲しみや恨みを背負って、大人しく、こわ~い女神様の裁きを受けるのね。絶対にちびっちゃうこと保証するわ」

 エミリー「……(すごく可愛い娘なのに台詞が怖いわ)」

「さて片付いたわ。王宮から近衛騎士団が向かってきてるから後は任せて。それから三人とも私の事は内緒にしておいてね。とても可愛い女の子の魔法使いが居たと言うぐらいにしておいて下さい」

 アラン「……(信じられない魔法力、いったいこの子は)」

「みなさん、分かってくれたかしら」

「「「は、はい」」」

「もう……ちゃんとお話聞かないとメッですからね」

・・・・・

 エミリーと二人だけ
【学生寮:アランの部屋】

 テーブルを挟んで紅茶をコップに淹れながら荒らしの様な一日を振り返りつつも体調を整えるように寛いでいた。特にエミリーは監禁状態だったため、更に食事も満足に与えられておらず痩せていた。

 たくさん思うことがあるのだろう、暫く俯いて涙を流し続けたエミリー。ようやく助かったものの、心の中では想像を絶する辛い経験があったはずだ。アランはただただ待ち続けた。寧ろ部屋で寝ていた方が良いのじゃないかと進言したが、彼女は頷かずアランの部屋に居続けた。

 今、一人になるのは嫌なのだろうと思い、様子を見ながらこれまでの事を聞こうと待ち続けた。無理強いするつもりはなかったので、話したくなければ黙っていても良いと優しく思いやりのある言葉を心がけた。

 そうして何時間か経った頃。俯いたエミリーは意を決して顔をあげた。

 口を真横にしっかりと結び、目には生きたいという気持ちが溢れて来ていた。つい先ほどまでは死にたいという言葉が優先だった。何かを告白し、その結果がどうなろうと覚悟しているという決意が表情に現れていた。アランはゴクリと喉を鳴らした。

「アラン、少し嫌な話だけど聞いてくれるかな」
「ああ、もちろんだ」
「あのね、わたし、もう清くないの。汚されちゃったの……」

「分かってる」
「アランの事が大好きだけど、もう私はアランから愛される資格がないの。ごめんね、本当にごめんなさい」

「汚されたって、どういうことだい?」

 もうすでに察してはいるものの、ちゃんと話を聞いてあげようと正面からエミリーの目を見る。アランは一応どの辺ぐらいまで聞いても良いかの線引きはしている。

「あの伯爵邸での個室の事……何人もの男が来ては去り、来ては去って行ったの……」

「待て。具体的なのは要らないぞ。それに思い出しすぎるのも良くないな」

 話を聞いてあげるというレベルではなさそうと判断したアランは、エミリーの記憶を薄める方向に舵を切ろうと思った。

「エミリー、君は汚されたというが、今回の事件は不可抗力だった。それに俺は君の肉体よりも個性、心を好きになっているんだ。だから気にするな。今までよりもっと好きになって、愛して、忘れるようにしよう」

「……」

「それに俺も反省すべき点がある。ベレッタのお付きと言ってもエミリーと一か月も離れるだなんて思ってもみなかった。長い人生、辛い仕事とか経験した方が良いって考えで『やってみたら』と言ったが、まさかこんな経験をするとは思わなかった。すまなかったよ」

「……」

「もし自分が汚れたと思っているんなら勘違いだ。それにさっさと汚れなんて洗って流して奇麗にすればいいじゃないか。そうだろ」

「でも……だって……」

「俺は今の時点でもエミリー、君を最も大切だと思っている。愛してる。だからやり直そう。入学試験の時のフレッシュで希望に満ちたウキウキ、ワクワクな心に戻ろうぜ」

「……」

「まぁ、言葉だけじゃ不十分なんで、これからは行動で示していくよ。今夜は泊っていけ。何もしない。ただ添い寝するだけ。これから暫くは寄り添うだけにしよう」

「また私の事を好きになってくれるの?」

「ああ。だけど俺が一方的に愛を注いでも駄目だ。ちゃんと二人で支え合って人生を歩んでいくんだよ。そうすれば幸せな時間が続く筈。きっとな」

 エミリーはアランの言葉を聞いて嬉しかった。
 能面のように感情が出なくなった表情は緩やかに溶けていくようだ。

 人生は出会って別れを繰り返す。でも試験会場で隣同士になったアランとの出会いは偶然の中の幸運であり、彼とは別れたくないとエミリーが心から思う愛しい人になっていた。暴行を加えられていた時でさえ相手をアランだと思えば耐えられた。私は頑張れる……そう強く思った。

・・・・・

【10年後】

「エミリー、これ見てごらん」
「なーに、アラン」

「魔法使いの女の子の写真だ」
「いつ撮影したの?」
「今日の昼だよ。屋上で弁当食べてたら下の道を彼女が歩いてたんだ」
「盗撮ダメ絶対」

「誰かに似てると思わないか?」
「えっ、あの時の魔法使いの女の子かな」
「そうそう。追いかけたけど間に合わなくて見失なってしまったんだ」
「惜しいね」

「俺達さ、あの時の感謝を伝えることが出来なかったよな」
「うん、どうしてるんだろ、宮廷魔術師かな、とか想像してたよね」
「名前が憶えてられなくて不思議だったんだよな」
「名前さえ憶えてたら探せられたかもね」

「彼女の姿はあの時と全然変わっていないままだった」
「写真を見ても変わってないよね。可愛い女の子が歩いてるままだわ」

「「ひょっとして人間じゃないかも」」

「まだ近所に滞在しているかもな。デート代わりに探しに行こうよ」
「ケーキでも奢りたいわね」

 こうして恩人を探しに街へ出かける二人。腕を組んで幸せそうだ。

・・・・・

「くちゅん」
(誰かが可愛い私の事を噂してるのかな。ふふふ)

「ケーキはそうね……私はイチゴケーキが好きよ。幸せそうね、お二人とも」
 なぜか独り言を呟いてしまう魔法使いの女の子。

 その数時間後、運命のいたずらか街のケーキ屋の前で偶然出会う三人であった。


【Fin】

↓ ティファニーの宝飾ペンダントに描かれた魔性の女性(女神?)エナメル
 我が家所蔵