俺の中でミーアキャットが増殖します。頭の中で処理をすることには限界があり、頭の中のミーアキャットをアウトプットする作業が欠かせなくなりました。クロッキーにも、ノートの隅にも、タブレットでも、ミーアキャットを描いていないと頭の中がミーアキャットで溢れてしまいそうです。
 家族からは心配され、普段は見向きもされないクラスメイトからドン引きされます。
 好意的な目で見てくれたのは、ふたり。ひとりは、あの顧問。4月末に、久々に美術部に来た顧問は、俺がいつものように床に広げた下絵を拾って、「これを文化祭に出せば良いのでは」と床に寝転がっていた俺に返却してくれました。
「2年生のきみ、画材が必要だったら、僕に言ってくれ。知り合いが割引で融通してくれる。美術の授業と部を任されるときに、職員室に話を通しておいたから、部費で落とせる。金額は要相談になるけどな」
 俺は起き上がって、顧問を見上げてしまいました。美術部には一切関わらないとばかり思っていましたが、そんなことも無かったようです。
 顧問は床に膝をつき、まだ散らかったままの下絵を拾い集めます。
「きみは、徹底的に下絵を描くタイプなのか。良い癖だ。続けなさい」
 口調は上から目線ですが、内容は的を射ています。
「僕は非常勤とはいえ教師の癖に生徒と接するのが苦手なんだ。部員の邪魔をしたくないから、来ない方が良いと思ってしまった……前任の先生のこともあるしな」
 顧問はやはり、申し送られていたようです。
「……気にしないで下さい。前任の先生のことも、俺達部員のことも」
「と、言われてもなあ」
 顧問は苦笑いしました。
「もうひとりの部員のことも、気がかりなんだよ」
「もうひとりの部員」
 こんにちは、と美術室に明るい声が通りました。頭の中をミーアキャットが増殖するきっかけになった彼です。
「おじちゃん、来てたんだ」
「学校で『おじちゃん』はやめなさい」
「美術の授業では言わないよ」
「部室でも、やめてくれ。示しがつかない」
「はい、先生!」
 もうひとりの部員、彼は美術部に入部しただけでなく、美術部存続のために名前を貸してくれる人を探してくれました。そのお蔭で、美術部は今年度も活動できることになりました。
「ミーアキャットが増えてる! 可愛い! 先輩、凄いです!」
 美術室の隅で丸くなって寝ていた野良猫が起きました。
「ノラ、おいで」
 彼は野良猫を手招きします。
「お前は自由に生きろよ」
 ちょっとだけ。本当に少しだけ、彼にあなたを重ねてしまいました。積極的に人と関わり、笑顔にさせてくれた、あなたと。