「深谷ってさ、絶対モテたっしょ」
 昼休みの教室で、弁当を食べ終えた海斗が深谷を見ながら言った。手には昼休み開始早々にダッシュを決めて勝ち取った菓子パンを持っている。いや、デザートそれってだいぶ攻めてるな?
「あー、確かに。身長高いし、頭も良いし、イケメンだし?それに、昨日返されたテストもほぼ満点だったもんな」
 海斗の横でウンウンと航が頷いた。ていうかいつ知ったんだよ、こいつの点数。しかし、話を振られても深谷は黙って黙々と弁当を食べ進める。そんな話は興味ないと態度で示しているようだった。
 あの突拍子もない深谷の告白から数日が経っていた。期末テストが終わり、夏休みはすぐ目の前に迫っている。テストの結果も今週から返され始めた。俺の結果はまあまあだったが、深谷は海斗の話の通り、ほぼ満点に近い点数ばかりだ。むしろ、その残りの数点は何で取りこぼしたのか気になってしまう。
 それまでに深谷は、俺達と連むようになった。というのも、あの日の昼休みに俺が三人のもとへ連れて行ったのが始まりだった。深谷が入れて欲しいと言い出した事だったが、俺としても、目の届かない所で俺の事が好きだなんだと言われても困るため、渋々だ。確かにこいつは海斗や航が言うように顔は良い。同性の俺でさえそこは認める。原宿を歩いていればスカウトの一つや二つはありそうなレベルだということだって分かっている。そんなやつが、転校早々に同性に一目惚れしたなんて言ってみろ。不審がられる上に、俺の何処が良いんだという風評被害も漏れなく付いてくるに決まっている。まったく、勘弁して欲しい。特に、来海ちゃんの耳にそんな事が入ってみろ。俺の花の高校生活は二年の夏休み前に幕を閉じてしまうんだからな……!
「聞いてる?」
 黙ったままの深谷に、航は口をへの字に曲げて顔を覗き込んだ。目が合った深谷は箸を置くと、ペットボトルのお茶を一口飲んで口を開いた。
「二人は何が聞きたいの?」
 深谷の問いに、航と海斗の目が輝いた。それを見た日向は、呆れ顔で溜息を吐いた。
「ずばり、彼女いた?」
「いない。好きな人いるし」
「マジ!」
「付き合ってんの?」
「ううん」
「えっ、じゃあ、片思いのまま引っ越して来たの?」
 さっきまで黙って傍観していた日向が口を挟んだ。なんだ、やっぱ気になってたんだ。
「まぁ、そんなところ」
 見え透いた嘘だな。適当なこと言ってこいつらを撒こうとしているのが見え見えだ。
「えー、一言好きって言ってきたら良かったのにな?」
「それな。俺が深谷の顔ならそうしてる」
 すると、海斗の一言に深谷は溜息を吐いた。
「俺もこの顔で好きって言ったんだけどね」
 一瞬、深谷の目が俺の方に向いた……気がした。目が合って思わずゴクリと唾を飲み込むと、喉のタイミングが悪くてむせてしまった。
「ちょ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
 ケホケホと数回咳込み、日向に手渡されるま
まペットボトルボトルのお茶を飲んだ。あぁ、焦った。涙目になった俺を見て、深谷はくすりと笑う。こいつ……やっぱ俺のこと揶揄ってんだろ!
「つまり……告白済み?」
 咳込む俺を大して心配もせず航が尋ねた。俺はペットボトルを口から離し、今度はわざと咳き込んだ。変なこと、絶対言うんじゃねぇぞ……!
「まぁ、そんなところ」
「そればっかじゃねぇか」
 海斗がケラケラと笑うと航も一緒になって笑い始める。深谷の機転で海斗達の疑問はそのままはぐらかされたが、こんなのは心臓が幾つあっても足りない。俺はジト目で深谷を睨んだ。また目が合って、今度は嬉しそうににこりと微笑む。いや、俺が求めているのはそういう返しじゃないんだけど。小さな溜息が漏れる。心臓はまだバクバクと脈を打っていた。


「後ろまでプリント回ったよね?」
 小浦先生は背伸びをして窓際の一番後ろの座席である深谷の机にプリントが行き渡るのを確認した。プリントに書いてあったのは夏休みの課題で、大きく『オープンキャンパス参加レポート』と書いてある。小浦先生がそのタイトルを読み上げると同時に「うげえ」「面倒くさー」という声がクラス内で飛び交った。その中の一人に、もちろん俺も含まれる。
「はいはい、嫌な顔しないの。大事なことなんだから。来年慌てて行っても遅かったりするし、この時期に行くのが一番良いんだよ」
 あからさまに面倒くさいという顔をしていたせいで先生と目が合った。まぁ、言ってることは分かるんだけどさぁ……高二の夏ってもっと大事なことあると思わない?
