熱が出た。
原因は分かりきっていて、母さんに怒られても反論などできなかった。怒るのもそのはずだ。今日から一泊二日で涼を連れて遊園地旅行に行くからだ。涼を喜ばすためだけに立てられた計画に俺は乗り気はしなかったし、家族旅行したいという年頃でも無い。だから父さんと母さんと涼の3人で初めから俺は行く予定が無かったから良かったものの、母親としては自分が看病できない時に風邪をひかれたく無いものだろう。もう17歳なのだから、自分の面倒は自分でみれると説得し、家に残ろうとする母さんを見送って布団を頭まで被って目を閉じた。
冷房の効いたこの部屋は暑くはないのにじっとりと変な汗をかいてしまう。頭がクラクラして思考はまとまらずゲームやスマホを見る気にもなれない。窓の外で蝉の声に紛れて子どもたちの遊ぶ声を聞きながら何とか意識を落とそうとするが、こういう時に限ってなかなか寝付けないのだ。どうすることも出来ずにただじっとしていれば、家の玄関の開く音、階段を上る音、そして廊下を進む足音が聞こえてきて俺は目を開けた。
「詩ー?生きてる?開けていい?」
藍と顔を合わせるのは花火大会以来だった。あの日ずぶ濡れになったまま外にいたツケが今回ってきているのだが。
「おばさんから聞いたよ、大丈夫?様子見といてって言われたけどごめん、俺のせいだよな」
部屋に入ってくるなり申し訳なさそうな顔をする藍がどこか大袈裟に感じて俺は少し笑う。
「全然大したことないし、藍のせいじゃないよ。思ったより自分が弱くてびっくりしてる。藍みたいに朝走って体力つけようかな」
「もっと早く帰ればよかった。詩体冷えてんの俺分かってたのに」
家に来る前に何か買ってきたのだろう、持っていたレジ袋をそのまま床に置いて藍はベッドまで来て視線を合わすようにしゃがみ込む。
「やだよ。本当はもっと一緒にいたかったし」
「もーーー可愛い事言わないで。熱、結構あるでしょ」
「無いよ」
「嘘つくなって。何度?」
額に置かれた藍の手の平がひんやりと感じるのは、まぁ熱があるからで、でもそれが本当に心地良かった。
「38度3分」
「食欲は?」
「普通」
「つらいところは?」
「頭がちょっと。平気だけど」
藍は立て続けに質問しながら袋をガサゴソと漁る。
「冷却シート買ってきたから貼って。おでこだけじゃなくて、脇の下と太ももの付け根に貼ると効果あるらしい。起き上がれる?」
「ん。汗かいたから着替えたい。服取って。1番上に出てるやつでいい」
「おー」
俺の要望に藍は勝手知ったるといわんばかりに手早くクローゼットを開けて積み重なった洗濯物の中からTシャツを取り、「あとはボックスの中入れていい?お前これくらいちゃんとしろよ〜」なんて小言を続ける。
「はいはい、明日からちゃんとやるよ母さん」
話半分に来ていたTシャツを脱いで替えを要求する様に手を伸ばしたら次の瞬間には自分の両手は物凄い力でシーツに縫い付けられていた。
「あ、い」
「母さんは、こんな事しないだろ?」
勢いよくベッドに押し倒されて背中が弾む。獲物を捉えたような鋭い目つきをした藍に一瞬緊張が走る。
「つか、無防備すぎ。俺がいないとこで着替えてよ」
「……今更過ぎるでしょ」
お互いの裸なんて見慣れている。子どもの頃から最近だって、この前藍の家に泊まり行った時なんて風呂上がりパンツ一枚で俺の前に現れといて何を言っているのやら。
「ずっと俺が我慢してるの知らないでしょ。それに今日この家俺と詩の二人きりだよ?好きな子の裸見た俺に何かされるとは思わないわけ?」
「なにも、しないの?」
「はぁ〜〜~」
俺の素っ頓狂な言葉に、藍は全身の力が抜けたような声を出してそのまま俺の上に乗っかってきた。ずっしりとした重みを感じながら、変な事を聞いたのかもしれないと今更ながらに思う。
「……しない。しないよ、したいけど、しない。だってお前、熱あんじゃん〜!」
ぐすぐすと泣きべそをかくような、子どものような素振りをして藍は俺に抱きついてくる。
「藍ってさ」
「なに?」
「本当に俺の事好きなんだ」
「うん、大好きだよ。だから早く治ってよ」
藍の「大好き」という言葉をぼんやりとした頭の中で反芻していると、ふに、と柔らかいものが唇に当たった。少しかさついた唇を何度か重ねていると、熱舌がそこに触れ、驚いて少し口を開けば藍の舌が咥内に割り込んできた。
「ふ、んっ、あい」
熱い。生理的な涙が目尻に溜まって目を閉じるとゆっくりと垂れていく。手首を抑えていた藍の手はいつしか俺の指先と絡まっていて、力を入れると応えるように藍の指先にも力が入る。ぼやけて霞んでチカチカとした視界の中一心に藍の表情を捉えようと必死になれば、眉間に皺を寄せ長い睫毛を伏せるその顔が近くにあった。
