6月になりました。今日は、体育館で競技かるた大会が行われます。
何ということでしょう。1回戦で、彼のチームと当たってしまいました。しかも、俺の対戦相手は、彼です。
彼は一瞬だけ、気まずい顔をしましたが、取札を並べ終えた途端に目つきが変わりました。いつもにこにこ笑う彼が、怖いくらい真剣な眼差しで取札を睨みつけます。
壇上で序歌を読むのは、美術部の顧問です。難波津に、と読む声は、意外にも聞き取りやすく、他の生徒がざわついていました。そのお蔭なのか、誤って取札を探す生徒は、少ないように見受けられました。顧問は気にせず、百人一首を読み上げます。
「わたのはら、や――」
俺の前の札が、軽く、消えました。一瞬の出来事です。彼は立ち上がり、手で払った札を取ってきました。周囲の人も、呆気に取られていました。
まだ札が取れない人が多いようで、国語の教師がマイクで解説します。
「えー……わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬと人には告げよあまのつり舟。11番、参議篁の歌です。わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの雲ゐにまがふ沖つ白波、とは違います。『ひとにはつけよあまのつりふね』を取って下さい」
昨年もありました、こういう解説。これが毎回ないと取れない人が多いです。俺もそのひとりではありますが。
もしかして、彼と顧問が知り合いだというのは、競技かるたの繋がりなのでしょうか。だとしたら、納得してしまいます。先日、美術室でかるたの練習に付き合ってくれた顧問は、姿勢を低くして獲物を狙う黒豹のようでした。対して、軽い、速い、上手い、の三拍子揃った彼は、まるで獲物を狙うミーアキャットです。普段の無邪気な雰囲気に騙されて、こんな一面があることに気づくことができませんでした。
俺は一枚も取ることができず、彼に負けてしまいました。ところが、俺のチームは俺以外が勝ち、2回戦に進むことができました。
「えー……もう一度、今年からの変更点をアナウンスします」
2回戦の前に、国語の教師がアナウンスします。
「勝ったチームは、同じクラスからメンバーの変更が可能です。負けてしまったチームの生徒でも、メンバーを変更して2回戦に出ることができます」
彼のクラスが盛り上がりました。彼をチームに加える気満々です。戸惑う彼なんか気にせず、彼の2回戦出場が決まってしまいました。他のクラスでも、その傾向が見られました。俺のクラスは2回戦で負けてしまいましたが、かるたガチ勢のいるクラスはどんどん勝ち上がり、昨年と違って見ている方は大盛り上がりです。読み札が一音読まれるか読まれないかの瞬間に素早く札を払う様に、多くの初心者勢が毎回歓声を上げます。
準決勝は、3年生が三組、1年生が一組。かるたガチ勢のいるクラスです。
今年の1年生凄いな、と方方から聞こえました。その言葉通り、彼のクラスが優勝しました。1年生が優勝するのは珍しいそうです。
優勝に沸き彼を称える1年生達を掻き分け、彼に掴みかかる人がいました。学校関係者ではなく、来校者用のネームプレートを首から下げた男は、彼に罵声を浴びせます。
「恥を知れ!」
顧問が慌てて間に入りましたが、ヒートアップした男は止まりません。
「黙って見てれば、何だあれは! 全く反応できてないじゃないぞ! 11番が読まれたとき、お前が9番を見ていたのを知らないとでも? お前は本を読むから、かるたが出来なくなるんだと何度注意しても直らないじゃないか!」
何だよおっさん、と彼のクラスメイトが男を止めにかかり、その様子をスマートフォンで撮影する生徒もおり、男は悔しそうに彼から離れました。男は、顧問に付き添われて体育館から出てゆきました。
俺はただ、項垂れる彼を支えることしかできませんでした。
何ということでしょう。1回戦で、彼のチームと当たってしまいました。しかも、俺の対戦相手は、彼です。
彼は一瞬だけ、気まずい顔をしましたが、取札を並べ終えた途端に目つきが変わりました。いつもにこにこ笑う彼が、怖いくらい真剣な眼差しで取札を睨みつけます。
壇上で序歌を読むのは、美術部の顧問です。難波津に、と読む声は、意外にも聞き取りやすく、他の生徒がざわついていました。そのお蔭なのか、誤って取札を探す生徒は、少ないように見受けられました。顧問は気にせず、百人一首を読み上げます。
「わたのはら、や――」
俺の前の札が、軽く、消えました。一瞬の出来事です。彼は立ち上がり、手で払った札を取ってきました。周囲の人も、呆気に取られていました。
まだ札が取れない人が多いようで、国語の教師がマイクで解説します。
「えー……わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬと人には告げよあまのつり舟。11番、参議篁の歌です。わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの雲ゐにまがふ沖つ白波、とは違います。『ひとにはつけよあまのつりふね』を取って下さい」
昨年もありました、こういう解説。これが毎回ないと取れない人が多いです。俺もそのひとりではありますが。
もしかして、彼と顧問が知り合いだというのは、競技かるたの繋がりなのでしょうか。だとしたら、納得してしまいます。先日、美術室でかるたの練習に付き合ってくれた顧問は、姿勢を低くして獲物を狙う黒豹のようでした。対して、軽い、速い、上手い、の三拍子揃った彼は、まるで獲物を狙うミーアキャットです。普段の無邪気な雰囲気に騙されて、こんな一面があることに気づくことができませんでした。
俺は一枚も取ることができず、彼に負けてしまいました。ところが、俺のチームは俺以外が勝ち、2回戦に進むことができました。
「えー……もう一度、今年からの変更点をアナウンスします」
2回戦の前に、国語の教師がアナウンスします。
「勝ったチームは、同じクラスからメンバーの変更が可能です。負けてしまったチームの生徒でも、メンバーを変更して2回戦に出ることができます」
彼のクラスが盛り上がりました。彼をチームに加える気満々です。戸惑う彼なんか気にせず、彼の2回戦出場が決まってしまいました。他のクラスでも、その傾向が見られました。俺のクラスは2回戦で負けてしまいましたが、かるたガチ勢のいるクラスはどんどん勝ち上がり、昨年と違って見ている方は大盛り上がりです。読み札が一音読まれるか読まれないかの瞬間に素早く札を払う様に、多くの初心者勢が毎回歓声を上げます。
準決勝は、3年生が三組、1年生が一組。かるたガチ勢のいるクラスです。
今年の1年生凄いな、と方方から聞こえました。その言葉通り、彼のクラスが優勝しました。1年生が優勝するのは珍しいそうです。
優勝に沸き彼を称える1年生達を掻き分け、彼に掴みかかる人がいました。学校関係者ではなく、来校者用のネームプレートを首から下げた男は、彼に罵声を浴びせます。
「恥を知れ!」
顧問が慌てて間に入りましたが、ヒートアップした男は止まりません。
「黙って見てれば、何だあれは! 全く反応できてないじゃないぞ! 11番が読まれたとき、お前が9番を見ていたのを知らないとでも? お前は本を読むから、かるたが出来なくなるんだと何度注意しても直らないじゃないか!」
何だよおっさん、と彼のクラスメイトが男を止めにかかり、その様子をスマートフォンで撮影する生徒もおり、男は悔しそうに彼から離れました。男は、顧問に付き添われて体育館から出てゆきました。
俺はただ、項垂れる彼を支えることしかできませんでした。