「詳しいことはプリント読んでね。レポートは始業式に提出すること。ちなみに専門学校でも大丈夫だから。もう一度言うけど、これ結構大事なことだからね」
 小浦先生は俺から目線を外さずに言った。念を押され、俺はふざけて文句を言う気にもならず、窓の方へ視線を向ける。今から夏休みだっつーのに、話が重いって。
「ねぇ先生。どうしても見たい大学とか、第一志望の大学と都合が合わなかったらどうすりゃ良いの?」
 俺と同じ事を思っていた海斗が声を上げた。あの表情からして、どうにか難癖つけたいのだろう。ホームルームが延びるから変なことは避けてほしいが、気持ちはめちゃくちゃ分かる。しかし、小浦先生は捻くれた質問が出るのは想定内だったようで、いつもよりも自信満々に答えた。
「自分の目指す大学だけじゃなくて、視野を広げるためにも色んなところを見るのも良いじゃない?どんな理由であっても課題は課題。期限はみんな同じ。必ず提出してもらいます」
 先生がぴしゃりと言うと、さっき同様にクラスが騒ぎ始めた。きっと学年主任の島本先生あたりに焚き付けられているに違いない。俺たち生徒の文句はただ宙を舞っただけになり、そのうちみんな諦めてプリントを仕舞い込んだ。


「大学、どこ見に行く?」
 ホームルームが終わり、教室を出てすぐの階段で海斗が言った。
「適当に近場じゃね?俺、まだ学部とか決めてないし」
 航は早口で答えた。テストも明けて今日から部活動が再開するため、早く部活へ行きたくてうずうずしていた。ちなみに航と海斗はサッカー部で、航に関してはエースだったりする。
「あーね。俺もそんな感じだわ。近場に行ってさっさと終わらせようぜ」
 海斗の答えに航がウンウンと頷くと、二人は「んじゃ、一緒に行くか」と肩まで組み始める。俺らと行くか?と、航が声をかけたが、日向と深谷は首を振った。もちろん俺は「無理」ときっぱり声に出す。
「なんだよ、ノリ悪いなぁ」
「お前ら夏休みに部活あるんだろ。サッカー部の予定、ギチギチなの知ってるんだからな」
 去年の夏休みも会う会うと言って予定を合わせるのに苦労した。サッカー部は特に夏休みは殆ど毎日と言っても良いというほど活動があったし、試合に勝ち進んだとかで結局予定をリスケすることも多かった。帰宅部の俺にとっては痛くも痒くもないが、ドタキャンは流石に堪える。仕方ないと分かっていてもストレスに変わりはない。
「まあまあ。瑠珂もバイトのシフトとかあるしさ。でもみんなで会える時は遊びに行こうよ」
 日向は俺の反応に難色を示す二人を宥めると、「ちなみに僕はもう行きたいところ見つけてるんだ」と話を戻した。
「え、マジ?」
 俺が日向の顔を見ると、日向はにっこり微笑んだ。
「うん。商学部のある大学見に行く予定。あと、できたら音楽系のサークルとか部活がある所」
 確かに日向は前回の進路調査でも商学部のある学校を目指すと言っていた。ついでに中学からずっと吹奏楽部に所属していて、音楽からは離れられないらしい。部活での担当楽器はフルートだが、だいぶ前に聞いた話ではピアノも弾けるそうだった。なんだかんだで一番しっかりしてんだよなぁ。
 サッカー部二人はさて置き、頭の隅で日向を誘ってオープンキャンパスに行こうと一瞬思っていたが、真面目に将来を考えている相手の邪魔はしたくない。俺は頭の隅に置いていた考えをそのまま履き捨てた。
「で、お前らは?」
 海斗が振り返って俺と深谷を交互に見た。
「俺?まだ全然決めてないけど……お前は?」
 何も浮かばない俺よりはマシな答えが出てくるはずだと思って、深谷に振った。どうせ国立の大学を目指すとか言い出すのだろう。
「俺は瑠珂と同じとこ行く」
「…………は?」
「え、だめ?」
 そう言って俺をじっと見る。俺よりも背が高いくせに、なんでそういう小動物みたいな目するんだよ……!
