「あ、思い出してくれた?
もうすぐ結婚できる年齢になるね。
もしかしてまだ……女の子だと思ってた?」

 子供達がいなくなったキッズルームにふたりきり。少しだけ気まずい空気が流れる。

「うん。みんなそうだと思ってたはず…!
結婚の話も普通だったし…
あ…看護婦さんはカルテで知ってた…?」

テル君は今の今気づいた僕を馬鹿にする雰囲気ではなく、ニコニコ笑いながら話してくれる。それが余計に…

「騙してた訳じゃないよ?
僕、(みこと)が好きだったし…普通に尊も僕のこと
好きでいてくれると思ってた…」

…ニコニコしているのに、どこか寂しそうに感じる。
僕が勘違いしてたから?会っても気付かなかったから?

「あ、マフラー?返す物って。
あれなら良かったら使ってて?
使わないにしても返して貰うのはまた今度で」

テル君は立ち上がり、このまま帰るつもりなのか?
もっと一緒にいたい。引き止めなければ…
僕も立ち上がり、テル君の袖を掴んだ。近づくと僕よりも10cmくらい大きい身長差に少し戸惑った。戸惑って、引き止め方が出て来ないッ…

「ッ、テテの事、凄く好きだった…!」

えっと、結婚しようとしてたんだから、そりゃそうだ…

「あの頃から、僕は医者になるって…
テル君は今、…調子悪いの?」

あぁ…昔と今で、呼び方を変えてしまった。不自然じゃないだろうか…

「あぁ…少し咳が止まらなくて。
ここで薬貰って飲んだら大分治ったよ」

優しく微笑みながら話してくれるテル君。

「咳……小さい頃も咳だったよね?
喘息。小児喘息か…。僕…あれから…
ダンス始めて思ったより体に合って…
あとゲームは好きだし…将来何を目指すか…
今が、最後の選択の時期だと思ってて…」

「…迷う程好きな事があって凄いね。
最後の選択か……尊がやりたい事を目指せばいいよ。
もしかして、僕のせいで医者を目指さなきゃって
使命みたいに思っていたなら………ごめんね。
しかも完治してなくて…」

…優しい微笑みなんだけど…たしか僕より一つ年下なテル君。大人っぽくなり、笑顔だけど、ぎこちない寂しい感じもする。

「コンっコンっ」

沢山話したからか、咳が止まらなくなってしまった彼の背中に手を伸ばした。ゆっくりと、そっと、摩る。
咳、出ませんように。治りますように。
息、苦しくなりませんように。治りますように…
治ってほしい。治ってほしくて…

「そうだ……君の為に…
医者になるって思ったんだ。
それから当たり前の様に目指してたから…
ゴメン…忘れてたけど…
君のせいで…とかじゃ無いよ?絶対。
悩んでるのは確かだけど…
……僕はこれでいいのかなって…」

「うん…コンっコンっ
好きな事なら頑張れるし……コンっッ
結局、尊がしたい未来を目指さないと」

止まらない咳。
治ってほしい。治せるものなら…



‘…昨日怖い夢見て…お化けとか…’
『ボクが守ってあげる』

‘…今日は咳がひどくて…くるしくて…’
『ボクが治してあげる』

小さい頃の可愛いテル君が、僕に頼ってきていた事を思い出した。看護師さん達ではなく、僕だけにくっ付いてきては細々と泣きながら話してきた。それが嬉しくもあったし、僕を強くさせた。テル君…テテのヒーローになりたかった。

『ボクは、このビョーインで医者になるんだ。
テテがまだカンチしてなかったら、ボクが治す。
それでそして、ボクたち結婚する』



「…君の為に医者を目指してたとしたら
………迷惑?これから…君とか他の子供達の為に
医者になるって思ったら迷惑なのかな…」

「全然迷惑じゃないよ!嬉しい事だよ!……コンっッ
けど…それで尊が余計悩む事になるなら
…ほんとーに悲しい事だよ。
僕の事は気にせずやりたい事を目指して」

「…泣いてるの…?」

急にテル君の声が涙声に聞こえた。
背中を摩りながら顔を覗き込むと、涙がしっかりと溢れていた。俯いていても分かる、大きな目からポロポロと溢れ落ちる涙は、昔と同じみたいだ。

「ねぇ?……泣かないで?
僕が将来の事で悩んでるから?
…テテのせいじゃ無いよ?」

背中を摩りながら、手を更に伸ばし上から優しく包み込むように優しく抱きしめる。小さかった肩、背中は、僕よりもかなり大きく成長している。抱きしめるとリアルに感じるけど…高校1年生がこんなに純粋に泣くなんて。

「……テテは相変わらず可愛いね。
大人で…カッコ良くなってて
気づかなかったけど、全然変わってない気がする」

「…?」

「自分に素直なくせに、自分よりも僕を優先する」

「…難しい事を言われてもよく分からない…」

「…そんな素直で、僕に優しいから…
本心ってわかるから…
昔も今も、テテの為に何でもしたくなるんだよ…」

ふいにこちらに顔が向く。
思ったより顔が近くにあって、大きな目に吸い込まれそうになる。目が合ったまま瞳の距離がどんどん縮まる。
…吸い込まれて、唇を重ねてしまった。
わけが分からないまま。
これが、キス…、なんだろうな。

テル君は避けなくて、テル君の唇が僕の唇を受け入れてくれる。ゆっくりと唇を離して、またテル君の瞳を見つめた。

「…あのさ、みことはさ…
女の子みたいだった僕じゃなくて、
…今の僕に……キスしたってこと?」