ただ、君に笑っていてほしかった。~30日の奇跡と、空白の19日の秘密~

「じゃあね、葉月(はづき)。また、放課後」
『うん。また……』
 学校に着く。
 特進総合看護・福祉科の雪宮(ゆきみや)と、校門で別れる。
 夏芽高校は、何個か校舎があり、学科によって教室の場所が違うのだ。
 体育科、総合商業科は、第一北校舎。校門から一番遠い校舎である。
 特進総合看護・福祉科、看護・福祉科は、第二東校舎。
 総合技術科、機械・電機科、特進工業科は、第三西校舎。
 生物工学科、建設・建築科は、第二北校舎。
 普通科、英語科、ビジネス情報科は、第一西校舎。
 ビジネスコミュニケーション科、スポーツ科学科は、第三北校舎。
 畜産科、海洋科、農業・園芸科は、第二西校舎。
 保育・家政科、芸術・服飾科、特進国際コミュニケーション科は、第一東校舎。
 体育科のある第一北校舎は、夏芽高校の中で一番古い校舎で、教室数も少ない。
 しかも、理科室や美術室、音楽室などの特別教室があるわけでもないから、体育科、総合商業科の生徒以外が来ることはあまりない。
 体育科は偏差値が低くて人気がないし、総合商業科も1クラスしかないため、人が少ない。
 なんとなく寂しい校舎だ。
 それに比べて……。
『まだ早いのに、人多いな〜、「東の町」』
 夏芽高校の敷地は広く、東校舎がある場所を「東の町」、西校舎がある場所を「西の町」、北校舎がある場所を「北の町」と呼ぶ。
 「東の町」は、真面目な女子生徒が多い。
 雪宮(ゆきみや)も真面目でイイ子だと思う。
 体育科の人たちは、他の学科の生徒よりも遅い時間に来ることが多い。
 もちろん俺も、その1人だった。
『全然人いないなぁ』
 ……そういえば、どうして俺は学校に来たんだろう?
 もう死んだんだから、勉強なんてしなくても良いのに……。
 俺が死んでから、もう何日も経っている。
 クラスの人とはあまり親しくしていなかったから、特に悲しんでいる人もいないだろう。
 別に、構わない。
 そういう人生だった。
 誰の記憶にも残らない。そういう、人生。
『君、何してるの?』
『え⁉︎』
 後ろから声をかけられる。
 思わず振り返る。
 ブレザー姿の女子生徒が、こちらを向いていた。
『やっぱり君、幽霊だ。久しぶりに会ったなー、幽霊』
 誰、だ……?
 この学校の制服の色であるワインレッドではないブレザー。
 しかも、少しデザインが違う。
 この学校の生徒ではない、よな……?
『君、体育科の生徒なの?』
『え、あ、まあ、はい……』
 この学校の体育科は、あまり有名ではない。
 偏差値がそこまで高くないからだろう。
 この学校には、特進総合看護・福祉科という学校の"顔"となる学科があるから。
 じゃあ、やっぱり、この学校の元生徒?
『私、この学校の、総合商業科の生徒だったの』
『そう、なんですね……』
『ああ、この制服?これ、何周年かの記念のやつ。10周年ごとに、記念の特別な制服がつくられるの。だから、ちょっと違うんだよね』
 ああ、そういえば、記念制服、あったなぁ。
 確か、俺たちの学年が入学するときに卒業した先輩が記念制服だったと思う。
久遠寺(くおんじ) (はな)
『え、……え?』
『私の名前。久遠寺(くおんじ) (はな)。君は?』
『……葉月(はづき) 麻人(あさと)
『ああ、やっぱり!』
 え?
 やっぱり?
 それってどういう……?
『君、自殺したんでしょ?ここの生徒たちが言ってたの聞いたんだよね。体育科の葉月(はづき)って人が自殺したらしい、っていう噂』
 ……そういうことか。
『自殺……。私とおんなじだね』
『え……?』
『私、この校舎の屋上から飛び降りたの。ちょうど屋上の鍵が壊れてて、簡単に入れた』
 淡々と話す久遠寺(くおんじ)さん。
『……自殺したのは、クラスメイトからのイジメが原因だった。私が、学年一モテてた波川(なみかわ)くんと付き合ったから。それがクラスで目立つ女子の気に触って、ハブられるようになった』
 久遠寺(くおんじ)さんは、どこか遠くを見つめている。
『アイツら、今何してるんだろうな……』
『……久遠寺(くおんじ)さんって、いつか幽霊なんですか』
『結構前からだよ。49日経ってから、天使が迎えに来るんだけど、そのときにすごい駄々こねたら幽霊のままいられるの。永遠に消えない、幽霊に。……でも、自分が死んだところの近くにしかいられないみたい』
 ずっと、幽霊でいられる……。
『まあ、あんまりオススメしないよ。なんか、虚しいし。なってみたらわかると思うけどね』
 虚しい、か……。
 まあ、久遠寺(くおんじ)さんみたいに学校とかならまだ楽しそうだけど。
 俺が死んだのは、ただの道路だからな。
 さすがに残りたくはない。
『……私、久しぶりに幽霊に会えてよかったよ。また来てね』
 久遠寺(くおんじ)さんは、風と共に曲がり角に消えていった。
 続々と生徒が登校してくる。
 総合商業科の生徒たちだ。
「ねえ、今日、全校朝集でしょ。めんどくさーい」
「それなー」
 俺の体をすり抜けて歩いていく。
 ……虚しい、か。
「……っていうか、どうせ"あの人"の話でしょ」
「だよねー。体育科の人だっけ?」
「そうそう!ハ……アサ?なんだっけ?」
葉月(はづき) 麻人(あさと)でしょ?琳寧(りね)ちゃんが言ってたー」
 ドキッ。
 葉月(はづき) 麻人(あさと)
 俺の名前が聞こえる。
「っていうかさー、別にウチら関係なくない?体育科でしょ?関わりとか全然ないし。クラスでイジメとかもなかったんでしょ?」
「それなー。……ってかさ、私、一昨日、LU:NA.のライブ行ってきたんだよねー」
「え、そうなの?どうだった?」
 いつの間にか、違う話題で盛り上がっている女子たち。
 ……どうして、学校に来たんだろう。
 生きているときには、苦しくて苦しくて仕方がなかった場所だったのに。
 どこにも居場所なんてなくて、ずっと劣等感を抱えて……。
 1人でいる強さもなかった。
 ……家族に意見を言う勇気もなかった。
 手を挙げられたことはなかったのに。
『帰りたい……』
 雪宮(ゆきみや)に伝えに行かないと行けない。
 でも、動けない。
 どうしても、足が動かない。
 ……ああ、そうか。怖いんだ。
 雪宮(ゆきみや)は、学年で1番頭が良い。
 きっと友達もいるだろう。
 そんな雪宮(ゆきみや)が羨ましい。
 頭が良くて、居場所もちゃんとある。
『……苦しい』
 雪宮(ゆきみや)が羨ましい。……妬ましい。
 神様は不平等だ。
 不平等すぎる。

 結局、俺は動けないままだった。