花火の時とは違う、唾液が絡まり舌先から伝わる熱に翻弄されるキスはやっぱり苦しいが心地よくて唇が離れできた透明な糸にいっときの惜しささえ感じてしまう。
ぷは、とまるで水中から上がった時のような息継ぎをしてじっと藍を見つめた。「これからもずっと俺だけを見てて」なんて言われたけど、目を離せる訳なんてない。
「もう手遅れだけどさ、風邪、うつるよ」
息も絶え絶えそう伝えれば、キスの感想がそれ?と言わんばかりに藍は静かに笑った。
「全部俺にうつしてよ。そうすれば詩苦しまなくて済むし、早く治るよ」
「人たらしめ」
恥ずかしくなって藍の鼻をギュッとつまめば、藍は何故か嬉しそうに「詩にだけだよ」なんて続けた。
それから数十分してやっと着替えを手に入れて、藍が買ってきてくれたスポーツドリンクを沢山飲んで何事も無かったかのように再び静かに横になった。当たり前のように熱が上がったからだ。
ベッドの横に座って、俺に視線を合わせるように顔を傾ける藍に一通り感謝を述べ風邪移ると困るから帰っていいと何度か促してみたが俺が寝るまでこうしているとの事だった。
「ネックレスつけてくれてるんだ」
「ん。毎日つけてる。藍がくれたってだけで嬉しいけど、ずっと藍と一緒にいれるおまじないみたいな気がするし」
「嬉し〜可愛い〜」
「なんだよ」
「噛み締めてんの」
藍はへにゃ、と崩れた笑顔をこちらに向ける。きっと藍のこんな表情誰も見たことがないだろう。そもそも外ではクールな表情を崩さないから誰も本当の藍を知らないのだ。知らないままでいい。自分だけの宝物にさせて欲しい。
「俺さ、藍になら何されてもいいよ。さっきのキスも、頭の中藍の事でいっぱいになって、その、きもちよかった、し」
自分で言っといて恥ずかしくなって顔も耳も多分真っ赤になってる。でも、藍がこんなに俺に色んなものをくれるから、せめても言葉で返したかった。
「うん、俺も。もっと詩と色んなことしたいし、独り占めさせて欲しい。詩のことがいちばん大事だから、早く元気になってね」
ぎゅ、と掌を握られて藍の少し低い体温に触れているだけで、先程まで眠れる気配すら感じる事が無かったのが嘘のようにストンと眠りに落ちた。
原因は分かりきっていて、母さんに怒られても反論などできなかった。怒るのもそのはずだ。今日から一泊二日で涼を連れて遊園地旅行に行くからだ。涼を喜ばすためだけに立てられた計画に俺は乗り気はしなかったし、家族旅行したいという年頃でも無い。だから父さんと母さんと涼の3人で初めから俺は行く予定が無かったから良かったものの、母親としては自分が看病できない時に風邪をひかれたく無いものだろう。もう17歳なのだから、自分の面倒は自分でみれると説得し、家に残ろうとする母さんを見送って布団を頭まで被って目を閉じた。
冷房の効いたこの部屋は暑くはないのにじっとりと変な汗をかいてしまう。頭がクラクラして思考はまとまらずゲームやスマホを見る気にもなれない。窓の外で蝉の声に紛れて子どもたちの遊ぶ声を聞きながら何とか意識を落とそうとするが、こういう時に限ってなかなか寝付けないのだ。どうすることも出来ずにただじっとしていれば、家の玄関の開く音、階段を上る音、そして廊下を進む足音が聞こえてきて俺は目を開けた。
「詩ー?生きてる?開けていい?」
藍と顔を合わせるのは花火大会以来だった。あの日ずぶ濡れになったまま外にいたツケが今回ってきているのだが。
「おばさんから聞いたよ、大丈夫?様子見といてって言われたけどごめん、俺のせいだよな」
部屋に入ってくるなり申し訳なさそうな顔をする藍がどこか大袈裟に感じて俺は少し笑う。
「全然大したことないし、藍のせいじゃないよ。思ったより自分が弱くてびっくりしてる。藍みたいに朝走って体力つけようかな」
「もっと早く帰ればよかった。詩体冷えてんの俺分かってたのに」
家に来る前に何か買ってきたのだろう、持っていたレジ袋をそのまま床に置いて藍はベッドまで来て視線を合わすようにしゃがみ込む。
「やだよ。本当はもっと一緒にいたかったし」
「もーーー可愛い事言わないで。熱、結構あるでしょ」
「無いよ」
「嘘つくなって。何度?」
額に置かれた藍の手の平がひんやりと感じるのは、まぁ熱があるからで、でもそれが本当に心地良かった。
「38度3分」
「食欲は?」
「普通」
「つらいところは?」
「頭がちょっと。平気だけど」
藍は立て続けに質問しながら袋をガサゴソと漁る。