「いや、別にダメってことはないけど……。でも俺に合わせんのか?お前のレベルより遥かに下だろ」
 俺は目線を逸らして答えた。流石に進路調査とは別だが、貴重な夏休みに他人の進路に合わせる事はない。ていうかその目、マジでやめろ。
「もしかして、深谷くんの行きたいところ、夏休みオープンキャンパス無いとか?」
 日向の問いに深谷は首を振った。
「知らない。調べてない」
「いや調べてから言えよ」
 俺のツッコミにケラケラと海斗達が笑う。当の本人は首を傾げて何が悪いんだとばかりの顔で俺を見ていた。
「お前ら本当仲良いな」
「そりゃ、一番最初に仲良くなった人だしね」
 ね?と、身長が無駄に高い深谷がしゃがんで俺の顔を覗き込む。その仕草がいちいち勘に触る。俺は顔を逸らし、軽く深谷を押しやって階段を駆け降りた。
「俺は高校卒業したら家出たいから、一人暮らし圏内の大学に行くつもり。もちろん見学もそこ中心に調べて行く」
「ふぅん」
 そうなんだ、と階段の上から深谷が答える。近場ではないことは伝えてみたが、表情が変わらないところからしてこいつにとってはなんの問題もないらしい。
「どこでも良いよ。地方でもついて行く」
「流石に地方まで行かねぇよ」
「俺、瑠珂と同じで帰宅部だし、遠出する予定もないから都合は合うよ?」
 深谷は表情を変えず、淡々と話しているが、なんとなく必死さが滲み出ている。正直、俺の中の良心が痛み始めていて、首を縦に振りそうだ。だが、夏休みに深谷と二人で遠出は……。
 思わずごくりと生唾を飲み込んだ。友達として、と断ったあの日の昼休みが頭の中でリフレインした。あの日から深谷は友人としてそばに居る。それは海斗達となんら変わりはない関係だ。深谷は俺との約束を守ってくれているし、信用もできる。だが、二人で出掛けるとなると話は別だ。また何を言い出すか分かったものではない。
「良いじゃん、二人で行ってくれば?」
 後ろから追いかけて来た航が言った。
「いや、でもさぁ。深谷の頭の良さはお前らも知ってるじゃん?絶対俺に付き合ってオープンキャンパスに行くのは違う気がするんだけど」
 真っ当な理由だと思う。昼休みにテストの結果の話をしたばかりだったし、分かってくれると思っていた。
「でも先生的に言えば、深谷の視野が広がるって話だろ?」
 航がそう答えると、海斗も「確かにそれな」と言って笑う。いや、確かにそうなんだけど!これ以上拒むのは流石に引け、俺は溜息を吐いた。
「……分かったってば」
 渋々と声を出すと、深谷よりも先に海斗と航が「ウェーイ!決まりぃ」と声を上げた。その横で日向が深谷に「良かったね」と微笑んでいる。いやいや、俺だけ蚊帳の外感半端ねぇって。
「てか時間やばくね?」
 航がスマホの画面を海斗に見せた。
「うわ、マジだ!今日コーチ来る日なんだよ。悪いけど俺たち先行くわ」
「え?」
 海斗と航が慌てて階段を駆け降りていく。二人の姿が見えなくなる頃に、下の方から「じゃあなー!」という元気の良い声が聞こえた。
「……すごい速さだったね」
「その前にアレは恥ずくね?」
 深谷の呑気な感想と小学生のような別れの挨拶をした二人に呆れていると、日向も苦笑いを浮かべた。
「じゃあ僕も。明日合奏練だから自主練行くね」
「お、おう。部活頑張ってな」
 日向はあの二人のような別れ方はせず、その場で俺達に手を振ると、小走りで階段を駆け降りて行った。
 二人になった途端、なんとなく気不味くて、黙って昇降口まで来てしまった。今日までに二人きりになった事は結構あったのだが、さっきも言ったように深谷は約束を破る事はなかったため、緊張感を持ったのは最初だけだった。しかし、今日に限っては夏休みに二人で出掛ける約束をしたせいか、なんだか気恥ずかしい。騒がしくなる必要のない心臓が、やたらとうるさかった。
「瑠珂、ありがと」
 下駄箱からスニーカーを取り出しながら、深谷が言った。見た目に寄らずボリュームのあるスニーカーを履いてる事に毎回ぎょっとする。
「……別に。日程は俺が調べるけど……お前の都合が悪かったら一人で行くからな!」
 そう言うと深谷は「分かった」と素直に頷いた。本当かよ、と疑り深い目を向けると、深谷は靴を履くために屈んだ俺の真正面に立った。俺が顔を上げると同時に、深谷は耳元に顔を近付ける。
「俺の視野が広がる理由になってくれるんだもんね、我儘は言わないから」
「なっ……」
 耳朶に掠めた吐息のせいで肩が跳ねた。さっきまでうるさかった心臓が、一瞬動きを止めたように感じ、目が丸くなった。だがすぐにドクドクという心音が耳に響き、身体中が熱くなる。遠くの方で部活動の声がし、ハッとした。慌てて顔を上げると、深谷と目が合う。
「あのな……!」
「ん?好きとは言ってないけど」
「それは、そうだけど……!あれだ、TPOってやつ考えろ!あと言い方!わざわざ顔近付けなくたって良いだろ!」
