「お前の気持ちが変わってくれて嬉しいよ。ありとあらゆる旅行サイト比べて最高に安いの探しておいたからな!」

 古藤は何故、波喜にロンドンに行くと言ったのか自分の思考がよくわからなかった。
 ただ、少し距離を置きたいという気持ちはあった。
 決して波喜に嫌な気持ちをさせたいわけじゃなかったが、あの部屋を訪れて以来ゼミで一緒になると一緒には帰るがそれだけだった。
 デートもスキンシップも皆無だ。
 だからといって別れたとは思っていない。

「結局、波喜くんはダメか……残念。三人の方が部屋代割安になったのにな」
「まあ、いろいろあるんでしょ。いいじゃないですか、俺と二人旅も悪くないですよ」
「まあな。気を遣わなくてすむけどさ。一応スケジュールを作っておいた」
「うわ、先輩ホントこういうのマメっすよね。俺絶対無理」
「当たり前だろ。これでもサークルの部長だし、毎回予算のやりくりしなきゃなんねーし」

 プリントアウトした三泊五日の予定表にじっくりと目を通す。

「観光もするんですか?」
「おお、一応な。前に行ったときにイイ感じに素人が演奏するパブとか見つけたし、ビッグ・ベンや大英博物館とかそういうの見たいだろ」

 古藤は正直観光には興味がなかったが、パフォーマンスが出来るパブがあると聞いて波喜を連れて行きたかったなと思った。
 波喜に何のお土産を買ってこようかな……。

 🔸🔸🔸

「明日から行くのか?」

 ゼミ終わりに古藤は波喜を誘ってカフェに来た。こうやって二人で店に入るのも久々で少し恥ずかしい。

「おお。お土産何がいい? なんでも買ってくるよ」
「別にいいよ。俺のことは気にせずに楽しんでこいよ」

 波喜にあっさりと言われて古藤は少し寂しくなる。

「お前も誘ったら一緒に行った?」
「あー、それは無いかな。梶田先輩の事よく知らないし。ちょっと気まずい」
「だよな」

 古藤はもっと話すべきことがあるのにと思いながらも何を話せばいいのかわからなかった。

「浮気しないで待っていろよ」

 古藤は冗談めかして言ってみるが波喜は微笑むだけで反応は薄かった。
 浮気なんて出来るわけがない……波喜は古藤の言葉に少し寂しくなった。
 お土産よりも何故急に行くことになったのかを知りたかった。
 やはりそれは自分と距離を取りたいからなのか、この旅行で気持ちを整理してくるということなのか。
 残されている自分には不安しかなかったが、それを表情には出したくなかった。

「帰ってくる日はいつ?」
「ああ、六月十二日かな確か」
「正確な帰国日を知らないのかよ」
「まあ、東京に戻ったら連絡するから」
「うん、そうだね」

 会話があまり続くことはなく、別れた。
 古藤は行く前に会えただけで嬉しかったが、波喜の反応の薄さに悲しくもなった。
 これで終わりってことにはならないよなとつぶやく。

 波喜は家に帰る道すがらもっと伝えるべきことがあったと後悔した。
 二人で会うのは久しぶりだったこともありヘンに意識をしてしまった。
 彼氏なのに恋人なのに何を遠慮する必要があったのだろう。
 自分の恋愛弱者ぶりに呆れた。『寂しい』と素直に言えばよかった。
 そう思うと心の中が寂しいで溢れた。