「冷却シート買ってきたから貼って。おでこだけじゃなくて、脇の下と太ももの付け根に貼ると効果あるらしい。起き上がれる?」
「ん。汗かいたから着替えたい。服取って。1番上に出てるやつでいい」
「おー」
俺の要望に藍は勝手知ったるといわんばかりに手早くクローゼットを開けて積み重なった洗濯物の中からTシャツを取り、「あとはボックスの中入れていい?お前これくらいちゃんとしろよ〜」なんて小言を続ける。
「はいはい、明日からちゃんとやるよ母さん」
話半分に来ていたTシャツを脱いで替えを要求する様に手を伸ばしたら次の瞬間には自分の両手は物凄い力でシーツに縫い付けられていた。
「あ、い」
「母さんは、こんな事しないだろ?」
勢いよくベッドに押し倒されて背中が弾む。獲物を捉えたような鋭い目つきをした藍に一瞬緊張が走る。
「つか、無防備すぎ。俺がいないとこで着替えてよ」
「……今更過ぎるでしょ」
お互いの裸なんて見慣れている。子どもの頃から最近だって、この前藍の家に泊まり行った時なんて風呂上がりパンツ一枚で俺の前に現れといて何を言っているのやら。
「ずっと俺が我慢してるの知らないでしょ。それに今日この家俺と詩の二人きりだよ?好きな子の裸見た俺に何かされるとは思わないわけ?」
「なにも、しないの?」
「はぁ〜〜~」
俺の素っ頓狂な言葉に、藍は全身の力が抜けたような声を出してそのまま俺の上に乗っかってきた。ずっしりとした重みを感じながら、変な事を聞いたのかもしれないと今更ながらに思う。
「……しない。しないよ、したいけど、しない。だってお前、熱あんじゃん〜!」
ぐすぐすと泣きべそをかくような、子どものような素振りをして藍は俺に抱きついてくる。
「藍ってさ」
「なに?」
「本当に俺の事好きなんだ」
「うん、大好きだよ。だから早く治ってよ」
藍の「大好き」という言葉をぼんやりとした頭の中で反芻していると、ふに、と柔らかいものが唇に当たった。少しかさついた唇を何度か重ねていると、熱舌がそこに触れ、驚いて少し口を開けば藍の舌が咥内に割り込んできた。
「ふ、んっ、あい」
熱い。生理的な涙が目尻に溜まって目を閉じるとゆっくりと垂れていく。手首を抑えていた藍の手はいつしか俺の指先と絡まっていて、力を入れると応えるように藍の指先にも力が入る。ぼやけて霞んでチカチカとした視界の中一心に藍の表情を捉えようと必死になれば、眉間に皺を寄せ長い睫毛を伏せるその顔が近くにあった。
花火の時とは違う、唾液が絡まり舌先から伝わる熱に翻弄されるキスはやっぱり苦しいが心地よくて唇が離れできた透明な糸にいっときの惜しささえ感じてしまう。
ぷは、とまるで水中から上がった時のような息継ぎをしてじっと藍を見つめた。「これからもずっと俺だけを見てて」なんて言われたけど、目を離せる訳なんてない。
「もう手遅れだけどさ、風邪、うつるよ」
息も絶え絶えそう伝えれば、キスの感想がそれ?と言わんばかりに藍は静かに笑った。
「全部俺にうつしてよ。そうすれば詩苦しまなくて済むし、早く治るよ」
「人たらしめ」
恥ずかしくなって藍の鼻をギュッとつまめば、藍は何故か嬉しそうに「詩にだけだよ」なんて続けた。
それから数十分してやっと着替えを手に入れて、藍が買ってきてくれたスポーツドリンクを沢山飲んで何事も無かったかのように再び静かに横になった。当たり前のように熱が上がったからだ。
ベッドの横に座って、俺に視線を合わせるように顔を傾ける藍に一通り感謝を述べ風邪移ると困るから帰っていいと何度か促してみたが俺が寝るまでこうしているとの事だった。
「ネックレスつけてくれてるんだ」
「ん。毎日つけてる。藍がくれたってだけで嬉しいけど、ずっと藍と一緒にいれるおまじないみたいな気がするし」
「嬉し〜可愛い〜」
「なんだよ」
「噛み締めてんの」
藍はへにゃ、と崩れた笑顔をこちらに向ける。きっと藍のこんな表情誰も見たことがないだろう。そもそも外ではクールな表情を崩さないから誰も本当の藍を知らないのだ。知らないままでいい。自分だけの宝物にさせて欲しい。
「俺さ、藍になら何されてもいいよ。さっきのキスも、頭の中藍の事でいっぱいになって、その、きもちよかった、し」
自分で言っといて恥ずかしくなって顔も耳も多分真っ赤になってる。でも、藍がこんなに俺に色んなものをくれるから、せめても言葉で返したかった。
「うん、俺も。もっと詩と色んなことしたいし、独り占めさせて欲しい。詩のことがいちばん大事だから、早く元気になってね」
ぎゅ、と掌を握られて藍の少し低い体温に触れているだけで、先程まで眠れる気配すら感じる事が無かったのが嘘のようにストンと眠りに落ちた。