「そんなに追加事項言われてもな」
「良いから書き加えろ!」
「……はいはい」
 深谷は俺の話に適当な合図を打つ。明らかに五月蝿そうな顔をされてカチンときた。
「いや、面倒くさいって顔すんのどっちかって言うと俺だからな!」
「分かったから」
 二度目の適当な返事に、俺が警戒心をたっぷり込めて深谷にジト目を向けた。すると、深谷はハの字に眉を寄せて笑うと「少しはしゃいだだけ。約束はちゃんと覚えてるから」と答え、先に昇降口を出て行った。
 深谷の返答に少し罪悪感を覚えたが、俺は内心ホッとしていた。



 終業式を終え、とうとう夏休みに入った。通知表に関してはまあまあな出来で、バイトを追加しても怒られない程度だろう。しかし、今年の夏は去年よりも猛暑で、外に出るのが億劫だ。オープンキャンパスどころか、近所のコンビニに行く事さえ躊躇うレベルだ。それなのに日傘を差してまで外に出たのは、深谷に呼び出されたからだった。片手にハンディファンを持ち、滴る汗をタオルハンカチで拭いつつ、自宅最寄りのファミレスへ向かう。指定された場所が近所だった事だけはありがたいと思った。
 ファミレスに着くと、すでに深谷は到着しており、店の入口から見える奥の座席からこちらに手を振っているのが見えた。
「お疲れ様」
 でろでろに溶けかけの俺が近寄ると、滲み出た汗を見て笑いながら座るように促された。
「暑すぎ……マジで死ぬ……つーか溶けるっ!」
「瑠珂から着くってメッセージ貰ったから、もうドリンクバー頼んでるよ。なんか飲む?取ってくるよ」
「……メロンソーダ」
 机に突っ伏したまま俺が答えた。
「待ってて」
「おぅ」
 冷房の効いた店内も、冷房の冷風に当たっていたこのテーブルも冷たくて心地良い。とりあえず暫くは動く気がなく、深谷の申し出に遠慮なく甘えた。
「それで、オープンキャンパスの大学は決まった?」
 俺の目の前にメロンソーダを置きながら深谷が尋ねた。グラスには既にストローが挿され、手元にはお手拭きが添えられている。
「……まぁ……目星だけは」
 俺はメロンソーダのグラスを自分の方へ寄せ、ストローに口を付けた。甘い香りと炭酸の刺激が喉を通り抜ける。炎天下を歩いてきたばかりの身体が喜んでいるのを感じた。
「片道一時間半。乗換えやらかせば二時間はかかる。ちなみに駅からはバス」
 一呼吸吐いて、俺は大学名を口にした。
「承応大学……ってとこ、なんだけど」
「……あぁ」
 学校名を聞いて、深谷はウンウンと頷き始める。なんか、頭の中で描いている将来のことを少しだけ見られた気がし、むず痒い。というのも、この大学は教育学部と経営学部の評価が高いのに対し、立地が悪いのが有名だった。敢えて承応大学を選んだのは、名前にも箔のある学校を選べば、親にも反対はされないだろうという魂胆があった。そうすれば、片道約二時間の通学先にも首を縦に振るだろうし、一人暮らしをする流れになるだろう。それに、幼い頃に再放送で見たドラマの影響で高校教師には憧れがあった。俺ならきっと生徒受けの良い先生になれると思う。教員免許を取りたいというのは、進学理由としては申し分ないだろう。それに、よくテレビやドラマで耳にするマーケティングについても興味がある。フリーアドレスの綺麗なオフィスでマーケティング部所属の、なんて言ってみたい。どちらの学部にいても、必修科目から外れるだけで専門系の授業を選択することができると聞いていた。これは今年の春先に来た教育実習生から聞いた話なので間違いない。
 それに、俺には二人のうるさくてやかましい姉がいる。一番上の姉ちゃんが就職しても出ていかなかったことと、二番目の姉ちゃんも進学したというのに特に出て行こうとしていないのだ、もうこれ以上二人の言いなりとして生きていくのも勘弁してほしい。
 俺はもう一度メロンソーダのストローを咥え、目線だけ深谷へ送る。「一時間半か」と小声で呟くとスマホに目を落とした。チラリと見えた画面では乗換案内のアプリを開いている。
「乗換え二回もあるし、面倒だろ」
 何度も思うけど、別に俺に合わせなくたって良いんだよ。お前マジで頭良いし。
「まだ毎日行く訳じゃないから大丈夫」
「まだって……。だいたい、なんで俺と行くんだよ」
「みんなの前でも言った通りだけど?」
「あいつらだってお前と仲良いじゃん」
「一番最初にっていうのがポイント」
「たまたまだろ?」
 ていうか、最初に何話したか覚えてるんだよな……?あの突然の告白で距離が縮んだとか思っているのだろうか。ぶっちゃけ、深谷が変な事を口にしないかどうかまだ警戒しかしてないけどな。
「承応大学って、指定校推薦とかあるのかな」
「あぁ、あるっぽいよ。それだけは春にあった面談の時、先生に確認済み」
 深谷は一瞬、目を大きく見開いた。そんなに意外かよ、俺がマジメに進路考えてること!
