ただ、君に笑っていてほしかった。~30日の奇跡と、空白の19日の秘密~

『ただいま……』
 返事はない。
 リビングからは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
 まあ、そうだろうな。
 ……俺なんて、いなくても……っ。
「ねぇ、満月(みつき)ー。お皿運んでくれない?」
「えぇ〜?今ぁ?今いいところなんだけど……」
「運んでよ。もう"雑用係"はいないんだから」
 雑用係……。
 分かってはいたけれど、やっぱり辛い。
「なんで兄ちゃん死んじゃうかなー?俺、兄ちゃんと買い物行く約束してたのにさー」
 ……どうせ、荷物持ちだろ。
「本当、自分勝手よね。今まで育ててもらったくせに……」
 頼んでねーよ……。
「だよな?父さん」
「……そうだな」
 ズキン。
 苦しい。
 なんで……っ。
 どうして、こうなってしまったんだろう。
 幸せだったはずなのに……。
 いつから、変わってしまったんだろう。
「ねぇ満月(みつき)ー!運んでちょうだーい!今日の夕飯からあげだから!」
「え、マジ⁉︎運ぶ」
 ……この家では、俺の好物が出たことは一度もなかったな。
『なんで父さんは、再婚なんてしたんだよ……っ』
「ねえ(あきら)さん、明日はショッピングモールに行くのよね?」
「そうだな……。大阪のショッピングモールに行く。もうすぐ璃子(りこ)ちゃんの誕生日だからな」
芳樹(よしき)叔父さんの家で誕生日パーティーするんだろ⁉兄ちゃんも来れたらよかったのにな」
 嘘つけ。
 そんなこと、思ってもないくせに。
 親戚の家では、俺は普通の高校生だ。
 親戚の家で、俺が雑用係としてこき使われているのを見られてはマズイ、と思っているらしい。
 ……親戚の家に行くときだけは、俺も"家族"の一員だった。
「っていうかさ、兄ちゃん、自殺なんだろ?なんで遺書とかないんだろうな?」
 ……遺書を書く時間なんてなかったからだよ。
 学校でそんなものを書くわけにはいかないし、家に帰れば、勉強と家事に追われて忙しすぎる。
 それに、車に飛び込もうと思ったのは、あの時の思い付きだったから。
 遺書なんて、書けるわけない。
「本当にねぇ」
「……まぁ、あんな奴、生きてても何の価値もない人間だけど」
 思わず部屋に駆け込む。
『俺なんて……っ』
 ベッドと机、イス、たんすしかない部屋。
 多分、俺が死んですぐに片づけられたんだろうな。
 置いてあった本も、服も、シャーペンもない。
 ……この部屋はどうなるんだろう。
『考えても仕方ないよな』
 ベッドに寝ころぶ。
 ……明日、一体どこに行くんだろう、と考えながら、俺は眠りについた。