9月になりました。文化祭まであと2週間です。夏休み明けの模試を控えているのに、学校は浮ついた空気に包まれています。
彼の様子がいつもと違うことに気づいたのは、始業式の後に美術室の床をごろごろ転がる彼を目の当りにしたときです。
「描けない描けない描けない……!」
彼を見下ろすように椅子に乗った野良猫が、呑気に顔を洗っていました。
「あ、先輩!」
彼は俺に気づき、ぴょこっと起き上がります。
「先輩、学食行こう!」
「そうですね、行きますか」
俺は、彼に手を差し伸べていました。彼がその手を取ります。不意に、夏休みの出来事を思い出しました。日の暮れたビオトープで、心を打ち明けられ、心を通わせてしまったことを。あの日以来、特に何か進展したということは、ありません。ただ、俺の中でアウトプットしないと頭がおかしくなりそうな衝動が湧き、下絵を描いては没にして、下絵を描いては没にすることを繰り返しています。
始業式後の学食は、平日よりも空いていました。
「先輩と学食に行くの、初めて」
「そうですね。遭遇したこともなかったです」
「先輩はお弁当派ですか?」
「そうですね。父も母も、仕事に行くのにお弁当を持っていくので、俺の分も自動的に用意されてしまいます」
「じゃあ、今日も」
「今日は持たされませんでした。授業が無いのは把握されているので」
「そうなんですね。俺は逆に、特に夏は食中毒が怖いから、食堂で出来立てを食べなさいってお小遣いを持たされます」
厳しい父親のイメージがあったので、意外でした。そういえば、ビオトープもに行くときも、蛍を見る機会とか理由をつけて送り出してくれていました。競技かるた以外は融通を利かせてくれるようです。
俺のせいでしょうか。彼も床に寝転がるようになってしまったのは。描けない、と思い込ませてしまったのは。彼の心を惑わせてしまったのは。
「……俺にできることは、ありますか?」
「何ですか急に!?」
「……すみません、何でもないです」
学食でカレーを食べてから美術室に戻り、彼は神社の絵に向き合います。彼の中で納得がゆかず、何度も描き直しているみたいです。
俺は俺で、アウトプットしないと頭がおかしくなりそうな衝動がありながらも何を描いたら良いかわからず、今日も下絵を没にしそうです。いつものようにTシャツとジャージのズボンに着替えても調子は出ません。
「先輩! 先輩! ちょっと!!」
「何ですか……!?」
俺は彼に引きずるように、床に倒れました。
「着替えてるのが、外から見られます!」
「もう着替え終わりましたが」
「せめて物陰で着替えて下さい! 本当に無防備なんだから」
ぎゅっと、彼が抱きつきます。
「先輩にできること、ありますよ。外から見えないように着替えること。無理をしないこと。俺の前では無防備で居て下さい。無防備な先輩が、好きなんです」
美術室の床で、窓の下で、外から見えないアングルで、俺は彼に組み敷かれました。たまらずに吐息をこぼしてしまうと、彼に顔を撫でられ、手のひらで吐息を掬われます。俺は彼の背中に腕をまわし、天井を見上げ、気づきました。
「……先輩?」
彼も、気づきました。
「先輩、下りてきました? 降ってきました?」
「……下りてきました。降ってきたみたいです」
「先輩! 描いちゃえ!」
「描きます!」
「先輩のそういうところ大好きです!」
「あざます!」
俺はとび起きて、下絵に向かいます。
下りてきました。降ってきました。作品のアイデアが。
彼の様子がいつもと違うことに気づいたのは、始業式の後に美術室の床をごろごろ転がる彼を目の当りにしたときです。
「描けない描けない描けない……!」
彼を見下ろすように椅子に乗った野良猫が、呑気に顔を洗っていました。
「あ、先輩!」
彼は俺に気づき、ぴょこっと起き上がります。
「先輩、学食行こう!」
「そうですね、行きますか」
俺は、彼に手を差し伸べていました。彼がその手を取ります。不意に、夏休みの出来事を思い出しました。日の暮れたビオトープで、心を打ち明けられ、心を通わせてしまったことを。あの日以来、特に何か進展したということは、ありません。ただ、俺の中でアウトプットしないと頭がおかしくなりそうな衝動が湧き、下絵を描いては没にして、下絵を描いては没にすることを繰り返しています。
始業式後の学食は、平日よりも空いていました。
「先輩と学食に行くの、初めて」
「そうですね。遭遇したこともなかったです」
「先輩はお弁当派ですか?」
「そうですね。父も母も、仕事に行くのにお弁当を持っていくので、俺の分も自動的に用意されてしまいます」
「じゃあ、今日も」
「今日は持たされませんでした。授業が無いのは把握されているので」
「そうなんですね。俺は逆に、特に夏は食中毒が怖いから、食堂で出来立てを食べなさいってお小遣いを持たされます」
厳しい父親のイメージがあったので、意外でした。そういえば、ビオトープもに行くときも、蛍を見る機会とか理由をつけて送り出してくれていました。競技かるた以外は融通を利かせてくれるようです。
俺のせいでしょうか。彼も床に寝転がるようになってしまったのは。描けない、と思い込ませてしまったのは。彼の心を惑わせてしまったのは。
「……俺にできることは、ありますか?」
「何ですか急に!?」
「……すみません、何でもないです」
学食でカレーを食べてから美術室に戻り、彼は神社の絵に向き合います。彼の中で納得がゆかず、何度も描き直しているみたいです。
俺は俺で、アウトプットしないと頭がおかしくなりそうな衝動がありながらも何を描いたら良いかわからず、今日も下絵を没にしそうです。いつものようにTシャツとジャージのズボンに着替えても調子は出ません。
「先輩! 先輩! ちょっと!!」
「何ですか……!?」
俺は彼に引きずるように、床に倒れました。
「着替えてるのが、外から見られます!」
「もう着替え終わりましたが」
「せめて物陰で着替えて下さい! 本当に無防備なんだから」
ぎゅっと、彼が抱きつきます。
「先輩にできること、ありますよ。外から見えないように着替えること。無理をしないこと。俺の前では無防備で居て下さい。無防備な先輩が、好きなんです」
美術室の床で、窓の下で、外から見えないアングルで、俺は彼に組み敷かれました。たまらずに吐息をこぼしてしまうと、彼に顔を撫でられ、手のひらで吐息を掬われます。俺は彼の背中に腕をまわし、天井を見上げ、気づきました。
「……先輩?」
彼も、気づきました。
「先輩、下りてきました? 降ってきました?」
「……下りてきました。降ってきたみたいです」
「先輩! 描いちゃえ!」
「描きます!」
「先輩のそういうところ大好きです!」
「あざます!」
俺はとび起きて、下絵に向かいます。
下りてきました。降ってきました。作品のアイデアが。