「じゃあ、三学期のテストから頑張らないとね」
「……余計なお世話だっつーの」
 前回の期末テストの点数は平均点より若干高いものの、可もなく不可もなく終わった。こいつにはテストの点数を伝えた覚えはないけど。
「瑠珂は暗記系苦手でしょ」
「……なんで分かるんだよ」
「記憶力が残念だから」
「お前、言い方」
 俺がジト目を向けると、深谷はくすりと笑った。その緩んだ表情に、心臓が反応してしまう。最近、クラスの女子が深谷を見て顔が良いと騒ぐのも納得しそうになる。
「でもさ、そんなに家出たいの?」
「まぁ……一人暮らしって憧れるじゃん?自由だし、誰にも怒られたりしないし」
 本当の理由を言うとくだらないと思われそうで、当たり障りのないことを言ってみた。
「結構お金かかるんじゃない?」
「……んなの、別にバイトしてどうにかする」
 そりゃ、このご時世どこで暮らしたとて金はかかるだろ。でもそんな事よりもさっさとあの姉ちゃん達から解放されて自由になりたいんだよ、俺は!
「じゃあ、ルームシェアは?」
「え?」
「言ったじゃん。俺、瑠珂と同じ大学行くって。二人で住んだほうが安上がりだよ」
 ……いや、今なんて?
「同じ大学行くって……それ、見学の話だろ?」
 深谷は首を横に振った。
「俺、自分の将来の人生設計の中に瑠珂が欲しいから」
「……お前、マジで何言ってんの……?」
「今は友達やめたくないから、好きの代わりの言葉探してるだけだから上手く伝わらないかもなんだけど」
 深谷は上目遣いで俺を見た。目が合うとまた変に心臓が反応する。しかし、本当に開いた口が塞がらないとは……。
「冗談だろ?」
「本気」
 即答され、俺は次の言葉を見失なう。本当にマジで本気らしい。どういう訳で俺に執着しているのか、あの日告白してきたのかは分からないが、この目はマジだ。
「……あのなぁ、将来が掛かるんだから俺を理由に決めるのやめろ。友達でもドン引きするぞ。寧ろ絶交案件」
「でも好きとは言ってないじゃん」
「いや普通に無理だから」
 俺の言葉に深谷は見るからに萎れていく。さっきまでの威勢とよく分からない自信が嘘のようだった。しかし、目の前で文字通りに肩を落とす深谷を見ると、何故だか遠くにいたはずの俺の良心が痛みだした。
「……ったく」
 俺は溜息を一つ吐いた。
「ちゃんと見学して、お前の将来に役立つか考えてから決めろよ。それから!何度も言うけど、俺を理由に決めるのはやめろ。俺はお前の将来背負うつもりはないからな」
 俺は深谷にはっきりとそう告げた。深谷を鬱陶しいと思いながらこんな話をしている自分は、つくづく甘いとは思う。厄介な気持ちを向けられて、実際のところ、どうして良いのかわからない。突き放せば良いのに、友達として悪い所はない。変な事さえ言い出さなければ、普通に付き合えるヤツなのには代わりないのだ。
 深谷は俺の返答に顔を上げると、嬉しそうに微笑んでゆっくりと頷いた。
「……ルームシェアできそうなアパート、探しておくね」
「お前、さっきの話分かってないだろ……!つーかまだ卒業まで全然あるっての!」