「こんなところで突っ立ってたら危ないだろ」
おれの手を掴んでくれたのは、どこかに行ってしまったと思っていた、御主人だった。
何故戻ってきたのか分からなくてきょとんとしていれば、御主人はおれの頭をぽんと、軽く撫でてきた。
「……泣くなよ」
「え? ……なっ、泣いてない!」
泣くって、御主人がテレビで観てたドラマってやつでみたことがある。それに御主人も、時々隠れて泣いていた。頬っぺたを水でぬらして、目が真っ赤になってた。だけどおれは、あんな顔してないはずだぞ。
「いや、泣きそうな顔してただろ。……あのさ。もしかして俺とお前って、どっかで会ったことある?」
その場で腰を折った御主人は、おれの目を真っ直ぐに見つめてくる。御主人の瞳に映っているおれは、茶色の髪に黄色の目をした男の子だ。
にゃこの時のおれも、茶色の身体に黄色の瞳をしていたけど……人間の姿をしているおれがにゃこだとは、さすがの御主人も気づくはずがない。
「おれは、にゃっ……」
「にゃ?」
正体を明かそうとしたが、慌てて口を両手でふさいだ。神様とした約束を思い出したからだ。
御主人に正体がバレた時点で、おれは即刻、天界へ戻されることになっている。せっかく会えたのに、もうサヨナラなんて嫌だからな。
「にゃっ……んのことだ? そんなことあるわけにゃいだろ?」
「……お前、いっつもそんな話し方なのか?」
「べ、別にいいだろ! それよりほら! 遊びに行くぞ!」
おれは御主人の手を掴んだ。また振り払われたらどうしようと、少しだけ不安になったけど、今度は振り払われることはない。握りしめてくれることもなかったけど、御主人の手はあの頃と変わりなく、温かかった。



